長瀬智也の歌い方|荒々しい声にも、役とことばに合わせた選択がある

レコーディング中の長瀬智也(撮影年不明) シンガー
レコーディング中の長瀬智也(撮影年不明)

長瀬智也は、自分の声に個性があるからこそ、普通に歌えばよくなるとは限らないと話しています。
力強い声を持っていることと、その声が一曲に合うことは、本人にとって別の問題でした。

映画『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』では、自宅で声を録音し、どんな歌い方なら役の面白さが伝わるかを試しています。
荒々しい印象のある歌声も、声の高さ、ことばのリズム、伴奏との関係から見ると、その作り方が見えてきます。

『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』―公式予告編(2016年)

高い声を選んだのは、赤鬼の面白さを伝えるため

2016年公開の『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』で演じたのは、地獄のロックバンド、地獄図を率いる赤鬼のキラーKです。
歌う曲を用意したのは、KYONOや向井秀徳でした。
長瀬が目指したのは、誰かに渡された曲を歌っている感じよりも、その人物が自分の歌を歌っているように見えることでした。

そこで、歌の入っていない伴奏をもらい、自宅でいろいろな歌い方を試しました。
本人の声の録音も重ねながら、少し古くて可笑しみのある、1970〜80年代の日本のメタルを思わせる表現を探したといいます。
単に格好よく歌うことが、この役の答えではなかったのです。

高い声も、役の面白さを作る選択でした。
宮藤官九郎監督が印象に残したいと考えていた掛け声に、モトリー・クルーを思わせる高い声を当ててみる。
その発想が、劇中の話し方にも広がっていきました。

ここでの高音は、出せる高さを披露するためだけのものではありません。
声が高くなることで、赤鬼の強烈さとふざけた感じが一緒に伝わる。
歌い手としての声を、登場人物の声へ変えていくための工夫でした。

主題歌「TOO YOUNG TO DIE!」の詞を作った宮藤は、キラーKが自己紹介をするなら、という発想で書いたと説明しています。
つまり、ここでの歌は、物語から切り離されたライブ演奏ではありません。
聴き手に、この鬼が何者なのかを知らせる場面でもあります。
長瀬が高い声や可笑しみを試した理由も、人物を伝える歌として考えるとつながります。
声色を選ぶこと自体が、役の説明になっているのです。

「天誅!!」では、向井秀徳の歌の癖まで受け取った

一方、同じ映画の「天誅!!」について、向井秀徳が驚いたのは、長瀬がデモの歌い方を忠実に再現したことでした。
旋律だけでなく、リズムの乗り方や譜割り、向井自身の癖まで、良い形で取り込んでいたそうです。

譜割りとは、ことばを音符や拍の中へどう割り振るかということです。
同じ歌詞と旋律でも、どの音へどのことばを置き、どこまでを一続きに感じさせるかで、歌の調子は変わります。
向井が喜んだのは、長瀬が音程だけを合わせるのではなく、その歌特有の乗り方も保っていたことでした。

自分の声をそのまま押し出す場面もあれば、作者の歌い回しを細かく受け取る場面もある。
どちらも、曲を自分のものとして歌うための方法になっています。
長瀬の強い個性は、ほかの人の歌の特徴を聞き取り、表現へ取り込む細かさとも結びついていました。

Kode Talkersのステージ(右が長瀬智也/2023年の初ライブを伝える記事より)
Kode Talkersのステージ(右が長瀬智也/2023年の初ライブを伝える記事より)。
画像出典:写真掲載元

「天国」で大切にした、少ない音と言葉の力

同じ映画の「天国」について、長瀬は、少ない音で気持ちを動かす音楽の例として語っています。
本人がロックの中心に置いていたのは、メッセージやことば、そこにある気持ちでした。
複雑な歌い回しを増やすことより、簡潔な音楽が心へ届くことに価値を置いていたのです。

宮藤も、向井が王道のバラードを作り、ギターソロまで弾いてくれたことを驚きをもって振り返っています。
主題歌で強烈な自己紹介をする役が、別の曲ではバラードを歌う。
この二つを並べると、キラーKという人物にも、威勢のよさだけでは収まらない表情が必要だったと考えられます。

「天誅!!」では、作者の癖を含むことばの乗り方が大切でした。
「天国」では、長瀬自身が、シンプルな曲から伝わる気持ちに注目しています。
一つの作品の中でも、歌の役割が変われば、耳を向ける場所も変わる。
高い声が出ているかだけでなく、そのことばをどんな思いとして届ける曲なのかを見ると、役作りと歌唱が結びついてきます。

Kode Talkersでは、歌が響く余白をバンドで作る

声を前へ出す方法は、歌手の音量だけでは決まりません。
Kode Talkersの久保田光太郎は、長瀬のボーカルをどう格好よく聴かせるかを、メンバー全員で考えたと話しています。
そのために選んだのは、音を隙間なく重ねるより、少ない音を生かす作り方でした。

たとえばAメロで長瀬が歌っている間は、ギターの音量を下げる。
間奏でギターが中心になると、音量を上げる。
声と楽器が同じ強さで押し合わず、その時に聴かせたいものへ場所を譲る関係です。

2023年の味園ユニバース公演を訪れた聴き手は、「Free Wheelers」で長瀬の歌が際立ち、ゆっくりした曲やバラードに映える声だと感じています。
勢いのあるロックから知った人にも、テンポを落とした曲では、別の表情が見えてくるのでしょう。
アルバム『Kode Talkers』では、「例のモノ」とともに「Free Wheelers」も聴くことができます。

Kode Talkers「例のモノ」―公式MV(2025年公開)

動きを止めて歌う場面も、ライブの見せ場になる

2024年のZepp Nagoya公演を訪れたファンは、休憩前に長瀬がギターをぶら下げ、すっと立って歌った場面を印象深く記録しています。
曲名は特定していませんが、歌声が歌詞の内容とともに直接届き、涙が出たという感想です。
ギターを弾くアクションを追っていた同じ聴き手の記録に、静かに立って歌う姿も強く残りました。

これは一人の来場者の受け止めですが、ライブの迫力を考えるうえでは具体的な例になります。
大きく動く姿が目を引く場面と、歌う姿が静まり、ことばへ注意が集まる場面。
どちらも、一公演の中で聴き手に届く表現でした。
ロックらしさを、荒れた声や派手な動きだけで判断すると、こうした見せ場を取りこぼしてしまいます。

映画で人物に合わせて声を作ることと、バンドの舞台で自分の歌を届けることは、同じ作業ではありません。
それでも、聴かせたい歌に応じて、声の高さだけでなく、ことばの置き方や周囲の音、ステージでの立ち方まで関わる点は共通しています。
長瀬の強い声は、その組み合わせの中で聴き手へ届いているのです。

自宅で声を録りながら役に合う響きを探し、作者のことばの乗せ方を受け取り、バンドでは声のための余白を作る。
長瀬の歌い方には、強い声を出す前と、その声を届ける周りにも、細かな選択があります。
荒々しさだけでひとまとめにせず、その曲ではどんな人物として、どんなことばを歌っているかを見ると、表現の違いが分かってきます。

甘い語尾を印象づけた桜庭裕一郎の時代から、その後の歌の変化は、長瀬智也の歌唱変遷でたどっています。

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