華原朋美の歌い方|高音の見せ場を支える、一言ずつのやさしさ

笑顔の華原朋美 シンガー
華原朋美。2025年のインタビュー掲載写真。撮影:小島愛子/双葉社 THE CHANGE

「I’m proud」の高音を聴くと、華原朋美の歌は、どこまで高い声が出るかが勝負のように思えます。
ところが彼女は録音で、曲の最初の一語にも、数え切れないほどのテイクを重ねたそうです。

高い声が華原の大きな魅力なのは間違いありません。
ただ、本人の話をたどると、その声でどの言葉を、どんな気持ちで伝えるかに、同じくらい細かく向き合ってきたことが分かります。
高音に耳を奪われる歌手だからこそ、声を張る前の一言にも注目したくなります。

高いサビの前に、最初の一語で立ち止まる

1996年の「I’m proud」は、華原の代表曲です。
高い音へ向かっていく旋律と、そこで細く消えずに響く声が、強い印象を残します。

華原は2025年のインタビューで、この曲の冒頭にある「Lonely」だけで、何度歌ったか分からないほど録り直したと振り返っています。
プロデューサーが納得するまで、最初の言葉を繰り返したのです。

この曲は、初めから自信満々の人が胸を張って歌う歌ではありません。
寂しさや心細さから始まり、それでも自分を支えようとする歌です。
最初の一語でその気持ちが伝わらなければ、後半でどれほど高い音が出ても、歌詞の中の人が何を乗り越えようとしているのかは見えてきません。

さらに面白いのは、発売当時の華原が、この曲はやさしく歌わなければいけないと感じていたことです。
1996年の小室哲哉との対談では、悲しい内容の歌詞でも、笑顔ややさしさを持って伝えることに気づいたと話しています。

寂しい言葉だから、ずっと悲痛な顔で歌う。
高い音だから、ずっと強く歌う。
そんな一対一の決め方では、この曲を捉えていなかったのでしょう。
寂しい気持ちをそのままぶつけるのではなく、聴く人に語りかけるようにも歌える。
高音の迫力とは別に、そうした伝え方を考えていたことが分かります。

音を伸ばすだけでなく、どこで切るかまで考える

2013年の「夢やぶれて -I DREAMED A DREAM-」は、華原の声を違う角度から知ることのできる曲です。
ミュージカル『レ・ミゼラブル』の歌を、日本語で、フルオーケストラとともに歌っています。

華やかな伴奏に大きな声を重ねれば完成、という録音ではありませんでした。
収録現場を取材した記事には、歌っては録音を聴き直し、発音、音の伸ばし方と切り方、強弱まで話し合う様子が残っています。
音楽監督の武部聡志と、言葉をどうすれば聴き手に伝えられるか、細部を確かめていたのです。

音を長く伸ばすと、その言葉にとどまる時間が生まれます。
切れば、次の言葉へ進んだり、何も歌わない間ができたりします。
どちらも音程の高さとは別の話ですが、歌詞を話として受け取れるかどうかに関わります。

この曲で歌われるのは、思い描いていた人生と現実が離れてしまった人の嘆きです。
夢を思い出すところと、その夢が失われたことを歌うところ。
その気持ちの違いが声から伝われば、聴く側も、歌詞の中で何が起きているのかを追いやすくなります。
録音で確かめていた細かな発音や強弱には、そうした歌の内容を声にする意味があります。

マイクの前で録音する華原朋美
「夢やぶれて」のレコーディングに臨む華原朋美。2013年。出典:Numéro TOKYO

高いキーだけで、気持ちよく聴けるわけではない

2015年の「はじまりのうたが聴こえる」では、小室哲哉が作曲し、華原が歌詞を書きました。
小室の新曲を久しぶりに受け取った華原は、自分の声の癖をよく分かっていると感じたそうです。

新曲について話す中で、彼女は、高いキーだけでは聴く人が気持ちよく聴けないことにも触れています。
高く歌える人が、高い曲を与えられればよい、とは考えていないのです。
旋律のどこで声を張り、どこで気持ちを落ち着かせるか。
曲全体として自分の声が生きることを、喜んでいました。

この曲には、つらかった過去を振り返りながら、そこから歩き出そうとする気持ちが書かれています。
本人も、内容が重いので、ステージでは笑顔で歌えないだろうと思っていました。
ところが実際に歌ってみると、自然に笑顔になったそうです。

悲しい経験を書いた歌を、明るい表情で歌っても、意味が食い違うとは限りません。
この歌が伝えたいのは、過去の苦しさだけでなく、そこから進もうとする気持ちだからです。
「I’m proud」の録音で考えた、悲しい言葉をやさしく伝えるという話にも、通じるものがあります。

ソファに座る華原朋美
華原朋美。2014年のインタビュー掲載写真。撮影:上山陽介/音楽ナタリー

気持ちを込めることと、体に力を入れることは別

華原が誰かの歌を聴いて助言するときにも、大きな声を出すことだけを求めているわけではありません。
2025年、CBCの企画でアナウンサーに「I’m proud」を教えた際には、歌詞の意味を考えるよう促す一方で、体に力が入りすぎる癖にも目を向けていました。

まず華原自身は体を動かして準備し、その後に歌う姿を見せます。
しかし、相手が気持ちを込めようとするたびに手まで動かして力んでいると、今度は手の動きを抑え、やさしい表情で歌うよう助言しました。

体を動かすように言った直後に、動かさないように言う。
言葉だけを抜き出すと逆に見えますが、準備のための動きと、歌っている最中の余計な力みは別なのです。
華原は同じやり方を押しつけず、その人の歌う様子を見て、必要なことを変えていました。

高音を出す歌手から、もっと力を入れるよう言われると思っていたら、力を抜くように促される。
ここにも、華原自身が高い声だけで歌を考えていないことが表れています。

高音へ行くまでにも、聴きたい言葉がある

華原朋美の歌は、高音が来る瞬間を楽しみに聴いても十分に魅力があります。
でも「I’m proud」の最初の一語や、「夢やぶれて」で一つの言葉を伸ばし、次へ進むまでの間にも、歌手が考えたことがあります。

大きな声で歌うことと、気持ちを強く伝えることは、いつも同じではありません。
悲しい歌詞をやさしく伝えたり、つらい経験を書いた歌を笑顔で歌ったりするからこそ、高音も単なる難しい音ではなく、その曲の気持ちが高まる場面として響きます。

同じ曲を歌い直すときに、何を変え、何を残したのか。
1990年代の録音と2013年のセルフカバーを軸にした華原朋美の歌声の変遷では、代表曲との向き合い方をたどっています。

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