ソヒャン(Sohyang)は、ゴスペルを出発点に、テレビの歌唱番組やアコースティックの共演、自作曲へと歌の場を広げてきました。
2015年の「홀로 아리랑(Arirang Alone)」のように、高音を生かしたテレビ歌唱でも知られる歌手です。
その歩みを本人の言葉からたどると、音程や高音を重んじる意識に、声を抑える選択や、聴く人を慰めたいという思いが加わってきたことがわかります。
ゴスペル時代から2026年の新曲まで、歌に何を求めるようになったのかを見ていきます。
「홀로 아리랑(Arirang Alone)」公式番組映像(『不朽の名曲』2015年2月21日放送)。
ゴスペルの歌手として出発し、「Upon This Rock」で知られる
ソヒャンは、1996年にゴスペルの歌手として活動を始めました。
韓国ではCCMと呼ばれるキリスト教音楽の分野が、歌い手としての出発点です。
テレビの歌唱企画で幅広く知られる前から歌い続けており、サンディ・パティの「Upon This Rock」を歌ったことでも注目されていました。
「Upon This Rock」公式配信音源(2012年の活動15周年記念作品に収録された英語版)。
この曲は、2012年の活動15周年を記念した作品にも英語版で収められています。
後年のテレビ出演だけを見ていると見落としやすい、ゴスペルを歌ってきた時間が、彼女の経歴にはあります。
2012年の『私は歌手だ2』――違う歌手の曲を、自分の声で歌う

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2012年の『私は歌手だ2』は、本人が後年、大衆歌謡を学んだ機会として振り返る番組です。
さらに声を抑える表現にも関心が広がったと、2021年の取材で説明しています。
当初は、大衆歌謡をどう表現すればよいのかがわからず、感情が伝わらないと評されて戸惑ったそうです。
それまで意識していた音程や拍子の正確さ、強く打ち出す高音に加え、曲のどこで声を控えるかを考えるようになりました。
歌える音を増やすだけでなく、使える声の中から、曲に合う出し方を選ぶ時期に入っていたのです。
当時の歌唱を具体的に伝えているのが、2012年11月25日放送の「그대는 어디에(Where Are You)」です。
原曲はイム・ジェボムの歌で知られていますが、番組側の記事では、ソヒャンが原曲の荒々しい声色を取り去り、優雅な響きで歌ったと紹介されました。
後半には合唱隊も加わり、壮大な舞台として構成されています。
「그대는 어디에(Where Are You)」公式番組映像(『私は歌手だ2』2012年11月25日放送)。
原曲の歌手の声質をそのままなぞるのではなく、自分の声で曲を成立させる。
この例からは、高い音を出す能力だけでなく、曲にどのような声色を与えるかという選択が見えてきます。
2014年の「Lean on Me」――華やかな歌を、細部から組み立てる
2014年10月の『不朽の名曲』では、マイケル・ボルトンを迎えた回で「Lean on Me」を歌っています。
本人は後年、この舞台に向けて、一節ごとの音の上げ下げや装飾、コーラスを先に組み立て、覚えて臨んだと明かしました。
同じ装飾ばかりにならないように考え、ボルトンの前で歌う緊張に備えて、何度も練習したといいます。
「Lean on Me」公式番組映像(『不朽の名曲』2014年10月18日放送)。
一曲を大きく盛り上げる舞台にも、細かな準備がありました。
2012年に曲に合わせた声の選択肢を広げ、2014年の舞台では、その選択をフレーズごとの流れとして形にしていたことがわかります。
2020年の『Begin Again Korea』――完璧な歌から、人を慰める歌へ
2017年の『覆面歌王』出演後、ソヒャンは表立った活動を控えていた時期がありました。
2020年の取材では、その時間を経て、完璧さや名声を追い求める姿勢を見つめ直したと語っています。
本人は、歌で小さな失敗も許せなくなっていたことを振り返りました。
それまで以上に大切にしたくなったのは、歌によって聴く人を慰めることでした。
同年に参加した『Begin Again Korea』は、アコースティックの演奏と、ほかの歌手との共演が中心となる番組です。
ソヒャンは、とくに心に残った歌として、出演者たちと歌ったgodの「길(Road)」を挙げました。
皆で涙を流したことも振り返っています。
この年は感染症の流行を受け、海外を巡る形から、韓国内での演奏へ企画が変わっていました。
疲れた聴き手を音楽で支えるという趣旨が、その時のソヒャンの思いと重なっています。
「길(Road)」公式公開映像(2020年『Begin Again Korea』の出演者による共演・フルバージョン)。
競い合う歌唱企画とは違う場で、一緒に歌う人の声を受け取り、自分もその歌の一部になる。
この共演は、本人が語った「慰めたい」という思いを、ほかの歌い手と分かち合った出来事として捉えられます。
2024年の「BLESSING」――歌う声だけでなく、曲の出発点も作る

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2024年1月に発表した、YDGを迎えた「BLESSING」では、曲を作る側への踏み込みがはっきり表れています。
ソヒャンは、制作ソフトLogicを仲間から学ぶ中で、自分で最初のトラックを作ったと説明しました。
着想の一つは、映画『アマデウス』でモーツァルトが「レクイエム」を作る場面だったそうです。
「BLESSING(Feat. YDG)」公式ミュージックビデオ(2024年のシングル版)。
本人が描こうとしたのは、暗さから光へ移っていく感覚でした。
歌う段階で感情を込めることに加え、その物語を表す音楽の土台から、自分で作り始めています。
その素材を、PETRA、チェ・ドヒョンと組む制作チームC.P.Kで発展させていきました。
本人によれば、初めからヒップホップへの挑戦を狙っていたわけではなく、仲間と試すうちに曲が生まれています。
伝えたい物語に合っていれば、ジャンルにはこだわらないとも話しました。
2024年の取材でも、競争の厳しい社会で暮らす若い世代に、少しでも慰めや光を届けたいと語っています。
2020年に語った聴き手への思いが、今度は自分の作る曲の目的として表れていました。
同年11月には、アルバム『DIVA』を発表しています。
他の歌手の曲を自分の声で歌ってきたソヒャンが、曲の土台から作り、自分の声を置く場所も選ぶようになった時期です。
2026年の「Moving on」と「운다」――自分の経験に合う歌を選ぶ
2026年には、『My Little New Diary』のシリーズで発表を重ねています。
1月のPart 1「Moving on」では、ソヒャンが作詞と共同作曲、コーラスの編曲に参加しました。
作品紹介によると、軽めのヒップホップのビートに叙情的なバラードの要素を重ね、歌の要素を含むラップも交え、サビで決意を打ち出す曲です。
「Moving on」公式リリックビデオ(2026年『My Little New Diary』Part 1)。
自分の経験や、前へ進みたいという思いを伝えるために、伸ばす声に加えて、言葉をリズムに乗せる方法も選んでいます。
「BLESSING」で制作仲間と試したヒップホップの要素は、こうした自分自身を語る作品にも広がりました。
10月14日発売のPart 10に収めた「운다」は、ホン・イサクらと完成させた曲です。
作品紹介では、ソヒャン自身が涙を流した経験から生まれ、聴く人の悲しみをそっと包むようなバラードだと説明されています。
「운다」公式リリックビデオ(2026年『My Little New Diary. Part 10』収録)。
この曲では、ソヒャンが作詞・作曲に参加し、バックコーラスの編曲と歌唱も担当しています。
主旋律を歌うことに加え、声をどう重ねるかにも関わっているのです。
同じシリーズの中でも、ビートに乗せて前へ進む歌と、悲しみを静かに差し出すバラードでは、選ぶ表現が異なります。
一つの得意な型にすべての曲を収めるのではなく、伝えたい経験に応じて、曲の形から考えるようになっていました。
ゴスペルから大衆歌謡を学び、自分の声色や声量を選び、やがて曲そのものを作る。
ソヒャンの歩みには、聴く人に何を届けるかを考える中で、歌と制作の選択肢が広がってきた過程があります。
声量の調節や声色の使い分けについては、ソヒャンの歌い方で具体的に扱っています。

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本人の発言と番組側の記録から、ソヒャンの声量と声色の工夫を考えます。

声の変化への戸惑い、Iでのソロデビュー、INVUへの確信、Letter To Myselfの自然な語り方から、その時々の声で何を伝えてきたのかをたどります。

その後のWhen I’ve Got You、Love’s Not Over Yet、Living for the Gameの制作証言から、声で何を表すかという選択がどう広がったのかをたどります。



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