佐藤千亜妃の歌声はどう変わった?きのこ帝国の轟音から、ビートの隙間で歌うまで

青と紫の光を受けた佐藤千亜妃のポートレート シンガー

きのこ帝国の「愛のゆくえ」から、ソロの「夜をループ」へ。
佐藤千亜妃の歌は、轟音のバンドから打ち込みのビートまで、さまざまな音の中に置かれてきた。
その間に変わったのは伴奏だけではない。
どんな思いを自分の名で歌うか、録音した声のどこを残すか、言葉をどんなリズムで運ぶか。
本人の制作時の発言をたどると、歌い手として選べることを増やしてきた道筋が見えてくる。

バンドの中心に歌を置き、自分の声も少しずつ整えてきた

佐藤は2012年の取材で、子どもの頃は誰かに聴かせるためではなく、部屋で歌うこと自体に喜びを感じていたと話している。
好きな歌い手に自作曲を歌う人が多かったことから、自分も曲を作って歌いたいと思うようになった。
きのこ帝国でも、曲の軸になるメロディーと歌詞ができなければ成立しないと考えていた。
大きなギターの音が印象に残るバンドであっても、歌は最初から中心にあった。

声を出す方法も探り続け、2015年頃からはボイストレーニングに通うようになった。
2023年の取材では、ファルセットをもっと抜けよくしたいといった部分ごとの課題を相談し、その時点では主に声の調子を保つために通っていると説明した。
日によって状態が違っても、本番で力を出すために何ができるかを考える。
本人はライブの安定感や音域の広がりを感じつつも、急に変わるものではなく、二年、三年と続けて手応えが出るものだと捉えている。

2016年の「愛のゆくえ」には、曲の外から受けた刺激も表れている。
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の主題歌として、監督の求める音のイメージに寄せたところ、予想外に轟音の曲になったという。
その制作をきっかけに、同名アルバム全体も深く潜り込む方向へ進んだ。
佐藤の歌を包む音は、映画との出会いや、四人の演奏の組み合わせによっても変わっていった。

ソロで何を歌うかを決め直した『PLANET』

初のソロEP『SickSickSickSick』を出した2018年には、きのこ帝国はまだ活動していた。
「Summer Gate」を含むこの作品では、バンドの編成とは違う、打ち込み中心の音に挑んだ。
当初の佐藤は、暗さや刹那的な気持ちはバンドに、恋の歌や聴き心地のよさはソロに、という分担も考えていたという。

2018年のきのこ帝国ライブでギターを弾く佐藤千亜妃
2018年5月、きのこ帝国のライブでギターを弾く佐藤千亜妃。
撮影:西槇太一。
出典:音楽ナタリー

ところが2019年にバンドの活動休止が決まり、個人名義で音楽を続ける意識が強まると、その分け方では足りなくなった。
心地よい曲だけでは、自分の内側まで表せない。
初ソロアルバム『PLANET』は、バンドで表してきた感情も、一人の自分の歌として引き受け直す作品になった。

それを具体的に示すのが、冒頭の「STAR」だ。
音楽活動を離れるメンバーへの思いも込め、新しい人生の中で誰かを照らす存在になれると歌った曲である。
佐藤は、バンドの音が前に出たこの曲を、収録すると決めた時点から一曲目に置きたかったと話している。
ソロでもきのこ帝国に近い表現になることを自然に受け入れ、歌う範囲を広げていった。

同じ取材では、生の演奏を自分の歌のリズム感で引っ張りたいという思いも語っている。
少ない音でも、歌のニュアンスで曲を動かせる歌い手が好きだという。
名義ごとに表す感情を分ける発想から、自分の歌で周囲の音をどう動かすかへ、関心が深まっていた。

『KOE』で残したかったのは、経験を通った今の自分だった

2021年の『KOE』では、その自分らしさを録音の中でどう選ぶかが課題になった。
もともとは響きとしての歌声に焦点を当てる構想だったが、コロナ禍を通り、言えずに胸に抱えている思いにも目が向いたという。
音楽を作ることで、自分の中にあるものを少しずつ消化できる。
その経験から、心の奥にある声まで作品に残そうとした。

「カタワレ」では、すでに上手に歌えたテイクもあった。
しかし、共同プロデューサーの河野圭は、きれいに歌ったその声を、佐藤らしい歌ではないと指摘したという。
佐藤自身も、きのこ帝国での経験を含め、今の自分だから歌えるものを選ぼうと考えた。
ここで選びたかったのは、歌の整い方だけでなく、その人が通ってきた時間まで感じられるテイクだった。

本人は、後から聴けば荒削りだと感じる日が来ても、その時点の自分を作品にしたかったと話している。
欠けたところや癖を残す判断には、歌の技術を磨いてきた歩みと別の基準が加わっている。
うまく歌えるかを確かめた先で、どのテイクならこの曲を自分の歌として渡せるかを選ぶようになった。

『NIGHT TAPE』で、歌い上げる以外の言葉の運び方を増やした

『KOE』で生の演奏を追求したことに手応えを得ると、佐藤は次に、ソウルやR&Bをもっと掘り下げたいと考えた。
2022年のEP『NIGHT TAPE』は、「Summer Gate」で試した打ち込みの可能性に、改めて向き合った作品である。
レーベルや制作環境が変わり、若いトラックメーカーたちと組むことで、自分だけでは思いつかない音の形も探した。

そこには、コロナ禍で自分の音楽の聴き方が変わったことも関係していたという。
部屋の中で聴く時間が増え、熱量や音数を抑えた曲を、今の聴き手へどう届けるかを考えた。
「夜をループ」も、そうした夜の時間をテーマにしたEPの一曲だ。
バンドの音を離れることが、そのまま歌の熱を失うことを意味するわけではない。
どんな場所で聴かれる歌にしたいかを考え、声が入る環境を選び直している。

この時期の新しい試みが、「PAPER MOON」でのラップだった。
以前は、歌を大切にする自分がラップに踏み込んでよいのかと迷っていたという。
しかしRyohuとの共演で歌詞を作る過程にも触れ、自分でもラップの言葉を書いてみたいと思った。
EPを実験できる場と捉えたことも、挑戦を後押しした。

「PAPER MOON」の後に作った「真夏の蝶番」では、Bメロに三つに刻むリズムの節回しが自然に浮かんだと話している。
初めの挑戦が、その後の旋律にも影響したのかもしれないと本人は振り返る。
長く伸ばして歌い上げるだけでなく、細かく言葉を進める方法が、自分の表現に加わっていった。

『TIME LEAP』では、歌う時間より選ぶ時間が長くなった

2023年のEP『TIME LEAP』では、声をビートのどこへ収めるかを、さらに細かく確かめている。
佐藤によれば、音程やリズムの揃った打ち込みの中では、声のずれが目立ちやすくなる。
歌入れが一時間ほどで終わっても、テイク選びには四、五時間かけることがあったという。
『KOE』で自分らしい表情を残そうとした経験に、今度は伴奏との収まりを確かめる作業が重なった。

ただし、一音ずつを切り離して整えるだけでもない。
基本は一曲を通して歌ったテイクから選び、気になるところを録り直して組み合わせる。
部分ごとに歌うと物語が途切れるように感じるため、歌の流れを土台に残していた。

「タイムマシーン」では、宇多田ヒカルの「Automatic」を引用した音に、自分の言葉をどう乗せるかで悩んだ。
原曲の歌い回しをなぞりすぎず、かといって旋律を滑らかに流すだけにもしたくない。
そこで、前年のラップの経験を生かし、Aメロを歌とラップの中間のように組み立てた。
新しい技法は、その曲で解きたい課題があるときに使えるものになっていた。

ほかの声と重なることで、自分の曲の可能性も広がった

同年のアルバム『BUTTERFLY EFFECT』では、新しい聴き手へ届く音を作りながら、自分の声や歌詞の個性を残すことを意識したという。
トラックの流れに合わせる中で、誰が歌ってもよい曲になりそうなら、メロディーや音の組み合わせを話し合い直す。
打ち込みへ近づいた後も、自分の歌を中心に置く姿勢は続いている。

一方で、「線香花火 feat.幾田りら」では、最初は一人で歌うつもりだった曲に、ほかの歌い手を迎えた。
幾田の声が入ることで曲が変わると感じたからだという。
佐藤は、その声の清涼感によって、夏の夜の空気に風が吹くような感覚を出せると考えた。
一緒に録った歌を全体で聴いたときには、予想を超える手応えもあったと話している。

佐藤は、バンドとソロで二通りの歌い方を固定しているとは考えていない。
曲によって出だしを強めたり、息を多くしたりして、必要な表情を選ぶという。
自分の声を保つ練習と、その曲のために違う歌い方を試すこと。
両方を続けてきたからこそ、歌に残せる表情も、ほかの音との関わり方も増えてきた。
「タイムマシーン」の言葉の刻み方と最後のサビでの選択は、佐藤千亜妃の歌い方で詳しく見ていく。

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