田中和将(GRAPEVINE)の歌声の変遷|張り詰めた高音から、声の置き方を楽しむ歌へ

2017年の対談に掲載された田中和将(撮影:伊藤惇) シンガー
2017年の対談に掲載された田中和将(撮影:伊藤惇)

田中和将の歌を、初期の「スロウ」や「光について」で覚えている人もいるでしょう。
高いところへ懸命に届こうとする歌と、近年の裏声や語るような歌には、ずいぶん違う表情があります。
その間にあったのは、声の変化だけでなく、どんな声をよい歌だと考えるかという変化でした。

GRAPEVINEで歌い続けながら、田中は高いキーへのこだわりを見直し、声だけの曲や、言葉のリズムを中心にした曲へと進んでいます。
初期の張り詰め方から、2026年の過去作を再訪するステージまで。
歌声をひとつの理想に近づけるのではなく、使える表情を増やしてきた歩みをたどります。

初期の高いキーには、本人が信じていた格好よさがあった

GRAPEVINEは1997年に『覚醒』でメジャーデビューしました。
1998年の『退屈の花』を経て、1999年の『Lifetime』には「スロウ」と「光について」が収められています。
田中の歌を広く印象づけた初期の代表曲です。

2017年に初期を振り返った田中は、高いキーが流行していると思い込み、苦しそうなほど懸命に歌うことにもよさを感じていたと説明しています。
2枚目、3枚目のアルバム頃までは、出せる限界に近いキーで曲を作っていたそうです。
張り詰めた歌は、当時の音楽観と結びついた選択でした。

だから、初期の高音を後年と比べる時には、単に若い頃のほうが高く出たという見方だけでは足りません。
どこまで高く歌えるかを曲の設計に持ち込んでいた時期と、違う表情も欲しくなった時期を比べる必要があります。
音域の話に見えて、歌の魅力をどこに置くかという話でもあるのです。

「光について」に重なっていった、太さと年月

2011年頃のGRAPEVINEには、素朴な旋律やブルースの感触を深めてきた側面がありました。
一方、この年のライブでは、勢いのあるロックの新曲も披露しています。
バンドの音楽が動く中で、田中の歌も表情を変えていました。

2011年12月、品川ステラボールで田中はplentyの江沼郁弥と「光について」を歌いました。
当日の公演評では、発表当時よりもソウルの色を帯び、太さを増した田中の声と、初期の切迫感を思わせる江沼の声の対照が捉えられています。
同じ曲を二人で歌うことで、田中が年月とともに変えてきた表情が浮かんだ場面でした。

これは、録音条件を揃えて声を測った比較ではなく、その日の共演に接した評です。
それでも、初期の代表曲を後年も歌うことが、昔の歌い方をそのまま再現することとは限らないと分かります。
曲の記憶を保ちながら、歌い手の現在の声で意味を更新していくのです。

2011年12月のステージに立つ田中和将(撮影:Tetsuya Yamakawa)
2011年12月のステージに立つ田中和将(撮影:Tetsuya Yamakawa)。
画像出典:画像掲載元

落ち着いたキーで歌うには、伴奏も変わる必要があった

2017年の田中には、もっと落ち着いたキーで歌いたいという思いがありました。
ただ、キーを下げると地味に感じられ、編曲の段階で高めに戻さざるを得ないこともあったといいます。
低いところでも魅力を保てるよう、歌と伴奏の関係を探っていたのです。

同じ年、ホリエアツシとの対談では、若い頃ほど個性や流行を気にしていたことにも触れています。
一方、近年は新しい音楽をすべて追うのでなく、自分が面白いと感じるものを選んで聴くようになっていました。
音楽への向き合い方にも、自分の好みを確かめ直す変化が見えます。

高いキーを下げれば、それだけで歌の自由が増えるわけではありません。
以前は声の張りが担っていた魅力を、別の音色や伴奏との組み合わせでどう作るか。
ここに、田中の歌が変わっていく難しさと面白さがあります。

2019年、「開花」で声そのものを曲の材料にする

『ALL THE LIGHT』の制作では、プロデューサーのホッピー神山からアカペラの曲を求められました。
田中にとって、バンドでそうした曲を作るのは初めての試みです。
ギターで和音を考えながら形にした「開花」が、アルバムの冒頭を飾ることになります。

田中は、普段は曲の注文を受ける機会が少なく、具体的な条件があることで作りやすかったとも話しています。
バンドの外から届いた要求が、いつもの作り方では思いつかなかった歌を引き出しました。
声を伴奏の上に置くところから、声を重ねて曲を成り立たせるところへ、役割が広がったのです。

初期には、曲の中でどこまで声を張れるかが重要な選択でした。
「開花」では、声が何層にも重なった時にどんな曲になるかを試しています。
高音の限界を押し広げる以外にも、声を使った冒険ができるようになったわけです。

2019年のインタビューに掲載された田中和将(撮影:佐藤早苗)
2019年のインタビューに掲載された田中和将(撮影:佐藤早苗)。
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2021年、裏声と荒いギターを同じ曲に置く

『新しい果実』の「ねずみ浄土」は、田中が聴いていたR&Bやソウルの刺激を、バンドへ持ち込んだ曲でした。
当初のデモはもっと整った雰囲気でしたが、高野勲の提案でギターの歪みが強められ、完成形へ近づいていきます。
田中は、自分の案をバンドで大きく変えてもらうことにも期待していました。

この曲での裏声について、田中は、歌に意図しない暑苦しさや古めかしさが出るのを避けるためでもあると説明しています。
強く押し出す歌が曲の魅力になる場合もあれば、熱を抑えたほうが合う場合もある。
声の選択が、曲全体の温度を調整する方法になっていました。

裏声だから伴奏もおとなしくなる、という組み合わせではないところが、この時期の面白さです。
ギターの荒さと、歌が過剰に熱くなりすぎない選択を同居させる。
声だけを聴いて変化を説明するより、バンドの中でどんな役割を選んだかを考えると、その狙いが見えてきます。

2023年の率直さから、2025年の語るリズムへ

『Almost there』では、田中は以前よりも感情を直接歌にすることへ向かいました。
ただし、思いついた気持ちをそのまま録音へ流し込んだわけではありません。
歌詞は何度も書き直し、作品として成立する形を探っていたと説明しています。
率直さもまた、作る過程で選び取った表現でした。

2025年の「天使ちゃん」では、高野から、ギターを持たずにトーキングブルースを試してはどうかという提案が出ます。
旋律を大きく歌い上げるより、語りをリズムに乗せる方向です。
テーマを持ったセッションから、田中の言葉の運びが曲を動かす新しい場面が生まれました。

先にあったのは、しばらく離れていたセッションでの曲作りを、もう一度やろうという話でした。
ただ何となく演奏するのでなく、テーマを決めたことが、歌の形式を変えるきっかけになったのです。
西川も、誰か一人の考えだけでは生まれない偶然に、セッションの価値を感じていると話しています。

感情を率直に届けることと、声を大きく張り上げることは、同じではありません。
「天使ちゃん」まで進むと、歌の表情を決めるものには、音の高さだけでなく、言葉をどんな調子で運ぶかも入ってきます。
初期の高音を知っているほど、この変化は意外に映るでしょう。

過去の曲を、現在の声で歌い直す

2026年9月には、2001年の『Circulator』を再訪するツアーが行われました。
9月18日のEX THEATER ROPPONGI公演では、「B.D.S.」の乾いた軽やかな歌と、「風待ち」の少し鼻にかかった甘さのある歌が、対照的な表情として評されています。
過去の曲を並べながらも、声の質感を曲ごとに変える現在の田中がいました。

「波音」では、声に強い残響を加え、揺らぐような雰囲気も作っています。
昔の録音に近づけるだけでなく、その日の演奏として曲を組み直す公演でした。
現在の声に、音作りによる変化も重なっているのです。

高いキーに張り詰めた魅力を求めた時期から、太さ、落ち着き、裏声、語りのリズムへ。
田中の変遷は、昔の歌を捨てて別人になる過程ではありません。
同じバンドの曲を、違う声の置き方でも成立させられるようになってきた歩みです。

曲の熱を裏声で調整する方法や、日本語のリズムを作る過程は、田中和将(GRAPEVINE)の歌い方で掘り下げています。
初期の代表曲と近年の作品を行き来すると、声の高さ以上に、歌を前へ出す方法が増えていることに気づけるはずです。

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