アン・ルイスの歌い方|凄み、かすれ、静けさを使い分けるロック

レーベルが掲載するアン・ルイスの写真(撮影年不明) アン・ルイス
レーベルが掲載するアン・ルイスの写真(撮影年不明)

アン・ルイスのロックには、声に凄みを利かせる表情も、静かに励ますような表情もあります。
1982年の「ラ・セゾン」と、1989年の「WOMAN」では、声の強さの表し方が異なります。
声の大きさに加え、かすれを含む質感や静かな歌い方に注目すると、アンらしい強さが見えてきます。

「ラ・セゾン」(1982年発表)―『WOMANISM I』(1991年)収録音源

低音の凄みから、ハスキーな高音へ

藤谷蓮次郎は、「ラ・セゾン」の歌唱に、低音で凄みを利かせる声と、中音から高音へ駆け上がる際のハスキーな声を聴き取っています。
その評では、かすれた声は強気な大人にも、いたずらっぽい少女にも通じるものとして捉えられています。
低く構える声から高い声へ動くと、音の高さに加えて、歌う人物の印象にも幅が生まれるという見方です。
一曲を通して安定した声量があることと、同じ質感で押し通すことは、ここでは別なのです。

自分の声を聴きながら、音程を整える

本人のセルフライナーノーツには、録音での具体的な工夫も残っています。
山下達郎と仕事をしたころ、アンは音程が低めになりがちだったと振り返っています。
達郎から受けたのは、ヘッドフォンを使う代わりに、小さなモニターを前に置き、音量を抑えて自分の声を聴くという助言でした。

これは、アンの当時の録音環境に合わせた工夫です。
迫力のある歌声の裏側に、自分の出している音をどう聴くかという助言があった。
ハスキーな音色という印象だけでは分からない、歌を支える具体的な話です。

短い言葉を、区切りながら進む

「ラ・セゾン」は、歌い出しから短い言葉のまとまりの間に間隔を置き、次のまとまりを重ねていきます。
藤谷が挙げるのは、五音・五音・七音という区切りです。
この短い単位が続くため、声の迫力とともに、一つずつ言葉を前へ出す歯切れが曲を動かします。

一方、サビは長く引っ張り続ける作りではありません。
藤谷は、短いフレーズできちんと締め、最後にフランス語の一節とリズム隊が畳みかける構成を評価しています。
歌い出しの小さな区切りと、盛り上がったところを短く収める終わり方。
その両方を見ると、低音の凄みや高音のかすれが、言葉の進み方の中で働いていることが分かります。

「六本木心中」は、キーも迫力の一部

セルフカバー盤『ミー・マイ・セルフ・アン・アイ』の「六本木心中」について、アンは、原曲と同じキーが必要な迫力を生むと説明しています。
また、最初の録音後にテレビや舞台で何度も歌うことで、旋律への慣れや技術、自信が育つとも話しています。

同じ音の高さで歌っていても、歌手がその曲に向き合ってきた時間は違います。
初めて録音した歌と、歌い込んだ後の歌。
この違いも、アンの強さを聴き比べるときの手がかりになります。

レーベルのプロフィールに掲載されたアン・ルイス(撮影年不明)
レーベルのプロフィールに掲載されたアン・ルイス(撮影年不明)。
画像出典:写真掲載元

静かな歌にも、強さは残る

1989年の「WOMAN」では、伴奏の激しさと歌声の強さを分けて捉える必要があります。
音楽ブログの筆者J-Canuckは、カラオケで聴いた迫力のある歌唱から、この曲は力強く歌い上げるものだと思っていました。
しかしアンの原曲を聴き直すと、鋭いエレキギターを背に、歌声は比較的静かに励ますようなものだったと振り返っています。

同じ評が指摘するのは、その静けさの中にも、自分を傷つけた相手に屈しない意思が残っていることです。
ここでは、伴奏の勢いに声をそろえて大きくすることより、言葉の意思を保ったまま届けることに強さがある。
「ラ・セゾン」の低音やかすれとは異なる、声と曲の力関係が見えてきます。

「WOMAN」(1989年発表)―『WOMANISM II』(1991年)収録音源

二曲を比べるときは、声量だけでなく、音が上がる際の質感、言葉を区切る間、伴奏に対する声の落ち着きを追うとよいでしょう。
「ラ・セゾン」の畳みかける短い区切りと、「WOMAN」の比較的静かな励ましは、アンのロックにある異なる強さを示しています。

日本語と英語で、言葉の乗り方を比べる

「六本木心中」には、アン自身が英語詞を書いた「Roppongi Suicide」もあります。
1985年の『Anni’s MIX ’85』に収められたもので、2018年の公式ベスト盤『グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・カヴァーズ』では、日本語版と英語版を聴き比べられる構成になっています。
同じ企画には「LUV-YA」の英語版も収録されました。

この比較で面白いのは、歌手を替えずに、ことばのまとまり方の違いを追えることです。
日本語で一音ずつ進んでいた箇所に、英語ではどのような長さのことばが入るのか。
フレーズの頭で勢いをつける場所や、最後の音を収める位置を、同じ旋律に沿って比べられます。
「ラ・セゾン」で取り上げた短い区切りへの注目を、別の曲にも広げられる組み合わせです。

ロックの曲だけでなく、「恋のブギ・ウギ・トレイン」にも日本語版と英語版があります。
選曲・監修を担当した金澤寿和は、『Light Mellow Deluxe アン・ルイス』に両方を選んでいます。
弾む曲の中でも、ことばの区切りとリズムの関係を比較できるわけです。
どちらの言語が優れているかではなく、同じ声が別のことばをどう音楽へ乗せるか。
アンの表現を聴く楽しみは、強い高音だけに限られません。

自分の声に合う曲を、自分で選ぶ

華原朋美とのテレビ番組での対談では、アンは曲を選ぶ際の考え方も話しています。
周囲の意見を聞きながら、自分の声に合う旋律か、歌いづらくないかを考える一方、理屈より先に好きだと感じて選ぶこともあるという説明です。
声に合うかという判断と、歌いたい気持ちの両方を持っていたのです。

この話を踏まえると、凄みを利かせる「ラ・セゾン」と静かな意思を届ける「WOMAN」を、同じ歌い方へそろえる必要はありません。
それぞれの曲の中で、自分の声をどう置くかを考える余地があります。
強く出せる声があることと、いつも強く出すことは、同じではないのです。

「天使よ故郷を見よ」を作曲した西田昌史も、自分の旋律にアンの声が重なった瞬間、曲が輝いたと振り返っています。
曲を提供する側にとっても、完成した旋律と、アンが実際に歌った曲には違いがあった。
どの声を、どのことばに乗せるかという歌手の表現が、作品の印象を決める一例です。

対談では、シングル「VENDETTA」について、それまでのギターを前に出した歌謡ロックの印象とは違い、サンプリングを多く用いたことにも触れています。
歌う音楽の土台にも、新しい選択肢を入れていました。
声の質感だけでロックらしさを作るのではなく、自分の声が入る曲や音を選ぶ。
低音の凄み、歯切れ、静かな歌い口は、そうした選択の中で生きています。

甘いバラードから毅然とした歌唱へ進んだ経緯は、アン・ルイスの歌唱変遷でたどれます。

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