矢野顕子の歌い方|歌詞を「自分の言葉」にしてから、ピアノで話しかける

2019年に歌う矢野顕子 シンガー

矢野顕子の弾き語りを「独特な声」の一言で片づけると、肝心の手順が見えなくなる。
カバーを歌う前に、まずその言葉が自分の口から出せるかを考える。
そしてステージでは、歌とピアノを一人で動かしながら、客席の反応を受け取る。
2017年の『Soft Landing』や本人の取材を手掛かりに、声の高さよりも言葉を引き受ける方法に注目したい。

歌える曲は、歌詞で決まる

『Soft Landing』にはフジファブリックの「Bye Bye」やYUKIの「汽車に乗って」など、異なる人が書いた歌が入っている。
矢野はカバー曲の選び方を尋ねられたとき、まず歌詞を確かめ、自分の考えと違う言葉や自分の口から出ない言葉があれば採用しないと答えた。
旋律が好きでも、歌詞を引き受けられなければ歌わないのである。

たとえば同作の「OVER」は、O.P.KINGのYO-KINGが書いた曲だ。
矢野は彼のファンでありながら、自分にも歌える曲は多くないと説明し、この曲の詞を選んでいる。
好きな歌手をまねたいという気持ちと、自分の言葉として歌えることは別なのだ。
原曲の声色へ近づく前に、歌の中のどの思いを自分が受け持てるかを確かめる。
この入口があるから、伴奏や言い回しを変えても、歌詞とのつながりが切れない。

2016年の矢野顕子
2016年の本人取材写真。
写真出典:Blue Note Tokyoの本人取材

これは「どんな曲でも矢野風に変える」という評判の、もう少し深いところにある選択だ。
『Soft Landing』で「汽車に乗って」の書き手YUKIは、矢野が日本語も英語も一語ずつ大切にしているとコメントした。
フジファブリックの金澤ダイスケも、自分たちの「Bye Bye」を矢野が歌ったとき、見えていた景色が動き出したように感じたと語る。
借りた詞を矢野自身の言葉として届ける歌い方が、原曲を知る人にも伝わったことは分かる。

書いた言葉さえ、歌う場で動く

糸井重里との仕事では、作詞者と作曲者の境界も固定していない。
二人は「春咲小紅」などを振り返り、歌詞の字数が合わなければ足したり引いたりし、出来上がるとどこを誰が書いたか分からなくなる、と話した。
矢野は歌詞を完成品の箱に閉じ込めるより、声に乗る形へ言葉を近づけている。

作るときの柔軟さは、歌うときの無頓着さとは違う。
糸井は、舞台で歌詞が変わると、本来は明るく弾む場所が悲しげになることもあると語った。
それを失敗談で終わらせず、その場にしかない表現として受け止める二人の会話が面白い。
歌詞の一語が変われば、同じ旋律でも言葉が向かう先が変わる。
矢野の歌を「自由」と呼ぶなら、その自由は言葉の意味を軽く扱うことではない。

ただし、どの作詞者とも同じ手順でよいわけではない。
友部正人の詩に曲をつけた際には、収まりきらない語尾や一行について相談すると、残してほしいという返事があったと矢野は振り返った。
糸井との仕事は、最初から二人で言葉を動かせる関係だったのである。
歌いやすい形に整えることと、書き手が大事にしている一行を受け取ること。
その両方を考えるところにも、矢野の言葉への向き合い方が見える。

2019年に糸井重里と共演した矢野顕子
2019年の糸井重里との催し。
写真出典:BARKSの2019年催事報告

ピアノは伴奏ではなく、もう一人の話し相手

矢野は2017年のソロツアー告知で、自分は実際には「弾きながら歌う」のだから「弾き歌い」と呼ぶべきかもしれない、と書いた。
公演では歌なのか語りなのか分からないときもある、とも言う。
ピアノが決まったリズムを刻み、その上へ声を載せるだけでは、そんな境目は生まれにくい。
言葉を少し待ちたいとき、鍵盤の次の音も自分で選べる一人の演奏だからこそ、歌と会話の距離を行き来できる。

2017年の同ツアーを取材したライターは、「Soft Landing」をまず立ったままアカペラで歌い、途中からピアノへ向かった場面を記録した。
「SUPER FOLK SONG」では歌の途中に詞の説明を織り込んだという。
一曲の中で声の相手が沈黙から鍵盤へ、さらに客席へと変わっていく。
矢野自身は別の取材で、ライブを自分、共演者、観客がその日の能力で一緒に楽しむ場だと話している。
録音の最良の一回を再現することだけが目的ではない。
客席へ投げた言葉が返ってくる余地を、ピアノと声の間に残している。

ピアノが変われば、相手への働きかけも変わる。
『Soft Landing』で使ったベヒシュタインについて、矢野は2019年のブルーノート東京の取材で、欲しい音を得るには相応に弾く必要がある楽器だったと話した。
慣れたスタインウェイと同じ感覚では鳴ってくれなかったという。
鍵盤の響きを聴き、それに応じて演奏を作るという意味で、「話し相手」は単なる飾りの比喩ではない。

声とピアノの役目は、一曲の中でも入れ替わる

その関係を具体的に説明しているのが、共演者の上原ひろみだ。
2024年の対談で上原は、矢野のピアノが歌を支えるバンドのようになることも、即興では声がピアノの延長のようになることもあると語った。
常に歌が主役で鍵盤が後ろ、という配置ではない。
声が言葉を届ける瞬間と、楽器と一緒に音楽を動かす瞬間があるということだ。

二人の共演盤に入った「ポラリス」は、その言葉と旋律が出会う例になる。
上原の曲に矢野が英語詞をつけ、北極星を人の旅の指標として描いた。
上原は、題名の言葉が旋律の盛り上がるところに現れることを喜んでいる。
語句をただ音符へ割り当てるのでなく、言葉が現れたときの意味と音楽の山場を結びつけているのである。

一方、「ペンデュラム」では、上原のピアノを背に、矢野は鍵盤から離れて歌う。
本人はこの形になると、歌への責任をより重く感じると話した。
自分で伴奏の間を決められる弾き語りと、相手の演奏を受けながら言葉を運ぶ独唱。
自由さを保ちながらも、歌い手が引き受ける仕事は同じではない。

声を出しやすくするための工夫も、本人の話には出てくる。
座面が動く椅子に替えてから、客席へ体を向けても重心が安定し、無理なく声が出ると感じたという。
これは矢野自身の使用感だが、ピアノを弾く姿勢と歌う姿勢を同時に考えている点が興味深い。
声の出し方だけを切り離すのでなく、鍵盤へ向かう体と客席へ向かう体を、一つの演奏として整えている。

声を一人で完結させない

一人で弾き語るだけが矢野の歌い方ではない。
上妻宏光との「やのとあがつま」では、相手を伴奏者として置くのでなく、二人にしか出せないアンサンブルを作りたいと本人が語った。
上妻の持つ三味線の音と人の声に、それぞれできることが違うと考え、歌うことを勧め続けているという。
矢野の声がほかの音へ反応し、相手の歌も呼び出そうとする姿勢が見える。

2026年の矢野顕子と上妻宏光
2026年の矢野顕子と上妻宏光。
写真出典:SPICEの本人取材

だから矢野の歌い方の鍵は、特定の語尾を真似ることではない。
自分が責任を持てる言葉を選び、その言葉をピアノや共演者、客席とのやり取りの中でその都度歌にすることだ。
歌詞の意味、鍵盤の間、目の前の人が変われば、同じ曲も一回ごとに少し違う。
いつから弾き語りが歌の中心となり、その表現がどう変わったかは、矢野顕子の歌唱変遷で追っている。

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