宮舘涼太の歌い方|裏声の使い分けと「間」が、一声を待ち遠しくする

2026年7月、ディズニー・オン・アイスの取材に応じる宮舘涼太 シンガー
2026年7月、ディズニー・オン・アイスの取材に応じる宮舘涼太

宮舘涼太の歌には、次の一声を待ちたくなる瞬間があります。
歌い出す前に間を取るときもあれば、静かな曲の中で声の表情を変え、次のサビへの期待を作るときもある。
その歌い方を知る鍵は、声をずっと同じ強さで聴かせようとしないところにあります。

裏声をどこで使い、どの声と重なり、いつ言葉を届けるか。
「ナイトスケープ」を中心に、バラードやソロの舞台での具体的な選択を見ると、華やかなイメージだけでは捉えきれない歌の組み立て方が分かります。

高い音の歌い方を、曲の進み方で選ぶ

「ナイトスケープ」のサビには、高い音が繰り返し現れます。
阿部亮平は宮舘の歌について、裏声で歌うと思っていた箇所を使い分けていたことに気づきました。
宮舘は、最初のサビはしっとり始め、徐々に盛り上げるために声を変えたと説明しています。

宮舘が考えたのは、高さと曲の展開を結びつけることです。
繰り返す高音に同じ質感を与えるのでなく、前後の差で気持ちの高まりを作っています。

ここで耳を向けたいのは、高い音が出るかどうかだけでなく、最初と後半でその音がどんな役割を持つかです。
一度目から全てを出し切る曲と、先へ進むにつれて表情が開く曲では、聴き手に届く時間の流れも変わります。
宮舘の説明は、声の選択を曲全体の設計として考える手掛かりになります。

主旋律を歌う声は、周囲の声と一緒に考える

「ナイトスケープ」で宮舘が重視したのは、くつろげる心地よさでした。
三人の歌を一緒に捉えるなら、阿部が注目点に挙げた、オクターブ下の落ちサビも手掛かりになります。
高さの異なる声があることで、落ち着いた曲の中にも奥行きを作れるのです。

主旋律は、聴き手が曲の中心としてたどるメロディーです。
そこを受け持つ人が強く前へ出続ける必要はなく、周囲の声との組み合わせによって存在感の出し方も変わります。
宮舘の歌を追うときも、一人の部分を切り離すだけでなく、次の声へどうつながるかを聴くと、ユニットの中での働きが分かりやすくなります。

阿部、佐久間大介と歌った「Color me live…」も、声と曲の雰囲気の関係が分かる例です。
深海を思わせるサウンドに、三人の切ない歌い方が合わさっています。
宮舘の華やかさをそのまま強調するより、曲が持つ陰影の中に置くことで、大人びた表情が生まれます。

「Secret Touch」は、歌い出しの表情に耳を向ける

「Secret Touch」のレコーディング映像では、担当部分の最初の母音に、宮舘らしい色気や哀愁が表れています。
母音は「あ・い・う・え・お」の音です。
フレーズの終わりを飾る前に、その入り方で感情を伝えているところが聴きどころになります。

宮舘の声は、少しかすれた質感と、高音の美しさ、中低音の力強さを併せ持つ声として捉えられてきました。
この幅を知っておくと、落ち着いた話し声の印象から歌全体を想像するより、曲ごとの違いを見つけやすくなります。
柔らかいバラードの入りと、勢いを求められるパートでは、同じ人の声でも前に出る持ち味が違います。

「色気のある声」という一言だけでは、どこを聴けばよいかが曖昧になります。
「Secret Touch」なら担当部分の入り、「ナイトスケープ」なら繰り返される高音の違いへ、注目する場所を絞れる。
声の印象を具体的な歌唱の場面へ戻すと、宮舘らしさが輪郭を持ちます。

歌い出しをためることで、一声の意味が変わる

2026年5月の取材記事に掲載された宮舘涼太(撮影:Piczo〈W〉)
2026年5月の取材記事に掲載された宮舘涼太(撮影:Piczo〈W〉)。
画像出典:画像掲載元

「P.M.G.」のステージでは、途中で音楽が止まり、宮舘が声を発するまで観客が待つ場面があります。
ここで働くのは声量よりも、声を出す時機です。
すぐに次へ進めないからこそ、一声が曲を動かす合図として強く感じられる。
宮舘の歌唱を支える、時間の使い方の一例です。

「I・だって止まらない」の国立競技場公演でも、宮舘は普段以上に歌い出しをため、MCでリハーサルとの違いが話題になりました。
録音の歌い出しと、客席を前にした歌い出し。
同じ曲にも、場面に応じた見せ方を持ち込めることが分かります。

同曲が歌謡曲らしい世界を選び、親しみやすい振付を組み合わせていることも、歌を聴くうえでの背景になります。
宮舘が見せたい人物像と、曲の雰囲気が近い。
そのため、歌声の表情、視線、動きをひと続きのものとして楽しめる一曲になっています。

余裕に見える歌にも、場面ごとの負荷がある

「I・だって止まらない」を『ラヴィット!』で披露した際には、歌い終えた後、大げさに息を切らす姿まで演出に組み込んでいました。
マイクスタンドで歌い、最後は視線と身振りで余韻を伸ばす。
目に見える呼吸の様子さえ、観客へ向けた表現になる場面です。

ただし、舞台での余裕を、そのまま身体の楽さと考えることはできません。
宮舘は「Grandeur」について、激しく踊りながら、ライブの後半に歌う大変さを笑い交じりに話しています。
観客には勢いのある一曲でも、歌う側には、公演のどこに置かれるかまで含めた条件があるのです。

録音で声を聴くときと、公演の終盤で歌う姿を見るときでは、比べている場面が違います。
声の一瞬だけを取り出して好不調を決める前に、曲の運動量や前後の流れを確かめたいところです。
宮舘自身が負担を語っているからこそ、あの余裕も、何も感じずに歌っている姿とは違って見えてきます。

「アンダー・ザ・シー」では、宮舘自身が言葉の遊び方にも注目してほしいと話しました。
旋律を歌う部分に加え、ミュージカルらしい言葉の扱いもある曲です。
名曲の親しみやすさを保ちながら、自分がどう表現するか。
そこにも、音の高さだけでは説明できない歌の課題があります。

宮舘の歌い方を面白くしているのは、声の質感と、それを届ける時間が結びついていることです。
裏声を使い分けて曲を進める、短い入りに感情を込める、時には一声までの間を広げる。
こうした選択があるから、静かな曲でも、華やかな舞台でも、次の声が待ち遠しくなります。

その表現の場がユニットからソロ、ディズニー楽曲へ広がった歩みは、宮舘涼太の歌唱変遷にまとめています。
一人の歌手が持つ声の幅を、曲の中でどう使うのか。
宮舘の歌は、その選び方に耳を向けるほど、表情が豊かに見えてきます。

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