モートン・ハルケット(a-ha)の歌声の変遷|「Take On Me」の高音から、歌を届け直す歩みへ

2026年9月の公式インタビューに掲載されたモートン・ハルケット シンガー
2026年9月の公式インタビューに掲載されたモートン・ハルケット

「Take On Me」の高音で、モートン・ハルケットの声を覚えた人は多いでしょう。
明るいシンセサイザーの中から抜けてくる歌は、a-haを印象づける大きな力になりました。

けれど、その歌い手の歩みは、同じ高音を保ち続けたという話では収まりません。
自分の言葉を歌うソロ作品、ヒット曲をゆっくり歌い直す舞台、声を出せる条件を探しながら進める近年の制作。
モートンは、そのときどきの仲間や作品と向き合い、声を届ける方法を選んできました。

「Take On Me」公式MV・4Kリマスター版(1985年版)。

あの声が、a-haの曲にできることを広げた

a-haのポール・ワークター=サヴォイは、2025年の取材で、モートンが加わったことで作曲が変わったと振り返っています。
それまで自分の声の音域を考えて書いていた曲を、モートンの多彩な声を前提に作れるようになったのです。
高音を歌える人を迎えたことが、曲そのものの可能性を広げていました。

1985年の「Take On Me」は、その声と曲が結びついた代表例です。
制作を担当したアラン・ターニーも、のちの取材でモートンの幅広い表現を高く評価し、いくつもできる歌い方の中から、曲に合うものを選ぶ必要があったと説明しています。
高い音へ届く能力に加えて、どう歌うかの選択肢を持つ歌い手だったことが伝わります。

録音を担当したジェリー・キッチンガムの回想では、当時のモートンは、制作側が選んだ歌唱を素直に受け入れていました。
「Take On Me」は4回ほど通して歌い、そこから組み合わせたあと、小さな部分を歌い足したそうです。
豊かな声を持っているから一度歌えば完成する、というより、その声から曲に合う瞬間を制作陣と選んでいました。
キッチンガムは、後のアルバムではボーカル録音にもっと時間をかけ、テイクを残すようになったとも振り返っています。

1985年のa-ha(左からポール・ワークター、マグネ・フルホルメン、モートン・ハルケット/Sound On Sound掲載写真)
1985年のa-ha(左からポール・ワークター、マグネ・フルホルメン、モートン・ハルケット/Sound On Sound掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

一つの曲へ落ち着くまでに、「Take On Me」自体も何度か録音され直しました。
1984年に発表した録音が大きく広がらず、ターニーとの再録音へ進んだのです。
彼が生かしたかったのは、以前にバンド自身が作ったデモの魅力でした。
声を派手に飾り直すというだけでなく、元から曲にあった良さを完成盤へ残そうとした先に、広く知られる1985年の版があります。

「Take On Me」1984年7インチ版の公式配信音源。

『Wild Seed』では、自分で歌うものを作る側へ

1995年のソロ作品『Wild Seed』では、モートンは声を任されるだけでなく、作品の方向を自分で決める立場を強めました。
発売当時の取材では、詩人ホーヴァル・レムとの密な共同作業について話しています。
二人で旅をし、経験したことを曲にしていく制作でした。

この二人が共作したのは、アルバムの12曲中9曲です。
モートンはギター、レムはノートパソコンを持って旅をし、移動すること自体が創作の源になったと話しています。
「A Kind of Christmas Card」はロサンゼルスで、アルバムのタイトル曲は南アフリカで生まれました。
その場所で見聞きしたことを、一緒に歌へ変えていったのです。

モートンは、芸術的な表現を他人と意思を通わせるものとして考え、人の感覚へ届く形を求めていると話していました。
a-haの曲に声を与える歌い手が、自分で何を伝えるかにも深く関わるようになったのです。

この取材で本人は、ソロでは自分の役割が変わるとも説明しています。
一人になることは、ただ声の前にバンド名が付かなくなることではありません。
歌う言葉、曲を作る相手、どんな作品にしたいのかまで、自分の選択が表へ出るようになりました。

「A Kind of Christmas Card」公式配信音源(1995年)。

2017年、「Take On Me」を別の表情で歌い直す

2017年6月、a-haはノルウェーのギスケでMTV Unpluggedの公演を行いました。
『Summer Solstice』として発表されたこの企画では、ラーシュ・ホーントヴェットがアレンジを担当しています。
モートンも、バンドが触れたがらない部分まで問い直す彼の大胆さを、必要なものだったと振り返りました。

準備は、慣れたヒット曲を少ない楽器で演奏するだけのものではありませんでした。
ホーントヴェットが半年ほどかけて整えた編曲を、公演前の約2週間、バンドでリハーサルしています。
ポールはギスケを選んだ理由として、邪魔されずに練習できる、響きの良いスタジオがあったことを挙げました。
新しい歌い方を試すには、曲を作り直す時間と、その音を確かめる場所も必要だったのです。

「Take On Me」も、ゆっくり進むアコースティックの曲へ姿を変えます。
マグネ・フルホルメンは公式サイトで、このアレンジによって、もともと曲の中にあった哀しみを帯びた構造が表へ出たと説明しています。
明るく勢いのあるヒット曲として親しまれた歌を、別の感情の動きから受け取れるようになったのです。

ユニバーサル ミュージックが2017年の紹介に掲載したa-ha
ユニバーサル ミュージックが2017年の紹介に掲載したa-ha。
画像出典:画像掲載元

ここで変わったのは、伴奏の楽器だけではありません。
長く歌ってきた旋律を、どんな速度や空気の中で届けるかが変わりました。
歌い手として積み重ねた曲を、新しい編曲の中へ置き直すことで、ヒット曲の持つもう一つの面が聴き手の前に現れています。

1985年の声が印象に残っているからこそ、この歌い直しには大きな意味があります。
同じ曲を通して、声の記憶と、今ここで歌われる歌を行き来できる。
高音の瞬間だけではなく、曲全体を届ける歌手としてのモートンへ、耳を向けられる再演になりました。

「Take On Me」『MTV Unplugged – Summer Solstice』の公式配信音源(2017年の公演)。

『True North』では、歌える環境とも向き合った

2022年の『True North』は、ノルウェーのボードーで、オーケストラとともに新しい曲を録音し、その姿を映像にも収めた作品です。
「I'm In」も、この作品に収録されています。

一方、ポールは当初、スタジオで録音し、その様子を撮影する形を希望していたと話しています。
実際のホールでは、弦楽器の響きを十分に捉えようとすると、同時に演奏するギターやドラムの音も入りやすいという難しさがありました。
映像として魅力的な場所を選ぶことと、音を録りやすい場所を選ぶことが、必ずしも一致しなかったのです。

2023年掲載の取材では、モートンは会場で歌う難しさを明かしました。
コンクリートのホールでオーケストラと共演する中、音をつかみにくく、自分の音程へ注意を集中させていたそうです。
完成した映像の中で動きが少なく見えることにも、歌うための具体的な事情がありました。

高音を鮮やかに歌う印象が強い人でも、周りの音がどう聞こえるかは大切です。
モートンの声は、場所や共演者と関係なく同じように出てくるものではありません。
本人の説明は、一つの歌を作品に残すために、その場の条件とも向き合っていたことを伝えています。

「I'm In」『True North』より、公式映像(2022年公開)。

2025年の公表を経て、2026年の新作へ

2025年6月、モートンは公式サイトでパーキンソン病を公表しました。
その際には、声で自分を表現できるかという問題を語り、当時は難しいと説明していました。
長く歌ってきた人にとって、声の自由をどう取り戻すかが切実な課題になっていました。

そして2026年9月、ソロアルバム『Human Grace』を11月27日に発売すると発表します。
9月25日には、娘のトミーネ・ハルケットを迎えた「Hold Me」が先行公開されました。
同月の公式インタビューでは、以前から録っていた主な歌を土台に、編曲や楽器、一部の歌の追加録音を進めた経緯が説明されています。

共同制作者のピーター・クヴィントと、蓄えていた曲を新たな目で見直すところから、作品はまとまりました。
2025年7月から2026年7月にかけて、新たな編曲のもとで、楽器と追加の歌を録音しています。
モートンは移動が難しい中で相手の仕事を信頼し、届いた音のうち何を残し、何を使わないかを選ぶ役割も担ったといいます。
歌うことに制約がある時期にも、作品の形を決める人として制作へ関わり続けていました。

2026年9月の『Human Grace』公式インタビューに掲載されたモートン・ハルケット。
2026年9月の『Human Grace』公式インタビューに掲載されたモートン・ハルケット。
画像出典:a-ha公式サイト

この取材で本人は、ツアーで歌えるかには疑問を示しつつ、条件の合うときに録音する可能性を探っています。
仕上げられなかった歌を娘たちへ託したことも、新作の完成につながりました。

「Hold Me」トミーネ・ハルケットを迎えた公式MV(2026年)。

声の可能性に合わせて曲が広がった初期から、自分で表現を作るソロへ。
ヒット曲を新しい表情で歌い直し、近年は残されていた歌と仲間の力も生かして作品を届ける。
モートンの歌声の歴史には、声を持つ喜びと、それを歌にするための選択が重なっています。

「Take On Me」の強いファルセットと、低いところから高音へ向かう歌の組み立ては、モートン・ハルケットの歌い方で詳しく取り上げています。

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