2020年の『in bloom』に収録された「キッチン」と「カナリア」。
斉藤壮馬は、同じ日に録ったこの2曲で、声の出し方と録り方を変えていました。
曲に合う声をどう選んだのか。
2024年の『Fictions』に入れた隠しトラックの話とともに、その違いをたどります。
『in bloom』(2020年)の全曲試聴映像。
作る時の理想と、歌う時の都合は別に考える
斉藤は自作曲でも、自分の歌いやすさからすべてを決めているわけではありません。
2024年の「音楽ナタリー」の取材では、コード進行に合うキーなど、曲として望ましい形を優先すると説明しています。
そのため、歌う段階で苦労するメロディになることもあるそうです。
こうした曲に向き合う時には、録音の場で新たな歌い方が見えてくることもあります。
『Fictions』の「ベントラー」では、間奏の激しい展開から最後のサビへ橋を架けようとした際、ここにはシャウトが必要だと感じました。
本人は、その叫びだけでも思いを伝えられるのではないかと考えるほどの声が録れたと語っています。
声優として作品や人物ごとに演じ方を変えることも、歌の表情の幅につながっているというのが本人の捉え方です。
先に決めた一つの歌唱法へ曲を合わせるのではなく、できあがった曲に対して、歌い手として答えを探していきます。
柔らかな声を生かす曲も、強く叫ぶ場面も、その姿勢から生まれていました。
「キッチン」は、小さい声のニュアンスを生かす
『in bloom』発表時の「SPICE」の取材で、斉藤は、「キッチン」ではあまり声を出さずに歌ったと説明しています。
そうすることで、声の細かなニュアンスをマイクに乗せられると考えていました。
ここでは、小さい声で細かな表情を残すことを選んでいます。
歌声をどのくらい出すかも、曲の印象を作る一つの選択だったのです。
「カナリア」は、少ない回数で生々しさを残す
同じ日の「カナリア」では、生で弾き語りをしているような歌い方を目指しました。
思考がぼんやりしているような曲の雰囲気を、歌でも出したかったからです。
本人が歌ったのは、2回くらいだったといいます。
歌のうまさを詰めることより、この曲には生々しさが欲しくて、そちらを優先したと振り返っています。
同じ日に録音しても、「キッチン」は小さな声のニュアンス、「カナリア」は生々しい表情へ。
曲ごとに何を残したいかを決め、歌い方と録り方を選んでいたことが分かります。
役柄を歌う時には、声の高さと張りを組み立てる
キャラクターを演じて歌う仕事には、声の選び方がさらに分かりやすく表れています。
『Dance with Devils』公式サイトの収録インタビューでは、鉤貫レム役の「DESTINARE!」について、自分の素の歌声とは違う低めの声を選んだと話しています。
普段の自分は高めで細い声質ですが、この曲では速さや力強さ、人物の思いを表したかったためです。
台詞の入る曲なので、芝居をするようにニュアンスも試しました。
また、王子のような人物として、張りと艶のある声を目指したといいます。
低い音を出せれば役になるということではなく、その人らしい態度まで声に含める仕事だったのです。
現場の指示にも、偉そうな感じで歌ってほしいというものがあり、本人は初めての経験として面白く受け止めていました。
歌う技術に加え、人物の立場を声へ置き換えるやり取りがあったのです。
斉藤自身も、キャラクターの歌を、素の自分で歌うことと芝居との中間にある表現だと説明しています。
一方、『東京カラーソニック!!』の「Begin on buddy」では、速いテンポと言葉をリズムに合わせる難しさに向き合っています。
宝田伊織役で参加した斉藤は、2021年の「アニメイトタイムズ」の取材で、普段は英語のリズムを得意とするものの、この曲はよく聴いて練習したと説明しました。
特にサビで主旋律に対して重なる英語の歌が、印象に残っていると話しています。
録音中は、ほかの3人がどう歌うかも想像して、4人の声が合わさる形を思い描いていました。
自分のパートをどう聞かせるかに加え、その声が全体の中でどう働くかを考える。
ソロ曲で小さなニュアンスを選ぶ時とは違う課題ですが、完成した場面から歌い方を考える点ではつながっています。

画像出典:画像掲載元
「手紙」は、本を閉じた後をイメージして歌う
『Fictions』のCD版(2024年)には、隠しトラック「手紙」が入っています。
「リスアニ!」の取材で斉藤は、ほぼ一発録りだったと話しています。
綺麗に歌うことを目指すより、本を閉じた後のようなイメージで歌ったと説明しました。
CDを聴き終えたと思ったところで、まだ続く。
斉藤は、そうした隠しトラックの楽しさを届けたかったとも話しています。
アルバムの最後にどんな感覚を残すかが、歌う時のイメージにもつながっていました。
整った歌からはみ出す声も、作品へ残す
『Fictions』の「Riot!」では、「手紙」とは違う種類の生々しさを目指しました。
同じ「リスアニ!」の取材で斉藤は、綺麗に演奏することより勢いを大切にしたい曲だったと話しています。
楽器を録る時にバンドの仲間も合いの手を入れ、ライブでも客席と一緒に声を出したいと考えていました。
静かな余韻を残す曲と、みんなで声を上げる曲。
どちらも、音を揃えるだけでは出せない、その場の感覚を作品に残そうとする選択です。
アルバムの中でも、聴き手とどんな時間を作りたいかによって、歌の距離が変わっています。
2025年のEP『Nuance』では、そうした自由さを歌唱全体へ広げています。
文化放送の番組で斉藤は、きれいに整えるより、あえてラフさや揺れを残し、少しがなる歌い方も試したと説明しました。
曖昧さや余白を持つ作品にしたいという考えが、歌声にもつながっています。
最後の曲「rain shoes」では、歌っている途中で泣きそうになり、一度録音を止めてもらったとも語っています。
完成品のどこにその時のテイクが使われたかは別として、曲を書いた本人にとっても、実際に声にする時間には予想しきれない感情が動いていました。
小声で細部を残す「キッチン」から、粗さまで含めて楽しむ『Nuance』まで、曲にふさわしい表情を見つけることが歌唱の中心にあります。
声の量も歌う回数も、その曲に残したい表情に合わせて選ぶ。
本人の制作時の言葉からは、そんな歌い方が見えてきます。
裏声を封じた時期から、自分の自然な声を選び直すまでの歩みは、斉藤壮馬の歌唱変遷でたどっています。







コメント