土岐麻子は、歌う声を一つの音色として考えてきました。
本人の言葉から、理想の響きを探す工夫をたどります。
「smilin’」(『Summerin’』収録曲、2008年/公式配信音源)
発音や響きで、声の色を探す
土岐は、録音でもライブでも、色や映像を思い描いて歌うと話しています。
銀色の声がほしいのに出ない、と感じながら、何度も歌を録ることもあるそうです。
そのイメージを形にするため、声の高い成分の扱いや発音を研究します。
音程を合わせることに加えて、同じ旋律をどんな質感の声で歌うのかを考えているのです。
ささやく声と強い声で、仕上がりを変える
2010年のCINRAの取材では、ささやくように歌った声をもう一つ重ねると透明感が出て、強く歌った声を二つ重ねると鮮やかになると話しています。
声を重ねて録る「ダブル」を、当時はよく使っていました。
重ねる前に、どういう声を出すかで、重ねたときの質感も変わります。
透明にしたいのか、鮮やかにしたいのか。
声を一色で扱わず、歌う強さや音色を仕上がりに結びつけて考えるアプローチです。
具体的な曲では、「乱反射ガール」の録音について、声を何層も重ね、細かく編集することで透明なプラスチックを思わせる質感を目指したと、別のCINRAの取材で説明しています。
柔らかい生身の声から、どんな手触りの音を作るかを考えていたのです。
息の成分を重ねる実験もしていたと話しており、主旋律として聞こえる歌の外側にも、音色を作る材料がありました。
その一方で、理想として挙げたのは、ヘッドホンで聴いたときにすぐそばにあると感じられる声でした。
高い成分だけ、低い成分だけに偏らず、倍音が残った声を求めているといいます。
録音を細かく作り込むことと、聴き手に近い距離で届けることが、土岐の中ではつながっています。
「smilin'」を、声の基準にする
理想の音色を思い描くだけで、すぐその声を出せたわけではありません。
ボイストレーニングでは、体のどの部分がどう声に関わるかを理解するよう教わったといいます。
眉を上げたときにどこへ響くと感じるか、喉のどこに力が入ると細い声になるか、といったことを一つずつ観察しました。
その観察は、会話をしているときにも続ける習慣になりました。
自分の癖を調べるようになってから、思い描いた声を出しやすくなったと話しています。
銀色という音のイメージと、実際に声を出したときの体の感覚を、こうして結びつけていたのです。
一つの基準になった曲が、2009年の『TOUCH』にも収められた「smilin'」です。
録音の際に、出したかった声はこれだと感じた一方、その後に録った別の曲では、同じようにはうまくいかなかったそうです。
一度つかんだ声でも、簡単に再現できるとは限らない。
だからこそ「smilin’」は、迷ったときに聴き直し、目指す音色を確かめる基準になりました。

画像出典:写真掲載元
「HOME」は、近くの人に話す声から景色を広げる
曲の中で、声を届ける距離を変える例もあります。
2020年の「HOME」について、土岐はアニメイトタイムズの取材で、作・編曲を手がけたトオミヨウのサウンドに懐かしさを感じ、学生時代の帰り道も思い浮かべたと説明しています。
そこで選んだのは、素の声でつぶやくように歌うことでした。
ただし、最初から最後まで、同じ狭い空間にとどまる歌を考えたわけではありません。
サビへ進むまでは、小さな灯りを間に置いて相手と向き合い、小さな声で話す近さ。
サビでは周囲の景色が見え、一気に視界が開ける感覚を思い描いていたといいます。
この説明には、声量を大きくするか小さくするか以上の手掛かりがあります。
誰に、どのくらい近い場所から話しているかというイメージがあり、その距離が曲の展開とともに変わるのです。
同じ優しい声の中にも、向き合う相手との近さと、外の景色が広がる場面との違いを作ろうとしています。
語尾を軽く抜きながら、言葉の芯を残す
本人の音色へのこだわりは、共演者にも具体的に受け止められています。
2022年の「Left Alone feat.土岐麻子」で共演したDeep Sea Diving Clubの谷颯太は、語尾の抜け方と、声の重さの乗せ方を『Billboard JAPAN』の取材で評価しました。
語尾には高い成分の気持ちよさがありながら、言葉が届くところでは低い成分が支えている、という捉え方です。
ここでの高い・低いは、主に声の音色についての話です。
高音と低音を交互に歌う、という旋律の説明ではありません。
言葉の輪郭を保ちながら、終わり方には重さを残しすぎない。
共演者は、薄くも、くどくもならない、その曲に合った声の配分に注目しています。
同じ取材で、大井隆寛が取り上げたのは、土岐が提案したサビ後半のハーモニーでした。
二人とも主旋律を歌っているかのように聞こえる、ツインボーカルのような重なりが印象的だったそうです。
語尾一つの音色から、もう一人の声との組み合わせまで、土岐の選択が曲を形作っていました。
高い声を生かすために、低い声と組み合わせる
声の組み合わせを考えた例は、堀込泰行との「FOOLS FALL IN LOVE」にもあります。
土岐はこの曲を、キーを高くして、自分の声が高い場所に集まる曲にしたいと考えたと話しています。
そのままでは音域が上に偏るため、下にもう一人の声が入ると、音楽として落ち着くと感じたそうです。
そこで求めたのは、ただ低い音が出せる相手ではありませんでした。
淡々と歌いながらも、色気や表情のある堀込の声が、この曲に合うと思って依頼したのです。
高低の配置と、歌い手の持つ質感の両方を考えたデュエットです。
高い声を聴かせたいときに、その声を単独で前へ押し出すだけでなく、別の声と組み合わせて全体を整える。
この考え方にも、声を音楽の中の一つの音色として扱う姿勢が表れています。
自分の声に何をさせたいかが先にあり、それが生きる響きを、ほかの声との関係からも探しているのです。
同じ取材で土岐は、自分が歌って気持ちいいことと、後から聴いて気持ちいいことには距離があるとも話しています。
歌う最中の手応えだけで完成とせず、聴き手としてもう一度確かめる。
音色を細かく選ぶ作業は、自分の好きな声を出すことと、その声を一曲の中で生かすことの両方へ向いているのです。
土岐の歌い方には、音色を思い描くことと、その音色を自分の声で探すことの両方があります。
言葉を届ける意識や、歌うときの構えの変化については、土岐麻子の歌唱変遷で扱っています。







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