2026年、ターヤ・トゥルネンは、かつてNightwishで一緒に歌ったマルコ・ヒエタラのために旋律を書きました。自分が歌う部分だけでなく、マルコが歌う部分も、二人の声が重なる部分も考えて作った「Leap of Faith」です。ところが、Nightwishに入ったばかりのターヤは、自分の声をバンドの曲でどう使えばよいのか、まだ分からなかったと振り返っています。
最初は自分の声に戸惑い、やがて歌う曲を自分で決めるようになり、最後には相手の声まで想像して曲を書く。これは単に高音が強くなった話ではありません。その間に、ターヤが音楽のどこまでを自分の手で作れるようになったのかを、作品と本人の言葉からたどります。
1996〜2004年――強い声を持っていても、まだ使い方は分からなかった
Nightwishが始まったころ、トゥオマス・ホロパイネンが考えていたのは、アコースティックギターと鍵盤に女性の歌を重ねる、穏やかな音楽でした。歌手として声をかけたターヤは昔からの知り合いです。しかし、メンバーが覚えていた少女時代の柔らかい声と、クラシックのレッスンを経た彼女の声は違っていました。ターヤによれば、録音に現れた自分の大きな声に、彼らは驚いたそうです。メタルに親しんでいたメンバーは、その声を重い演奏と組み合わせる道へ進みます。
声を聴いた周囲が新しい音楽を思いついた一方で、歌う本人には別の問題が残りました。ターヤは当時、クラシックの声楽も学び始めたばかり。強い声以外へ柔軟に変える力が足りず、Nightwishの曲をどう歌えばよいか教えてくれる人もいなかったと話しています。彼女はレッスンを続け、クラシックの歌が上達するほどバンドでも歌いやすくなると気づきました。
1999年の「Sleeping Sun」は、その試行錯誤の途中で発表した曲です。声を聴いた人にはすでにターヤらしく響いても、本人はまだ舞台で自信を持てていませんでした。その自信が生まれ始めたのは、本人の記憶では2002年ごろです。
2004年の『Once』に収められた「Nemo」の時期には、バンド加入から何年も、レッスンと公演を積み重ねていました。ただ、前の曲と後の曲を並べて、音域が広がった、声の力が何倍になったとは言えません。曲も録音も違います。ここで確かめられる変化は、強い声を持って入った歌手が、バンドの中でその声を使う仕事に時間をかけて慣れていったことです。
2007〜2010年――歌う人から、作品を決める人へ
2005年にNightwishを離れたターヤは、2007年の『My Winter Storm』でロックのソロ作品を発表しました。「I Walk Alone」は、その新しい出発点を示す曲です。けれども、自分の名前で歌えるようになったことと、アルバムを自由に作れることは同じではありませんでした。

Nightwishでは長く歌っていても、本人によれば、バンド時代に自分で曲を書いたことはありませんでした。初めてのソロ制作では、レーベルやプロデューサー、演奏者に、自分はどんな音を望み、誰に何を弾いてほしいのかを伝えなければなりません。歌い終えたら仕事が済むわけではない。ターヤはその違いに戸惑い、初作が最も大変だったと振り返っています。
それでも、この作品では自分で「Oasis」の作詞作曲を行い、ほかの複数曲にも共同作者として加わりました。以前は自分の曲を形にすることにためらいがあったと語る本人にとって、まず書いてみること自体が一歩でした。2010年の次作『What Lies Beneath』では、自らプロデュースも担当します。初作の制作が難しかったからこそ、どんな歌を選ぶかだけでなく、それをどんな音で届けるかも、自分の仕事になっていきました。
2013年――歌ったことのある曲も、作り直した
制作を自分で決めるとは、最初にできた形を守ることではありません。2013年の『Colours in the Dark』に入れた「Never Enough」は、すでにライブ作品『Act I』で歌っていた曲です。ターヤはそのライブ版に満足しきれず、アルバムではもっと勢いのある重い曲に仕上げたいと考え、録音し直しました。
同じ歌手、同じ曲でも、ライブ版とスタジオ版には演奏や制作の条件が違います。その違いを「声が成長した証拠」と短絡することはできません。ただ、前に歌った曲について「これが完成形」とせず、自分の求める音を演奏者や制作陣と作り直した事実は重要です。バンド加入時に曲へ自分の声をどう乗せるか悩んでいた歌手が、今度は曲の形そのものに注文を出していました。
このころ本人は、Nightwish時代には曲作りに参加しておらず、ソロでようやく自分の表現したいことと、その方法を探し始めたとも説明しています。レッスンを続ける歌手であると同時に、録音の完成形を選ぶ作者にもなっていたのです。
2016〜2019年――歌いやすくなった声で、歌うのがつらい言葉を選ぶ
2016年の『The Shadow Self』では、暗い感情を自分の創作の力として受け止めるようになった、とターヤは話しました。ソロになると決められることは増えますが、その分、自分で責任も負います。初作で制作陣に希望を伝えることさえ難しかった人が、今度は心の内側にあるものを曲の主題に選んでいました。

2019年の『In the Raw』を発表したころ、ターヤは、高音が以前より楽に出るようになったと話しました。訓練を重ねたことを挙げつつ、年齢との関係については本人も断定していません。少なくとも彼女自身は、初期より歌手として自信を持てるようになっていました。
その自信は、いつでも力強い声で歌う、という意味ではありません。『In the Raw』では、自分や身近な人の経験に踏み込んだ歌詞を書きました。トミー・カレヴィックと歌う「Silent Masquerade」は家族のつらい出来事と関わる曲で、本人は完成した録音を聴いて泣き、ライブで歌うのも難しいだろうと感じたそうです。出せる音の高さとは別の理由で、歌うことが難しくなりました。
自分で歌う言葉を選ぶ自由は、その言葉を人前で歌う負担も連れてきます。それでもターヤは、書くことで気持ちが解き放たれたと語っています。聴き手には歌詞を自分の物語にも重ねてほしい、とも考えていました。クラシックとロックでの声の使い分けや、曲の中で声色を変える工夫は、ターヤ・トゥルネンの歌い方の記事で扱っています。ここで変わったのは、声だけでなく、その声で何を語るかを本人が決める範囲です。
2026年――かつての共演者の「今の声」から曲を考える
『Frisson Noir』でマルコ・ヒエタラと歌う「Leap of Faith」は、昔のNightwishをそのまま再現するための曲ではありません。マルコの「Left on Mars」にターヤが参加したあと、今度は自分の曲で一緒に歌ってもらう約束をしていました。そして初めからマルコとのデュエットを想定し、彼の今の声を思い浮かべながら、歌詞、彼が歌う旋律、二人の声が重なる部分まで書いたと話しています。特定の歌手を最初から考えて一曲を作るのは、ターヤには初めての経験でした。
このアルバムでは、重いライブの演奏を録音でも表したいと望み、音の仕上げ方にも自分の希望を伝えています。歌の録音では、難しい箇所を除けば発声のことを細かく考え続けるより、感情に集中しやすくなったとも語りました。自分が書いた言葉だから、何を歌いたいのかを最初から分かっている。その点でも、誰かの書いた曲の中で自分の声の置き場を探していた初期とは違います。
Nightwishが始まったとき、仲間はターヤの予想外の声を聴いて曲の方向を変えました。今はターヤ自身が、仲間の声を想像して曲を書いています。声が強いことに驚かれた歌手が、その声の使い方を覚え、歌う言葉と作品の音を選び、ついには相手が歌う旋律まで作るようになりました。過去の声を捨てたのではなく、音楽の中で自分が担う仕事を、少しずつ増やしてきたのです。

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