片平里菜の歌い方は? 語尾の息から「強い声」と静かな声の使い分けまで

片平里菜のポートレート シンガー

片平里菜の歌を「アコースティックギターと力強い高音」でまとめると、曲ごとの工夫が抜け落ちる。
本人は初期から、声を張らずに言葉の終わりや息で浮遊感を作る歌も選んでいた。
ロック曲では前へ出る声を使い、別の曲では囁くように言葉を置く。
大事なのは一つの声色をいつも守ることではなく、曲の人物と伴奏に応じて声の距離を変えることだ。

「teenage lovers」で、語尾を弱める意味

2014年のアルバム『amazing sky』で、片平が歌い方を自分で説明した曲が「teenage lovers」だ。
本人はこの曲を、あまり声を張らず、浮遊感を出す歌にしたかったという。
日本語の歌が平板に感じられないよう、言葉の終わりや息づかいにも気を配った。
高い音を長く伸ばすことだけが表現ではない。
語尾をどう離すかで、言葉の後に残る空気まで曲の一部にする。

ここでいう「息」は、すべての曲をかすれ声で歌うという意味ではない。
本人がこの一曲で狙った、力を抜いた声と抑揚の選択だ。
語尾に気を配るのは、言葉を曖昧にするためではなく、同じ日本語の一行にも動きを作るため。
同じアルバムに声を張る曲とこの曲が入っていることにも、彼女の表現の幅が出ている。

片平里菜の横顔
取材時の片平里菜。
出典:SPICE

「Oh JANE」の強さは、声だけで作らない

「Oh JANE」は2014年の3枚目のシングル。
2019年のライブ評は、バンドメンバーとやりとりしながら勇ましい歌声を聴かせたと伝える。
歌の強さを、声量だけで説明することはできない。
リズムを共有する相手がいれば、言葉を前へ投げかける選択にも別の勢いが生まれる。

録音でも、歌と演奏を別々のものにしない工夫をしている。
SCANDALと制作した「Party」では、歌だけが出来上がった伴奏に乗っているような仕上がりを避けたかったという。
そのため、音をまとめる段階で歌と楽器を離しすぎず、残響も控えめにするよう頼んだと、JUNGLE☆LIFEの取材で説明している。
バンドの一員として歌っている感覚を、音源にも残そうとしたのだ。

この話から見えるのは、前へ出る声を作ることと、歌だけを前面に置くことの違いである。
「Oh JANE」のステージでは演奏者とのやりとりがあり、「Party」の録音では声と楽器の距離を詰めている。
歌の勢いを、歌い手一人で作り切ろうとせず、演奏全体から生まれるものとして扱っていると考えられる。

「異例のひと」は、引く声が主役になる

ロック曲と対照的なのが、2017年のアルバム『愛のせい』に収めた「異例のひと」だ。
2019年の東京公演を伝えたライブ評は、この曲で片平が囁くように歌ったと記す。
弱い声に変えたから歌が弱くなるわけではない。
大きく言い切らず、相手との距離を近く感じさせることで、人物の内側へ耳を向けさせる選択だ。

「Oh JANE」の勇ましい歌と並べると、片平を一つの「地声の強さ」だけで捉えられないことが分かる。
曲が求める声の方向を決めてから、語尾や音量、バンドとの関係を選ぶ。
声を張る場面と静かに語る場面があるから、聴き手も曲ごとの人物や気持ちの違いに向き合える。

同じ公演の「なまえ」には、さらに別の選択があった。
片平が一人で弾き語る場面で、冒頭を肉声で歌ったとライブ評は伝えている。
伴奏や音響の厚みに歌を預ける場面から、声そのものを客席へ差し出す場面へ移ったわけだ。
曲ごとの歌い分けは、強く歌うか弱く歌うかだけでなく、声を何に支えてもらうかにも表れる。

「最高の仕打ち」は、目の前のギターを聴いて歌う

2016年の「最高の仕打ち」は、安野勇太のギターと片平の歌を中心に録音した曲だ。
本人によると、当初は別々のブースに入り、ヘッドホン越しに互いの音を聴いていた。
そこから、二人が同じ空間で生の音を聴き合い、一緒に録る方法へ変えた。
歌とギターという編成は同じでも、演奏相手を感じる環境を変えたのである。

片平が振り返ったのは、互いの音で気持ちが高まり、緊張から解かれる瞬間を二人で共有した感覚だった。
歌の一音一音を整えることに加え、その場で伴奏へ反応する時間を録音に残したかったのだと読み取れる。
「teenage lovers」では語尾をどう扱うかを考え、「最高の仕打ち」では、相手の演奏をどう受け取るかが大きな意味を持つ。
一人で出来上がった歌を披露するだけでは捉えられない、片平の歌唱の一面である。

座って取材を受ける片平里菜
取材時の片平里菜。
出典:SPICE

「愛するたびに」は、伴奏の余白へ声を置く

2026年の「愛するたびに」で片平が求めたのは、音を積み重ねすぎず、ボーカルが埋もれないバンドの編成だった。
本人は、一緒に演奏する三人の引き算の感覚に惹かれ、無駄の少ないアレンジを依頼したと話す。
強い声を響かせるために周囲を大きくするのではない。
演奏の側に余白を作れば、声が曲の前に出る方法は一つではなくなる。

同じシングルの「そんな夜を」では、札幌のバンドBENBEにアレンジを任せ、自分はアコースティックギターを弾かなかった。
彼らの方がリズムの流れを作れると考えたからだと、OTOTOYの取材で話している。
録音場所も、札幌のライブハウスSOUND CRUEのフロアだった。
いつものスタジオや自分の弾き方だけを前提にせず、共演者が得意とする音楽の中に歌を置いている。

ギターを弾きながら歌うことは片平の大切な表現だが、すべての曲で自分が伴奏を担う必要はない。
自分で演奏する、目の前のギターと呼吸を合わせる、バンドへリズムを任せる。
その選択によって、歌と伴奏の関係も変えられる。
「そんな夜を」は、歌い方を考えるときに、何を自分でしないかという判断も見ておきたい一曲だ。

もう一つの収録曲「うたのふるさと」では、各地の囃子詞を取り入れつつ、ギター一本で旅をする感覚を大切にしたという。
特定の土地の楽器を使うよりも、自分の歌とギターで各地を回るフォークソングとして作っている。
同じ作品に入る曲でも、バンドへ任せるものと、自分の弾き語りを中心にするものを選び分けているのだ。

片平の歌い方をつかむ入口は、声を一番強く出した瞬間を探すことではない。
「teenage lovers」の語尾、「Oh JANE」の前へ向かう言葉、「異例のひと」の静かな距離、「愛するたびに」の余白を、それぞれ別の答えとして聴くことだ。
同じ歌手の声に複数の置き場所があるから、違う主人公の曲が一人のレパートリーとして成立する。

「女の子は泣かない」を初めは自分の歌と思えなかった片平が、なぜ2026年にその曲を再録したのかは、片平里菜の歌唱変遷でたどる。

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