2014年、日笠陽子は「憂冥」を当初の想定より高いキーで録音しました。
その背景には、ステージを重ねるうちに高音への構えが変わってきたことがあります。
ソロ初期から『シンフォギア』での歌唱まで、本人の言葉をたどります。
憂冥 — 『Couleur』(2014年)収録音源
キャラクターを通して歌うところから
日笠は、最初から自分の名前で人前に立ちたかったわけではありません。
2013年の取材では、友達とのカラオケは好きでも、学校の舞台に上がるのは苦手だったと話しています。
キャラクターソングを歌うときは、自分とマイクの間にキャラクターがいる感覚がある。
声も感情も、自分自身ではなくその役のものでなければならない。
本人はそんなふうに説明していました。
ソロの誘いも、初めは断っていました。
まだ役を十分に表現できていない自分が、音楽で自分自身を表現できるのか。
役者としても歌手としても中途半端になることを避けたかったといいます。
受け入れるまでには、役者として目指すものが見え、たくさん練習した曲をライブで歌う楽しさを知った過程がありました。
曲に向き合う時間が、人前で歌うことへの構えも変えていったのです。
2013年には「美しき残酷な世界」でソロデビューしました。
美しき残酷な世界 — 2013年のシングル音源
翌2014年、日笠は『リスアニ!』で、この前年の録音に声や歌い方の若さ、未熟さを感じると話しています。
ライブで歌うほど曲は変わり、当時の声がアルバムに残ることを面白く感じていました。
『Couleur』で、自分が歌いたい世界を作る
2014年のフルアルバム『Couleur』では、歌う前の曲作りへの関わり方も変わっています。
日笠によると、前年の『Glamorous Songs』は、共作する相手の楽曲へ自分がどう応じるかという作品でした。
対して今回は、自分のやりたいことや感じていることを出す番だったのです。
作詞家や作曲家となるべく直接会い、楽器の録音から音の仕上げにも立ち会いました。
自分の心が動く曲でなければ歌えない、という思いがあったためです。
用意された歌を受け取るだけでなく、心を込めて歌える内容を、作り手と一緒に探すようになっています。
「新世界システム」を手がけたCHI-MEYには、激しいロックの音と、きれいに取り繕わない言葉を求めました。
広い世界へのメッセージより、一人ずつの胸へ届く歌を歌いたいと説明しています。
自分の名前で何を歌うのか、その輪郭も具体的になってきたのでした。
新世界システム — MV短縮版(2014年)
「憂冥」のキーが上がった理由
同じアルバムについて、高音の変化も具体的に語っています。
『Couleur』の「憂冥」は、『けいおん!』の頃から一緒だった小森茂生が、当時の日笠のキーを想定して編曲した曲でした。
ところが、実際に歌うと低く感じられ、キーを上げてもらったといいます。
以前は録音で高くて苦しいと感じた曲を、イベントでは半音下げてもらうことがありました。
それでも本番になると、むしろ低すぎると思うほど歌える場合があった。
日笠は、録音時の苦しさの記憶が声を抑えていたのではないかと、自分なりに捉えています。
フェスやワンマンを重ねた頃には、録音でも高いから無理だと言うことが減り、歌えると答えることが増えていました。
高音そのものへの自己評価が、実際の経験によって変わってきたのです。

画像出典:画像掲載元
難しかった曲が、次の歌唱を支える
『シンフォギア』のマリア役でも、歌いやすさが変わった具体例があります。
2017年の公式対談で日笠が挙げたのは、『GX』の「銀腕・アガートラーム」でした。
速くて息継ぎがしにくく、音の上下も激しいため、当時は必死だったといいます。
銀腕・アガートラーム — 2015年発表曲。
『GX キャラクターソングアルバム』収録音源(2022年配信)。
ところが、その経験を経た『AXZ』の「Stand up! Ready!!」は、本人の予想よりすんなり歌えました。
共演者から難しそうと言われた曲に、物足りなささえ感じたと話しています。
Stand up! Ready!! — 2017年発表曲。
『AXZ キャラクターソングアルバム』収録音源(2022年配信)。
『AXZ』の三人曲「旋律ソロリティ」にも、心配しながら挑んでみた経験があります。
三つの声を重ねたハーモニーの中に叫ぶ箇所もあり、初めはどう歌うかと不安を感じていたといいます。
ところが、まず試してみようと歌ったところ、心配は消え、よいハーモニーになったという手応えが残りました。
難しそうに見える曲を、実際に声にして確かめていく現場でもあったのです。
旋律ソロリティ — 『AXZ』(2017年)の楽曲・2022年配信音源
もっと難しい曲を頼んだら、また壁が来た
2019年の『XV』を前に、日笠はもっと難しい曲を歌いたいと要望しました。
「白銀の炎 -keep the faith-」は楽しく歌え、余裕を出せる部分もあったといいます。
白銀の炎 -keep the faith- — 『XV』(2019年)の楽曲・2022年配信音源
ところが、カップリングの「此の今を生きるヒカリ」では、音の多さと高いキーに、息継ぎの場所を心配することになりました。
キーを下げるかと聞かれても、負けた気がするのは嫌で、歌えると強がったと振り返っています。
以前の曲に手応えを得たあとにも、さらに挑戦したくなる難しさが待っていました。
此の今を生きるヒカリ — 『XV』(2019年)の楽曲・2022年配信音源
水樹奈々とのデュエットが、不安から楽しみに
同じ2019年の取材では、共演への気持ちの変化も明かしています。
『G』で水樹奈々との歌唱を告げられたときは、録音にも収録にも重圧があり、ライブも怖くて不安だったといいます。
それが『GX』のライブでは、一緒に歌うことを楽しめるようになりました。
『XV』の「Angelic Remnant」へ進む頃には、デュエットが待ち遠しくなっていた。
日笠は自分の成長だけでなく、水樹との距離が近づいたことも大きかったと説明しています。
歌う相手との関係も、声を届ける気持ちを変えていました。
Angelic Remnant — 『XV』第2話の歌唱場面(2019年)
2022年、難曲も共演曲もドームの観客へ
2022年11月、ベルーナドームで「シンフォギアライブ2020→2022」が開催されました。
延期を経て実現したこの公演で、日笠は「白銀の炎」と「此の今を生きるヒカリ」を披露しています。
公式レポートは、前者の張りのある高音、後者の鋭い歌声を取り上げ、マリアの強さと弱さを表したと伝えました。

画像出典:「戦姫絶唱シンフォギアXV」公式サイト
水樹との「Angelic Remnant」も、同じステージで歌われました。
かつての録音の苦労や、共演への不安を知ったうえでたどると、曲を観客へ届けるまでの積み重ねも見えてきます。
日笠は終演時、一人で立つ場面にも仲間の支えを感じたと話しています。
シンフォギアライブ2020→2022 — 2022年公演のダイジェスト
日笠の歌唱の変化には、録音だけで完結せず、ステージや作品の現場で歌い続けてきた蓄積があります。
「憂冥」で以前より高いキーを選び、難曲を越えた後には次の課題を求める。
その歩みは、歌う前に抱いていた自分の限界を、現場で確かめ直してきた過程でもあります。
曲ごとに息や声をどう表現に使うかは、日笠陽子の歌い方で取り上げています。







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