和田アキ子の歌声はどう変わった?代表曲の歌い直しから「YONA YONA DANCE」「愛ヶ十」へ

マイクを持つ2025年の和田アキ子 シンガー
2025年のコラボレーション映像収録に臨む和田アキ子。撮影:林直幸/Real Sound

何千回も歌ってきた代表曲でも、練習し直すと、音程の細かなずれが見つかる。
和田アキ子は2014年、ボイストレーニングを重ねる中で、そんな発見があったと話しています。
「あの鐘を鳴らすのはあなた」も「古い日記」も、すでに長く歌ってきた曲でした。

聴く側には、聞けばすぐに分かる和田アキ子の声がある。
でも本人は、その声を昔と同じように出し続けてきたわけではありません。
歌い慣れた曲を細かく直し、新しい曲では、これまでとは違う歌い方を探す。
その歩みを追うと、「声が強い歌手」という印象の中に、変わり続ける部分が見えてきます。

代表曲が増えても、完成ではなかった

和田アキ子は1968年、「星空の孤独」でデビューしました。
「どしゃぶりの雨の中で」「笑って許して」、そして1972年の「あの鐘を鳴らすのはあなた」と、後まで歌い継がれる曲を重ねます。
1974年には「古い日記」も加わりました。

歌い方には、短い掛け声でリズムを強める面と、長く伸ばす声で言葉を届ける面があります。
その違いがよく分かる「古い日記」と「あの鐘」は、和田アキ子の歌い方で詳しく扱っています。
この二曲を何度も歌えば、自分の歌い方は固まっていきそうです。

ところが、本人は2014年の時点で、その前の約5年間にボイストレーニングを増やしてきたと話していました。
練習の中で気づいたのは、何千回と歌ってきた曲にも、わずかな音程のずれがあったことです。
見つけた部分を、一つずつ直していたそうです。

本人がここで話していたのは、細かな音程の見直しです。
自分では歌えていると思う曲を、改めて確かめる。
代表曲を持つ歌手にとっても、長く歌った年月が、そのまま完成の証明になるわけではなかったのです。

2014年、近くにいる聴き手へ歌う

2008年にはニューヨークのアポロ・シアターで公演を行い、2014年にはブルーノート東京に初めて出演しました。
大きなホールとは違い、客席とステージの距離が近い会場です。
事前に会場を訪ねていても、実際に観客を前にしたときの感覚は違った、と和田は振り返っています。

バンドとステージに立つ和田アキ子
2014年7月のブルーノート東京公演。撮影:Takuo Sato/Blue Note Tokyo

そこで和田が考えていたのは、ジャズの会場だから英語の曲だけを歌う、というプログラムではありませんでした。
洋楽も、自分の代表曲もある和田アキ子のショーにすること。
慣れ親しんだ歌を持ちながら、普段とは違う距離で聴かせる経験だったのです。

翌2015年の公演では、サム・スミスの「Stay With Me」なども歌っています。
新しい曲や、以前から歌ってみたかった曲が、昔のヒット曲と同じステージに並ぶ。
代表曲を磨き直すことと、まだ歌ったことのない曲に取り組むことが、同時に続いていました。

2021年、「YONA YONA DANCE」では張り上げなくても強い

2021年の「YONA YONA DANCE」は、フレデリックが手がけたダンス曲です。
制作側は、和田のイメージに合わせて昔ながらのR&Bを作るだけでなく、フレデリックが得意とする、繰り返し聴きたくなる音楽を目指しました。
短い言葉が繰り返され、歌と演奏のリズムが耳に残る曲になっています。

フレデリックの三原健司は、和田の声には、強く張り上げなくても厚みと力があると話しています。
自分が同じ曲を歌うときとの違いとして挙げていた点です。
「和田アキ子らしい声」を生かすために、ずっと声を張る必要はなかったのです。

2021年のYouTube FanFestでは、和田とフレデリックが一緒に「YONA YONA DANCE」を演奏しています。
サビで長い声を聴かせる「あの鐘」と比べるなら、まず、言葉を繰り返すリズムの違いが気になります。
声の厚みを残しながら、短いフレーズを軽快な曲に乗せる。
若い世代との共演によって、いつもの声の別の使い道が生まれました。

和田は2023年、「YONA YONA DANCE」を通じて、年齢で壁を作る必要はないと感じたことを話しています。
若い音楽家の曲を歌うのは、自分の経歴をいったん捨てることではない。
長年聴かれてきた声だからこそ、新しいリズムの中でも、誰が歌っているのかがはっきりするのです。

ピンクの背景の前に立つ和田アキ子
和田アキ子。2023年のインタビュー掲載写真。撮影:林直幸/Real Sound

2025年、一度断った「愛ヶ十」を歌う

Tani Yuukiが手がけた「愛ヶ十」は、「ありがとう」と読む曲です。
和田が出会ってきた人への感謝を歌っています。
2025年の作品ですが、最初に和田へ届いたのは2022年でした。

そのとき和田は、一度断っています。
Taniの高い声で聴いた曲を、自分の低いキーにすると、同じような感情が伝わらないと感じたからです。
ただ声が出るかどうかではなく、自分がこの曲を歌って納得できるかが問題でした。

それから改めて歌詞を読み、今度は歌いたいと思うようになりました。
裏声も使えるけれど、この曲は自分の厚みのある声で歌いたい。
そう話していることからも、最初の迷いが、曲そのものを嫌いだったという話ではないと分かります。

Taniとの共演映像では、最初の節をTaniが歌い、その後を和田が歌います。
一曲の中で二人の声が変わるため、同じ曲でも、誰が言葉を歌うかによって印象が変わることを追いやすい演奏です。
Taniの声で聴いたときの印象を、和田がそのまま再現する必要はありません。
和田が歌えば、自分を支えてきた人たちへの感謝として、その言葉が伝わってきます。

低い声が持ち味の歌手でも、低い歌い出しが簡単とは限りません。
和田はこの曲の収録でも、歌い出しの難しさを口にしています。
曲を受け取った瞬間から、自分の持ち歌として自在に歌えていたわけではなかったのです。

変わらない声の印象と、変え続けている歌い方

和田アキ子の歩みを、若い頃は力強く、年齢を重ねて穏やかになった、とだけ整理すると、見えなくなるものがあります。
歌い慣れた代表曲で音程を直したこと。
「YONA YONA DANCE」で、張り上げずに声の厚みを生かしたこと。
「愛ヶ十」で、どの声を使えば歌詞を自分の言葉として歌えるか、考え直したことです。

和田アキ子らしい声があることと、どの曲も同じ歌い方で済むことは違います。
代表曲でも、新曲でも、その声をどう使うかは考え直せる。
何千回も歌った曲を練習し直す人だからこそ、長いキャリアの後にも、歌ってみたい新しい曲が残っているのかもしれません。

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