パトリック・スタンプ(Fall Out Boy)の歌声の変遷|自分の声への怖さは、どう変わったのか

2023年に発表された「Heaven, Iowa」は、パトリック・スタンプによると、書くのに三分ほど、録音の完成までには半年以上を費やした曲です。
曲を気に入れなかった理由の一つは、音の広がりの中で自分の声がむき出しになること。
しかし2011年には、昔ほど自分の声を怖がらなくなった、と本人は話しています。
いったい何が変わり、何が残ったのでしょうか。

答えは、歌が上手くなったかどうかだけでは見えてきません。
かつては歌手になるつもりもなく、自分の「きれいな声」を隠していた人です。
仲間やプロデューサーにその声を認められ、ソロでは自分の好みを前面に出し、それでもバンドで歌うときには別の怖さに向き合いました。

2003年――歌手になりたくなかったドラマーの裏声

Fall Out Boyより前、パトリックはドラマーとしてパンクやハードコアのバンドにいました。
バックコーラスを歌えば、周囲から声が「きれいすぎる」と言われる。
その場では褒め言葉ではなく、荒い声が似合う音楽から外れているという意味でした。

彼自身、最初はFall Out Boyで歌うつもりがありませんでした。
メンバーに頼まれて歌手になると、今度は「ポップパンクの歌手ならこう歌うものだ」と考え、声を作って歌ったと振り返っています。
後年、初期の録音を聴いて、当時の自分にはもっと歌える力があったのに出せていなかった、と感じることもあるそうです。
能力が突然生まれたというより、持っていた声を人前で使えなかったのです。

変化のきっかけは、デビューアルバム『Take This to Your Grave』(2003年)の「Saturday」に残っています。
終わりのほうで裏声を使ったとき、本人は少しふざけたつもりでした。
ところがベースのピート・ウェンツは気に入り、もっとその声で歌うよう勧めました。
怖くて本気では見せられなかった声を、仲間がバンドの歌として受け入れたのです。

ただ、一度褒められて不安が消えたわけではありません。
パトリックは、メンバーが応援してくれていても、その前で本来の歌い方を出すまでに何年もかかったと話しています。
「Saturday」は完成形というより、隠していた声を試すことができた最初の場面でした。

2005年――場違いだった声が、バンドの長所になる

次のアルバム『From Under the Cork Tree』を作る前、プロデューサーのニール・アヴロンは、最初に届いたデモを聴いて仕事を断ろうとしていました。
その後「Sugar, We’re Goin Down」と「Dance, Dance」を含む新しいデモが届き、考えが変わります。
さらにライブでパトリックの歌を聴くと、同じパンク系のバンドにはない、R&Bを思わせる声が印象に残ったと振り返っています。

かつて仲間の前で出すのをためらった声が、今度はプロデューサーにとってFall Out Boyを引き受ける理由の一つになった。
本人の自信と他人の評価は、同じ速さで変わったわけではありません。
それでも2005年の録音には、ポップパンクの勢いの中に、パトリック自身の歌の好みが入っていきます。

2006年のパトリック・スタンプ
2006年のパトリック・スタンプ。写真:Joel Telling / CC BY-SA 2.0

アヴロンが惹かれた声を、どう言葉に乗せ、どのように高いサビまで録音したかは、パトリック・スタンプの歌い方で詳しく扱っています。
変遷を考えるうえで大切なのは、その声が突然別物になったことではなく、出すことをためらっていた特徴が作品の強みとして認められたことです。

2006〜2008年――「歌わされる人」から、歌を学ぶ人へ

Fall Out Boyが2006年のグラミー賞で新人賞候補になった頃も、パトリックには自分をまずドラマーだと思う感覚が残っていました。
授賞式でスティーヴィー・ワンダーを見て、歌手としてもっと真剣に取り組まなくては、と考えたといいます。
後に受けた取材で彼は、歌で失敗するとギターのミスより自分自身を批判されたように感じる、と話しました。
その不安は声を隠すだけでなく、学ぶ方向にも彼を動かしたのです。

ソウルの録音やナット・キング・コールの歌を聴き、強弱の付け方を研究しました。
本人は2008年、自分の声が好きとは言い切れない一方、歌でできることを増やそうと努力している、と説明しています。
2011年の「怖がらなくなった」という言葉だけを読むと、練習抜きで急に自信がついたように見えます。
実際には、声を出す勇気と、歌い手としての仕事を学ぶ時間が重なっていました。

2008年の『Folie à Deux』で作った「I Don’t Care」も、仲間の役割を示す一曲です。
作曲した日にはパトリック自身が曲のよさを感じられず、ピートに説得されたと回想しています。
翌日には気に入り、自分の好きな曲の一つになりました。
歌を任された初期から、すべてを一人で確信して進む人へ変わったわけではなかったのです。

2011年――一人で選べた声、一人では得にくい意見

バンドの活動休止中に出したソロEP『Truant Wave』(2011年)を聴いて、母親は、ようやく本人らしい声になったと伝えました。
パトリックには大きな褒め言葉だったそうです。
その年のアルバム『Soul Punk』では、作詞・作曲から演奏、制作までを自分で担いました。
ロックの伴奏に自分を合わせるのでなく、思い浮かんだリズムを追って、ファンクやシンセサイザーを使う音楽を形にしています。
アルバム収録曲「This City」は、ルーペ・フィアスコを迎えたリミックスも発表されました。

この頃の本人は、声にあるマイケル・ジャクソンの影響を、もう無理に消そうとはしていませんでした。
子どもの頃から親しんだ歌が、自分の自然な声に残っていると考えたからです。
Fall Out Boyとソロのどちらが自分に近いかと聞かれれば、『Soul Punk』と答えました。
バンドでは複数人の考えを合わせるため、ソロなら自分の好みをそのまま選べる、という意味です。

ただし、自由には別の難しさもありました。
彼は当時、一人で何でも決める制作では、バンドにいたときのような率直な第二の意見を得にくいと話しています。
自分らしい声を隠さず出すことと、その歌を自分一人で判断しきれることは別でした。
この違いは、後に再び仲間と録音するときに効いてきます。

2013年――ソロで得た自信を、四人のバンドへ持ち帰る

Fall Out Boyが『Save Rock and Roll』で活動を再開した2013年、パトリックはソロの経験でフロントマンとして自信がついたと話しました。
以前は帽子の下に隠れるような、気の進まないフロントマンだった。
ソロ公演では自分が前に立つしかなく、その経験を経て四人の中へ戻ったのです。

再集合した最初の練習はうまくいかなかったと、メンバーは笑いながら振り返っています。
二度目、三度目と一緒に演奏するうちに感覚を取り戻した。
新作では、パトリック一人が歌や曲の全体を決めるのでなく、ジョー・トローマンのギターをはじめ、全員の案を取り込むやり方をより強めたと説明しました。

2016年、ホームランダービー開幕時に演奏するパトリック・スタンプ
2016年、ホームランダービー開幕時に演奏するパトリック・スタンプ。写真:Arturo Pardavila III from Hoboken, NJ, USA / CC BY 2.0

ソロへ行ったのは、Fall Out Boyの声を捨てるためではありません。
自分の好みを作品にできると確かめ、ステージで前に立つことも学んだうえで、もう一度ほかの三人の判断と合わせる。
「自分の声を出す」ことと「仲間の判断を聞く」ことの両方を、新しいバンドの制作へ持ち込んだのです。

2023年――声が目立つ怖さは、残っていた

『So Much (For) Stardust』(2023年)では、2005年のアルバムも手がけたアヴロンと再び制作しました。
パトリックが望んだのは、昔の音をそのまま作り直すことではありません。
時を経た四人が、同じプロデューサーと今なら何を作れるか試したかったと話しています。

冒頭の「Heaven, Iowa」で彼が戸惑ったのは、かつてのように「きれいな声」がバンドに合わないと思ったからではありません。
ピートの物語性のある歌詞には、音を詰め込まず、声のために広い場所を空けるのが合うと本人も感じていました。
それでも自分の声だけが目立つようで居心地が悪く、最初は曲を嫌っていたのです。

メンバーに聴かせると、彼らはこの曲を支持しました。
最後の制作段階で加えたキーボードの音が、パトリックにも曲を受け入れられるきっかけになったといいます。
一人で自由に作れた『Soul Punk』とは逆に、自分ではよさを信じ切れない歌を、仲間の耳も頼りに完成させました。

初期は、本来の声を出すと周囲から浮くと思って隠していました。
2023年には、その声を出すこと自体ではなく、歌の中で自分の声だけがむき出しになることを怖がっていた。
不安が残ったままでも、ほかの人がよいと言った歌を作品に残せるようになったことが、二十年の違いです。

怖さを消すより、声を選ぶ方法が増えた

パトリックは、最初から「Fall Out Boyのあの声」を自在に出していたわけではありません。
「Saturday」の裏声を仲間に認められ、アヴロンにはR&Bを思わせる特徴を見いだされ、自分でも歌を学びました。
『Soul Punk』では好きな音楽を一人で選び、その経験を持ってバンドへ戻っています。

だから「Heaven, Iowa」でまだ怖かったという事実は、2011年に語った成長を打ち消しません。
昔は声を隠し、後には自分の声を出しても、その録音がよいかを仲間と確かめられるようになった。
変わったのは声の高さだけでなく、自分の声をどう扱い、誰と完成させるかでした。

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