バンチャン(Stray Kids)の歌声はどう変わった?強さと柔らかさの間で広げた表現

2024年のバンチャン。撮影:Kosmas Pavlos シンガー
2024年のバンチャン。撮影:Kosmas Pavlos

Stray Kidsの曲を作る人として、バンチャンを知った人も多いでしょう。
では、作り手である彼自身は、歌う声をどう変えてきたのでしょうか。

長い練習生生活を経てデビューしたバンチャンは、リーダーとして仲間を支えることを大切にしてきました。
ただ、グループへの献身だけに目を向けると、歌手としての選択が見えにくくなります。

初期の楽曲、少人数で歌う曲、そしてソロをたどるときは、声の強さと柔らかさがどこで役割を変えるのかに注目してみます。
歌声が別物になった瞬間を探すより、選べる表現が増えた過程を追ってみましょう。

2017年、3RACHAのラップから始まった歩み

バンチャンは、オーストラリアの学校で歌を学んだ経験を持っています。
デビュー前からラップだけをしてきた人、というわけではありません。

一方、チャンビン、ハンと組んだ3RACHAは、2017年初めに最初のミックステープを発表しました。
バンチャンはCB97という名前で制作に参加。
トラップの音と、自分たちの存在を強く示す言葉が、この時期の出発点にありました。

2018年の正式デビュー曲「District 9」では、ヒップホップとEDM、ギターの勢いがStray Kidsの印象を形づくります。
初期の作品に流れていたのは、若さゆえの怒りや迷い、自分が何者なのかという問いでした。
声も、その切迫した世界の中で聴かれることになります。

ただし、グループの音が激しいことと、バンチャンがいつも強い声だけで歌うことは、分けて考える必要があります。

2020年、激しい曲の中にもあった柔らかな歌

「God’s Menu」では、強烈なラップの合間に入るバンチャンの甘いメロディーが、曲の表情を変えます。
柔らかな声は、後年になって突然現れたものではありません。

同じ2020年の「SLUMP」について、バンチャンは、落ち着きとエネルギーの両方を感じさせようと試行錯誤したと説明しています。
静かか激しいかの二択ではなく、穏やかな雰囲気の中にも力を残す。
制作時点で考えていたその両立は、彼の歌を追ううえでも手がかりになります。

この年には、ソロの「i hate to admit」も公開されています。
喪失感や傷ついた気持ちを歌う曲で、自分一人の声を中心に置いた表現が聴ける作品です。
グループの熱気と、個人の感情を歌う場所が、早くから並んでいました。

2019年の取材掲載写真のバンチャン。写真提供:JYP Entertainment
2019年の取材掲載写真のバンチャン。
写真提供:JYP Entertainment。
画像出典:画像掲載元

2021年、「Red Lights」で見せた二人の距離感

『NOEASY』の「Red Lights」は、ヒョンジンとのユニット曲です。
発案したヒョンジンは、バンチャンとセクシーな曲をやってみたかったと話しています。
全員で押し出す曲とは異なる、暗く官能的なR&Bの表現を二人で担いました。
この変化は、年齢とともに自然に声が変わったという話より、誰と何を見せるかを選んだ結果として捉えられます。

同年の「Scars」では、冒頭のバンチャンの柔らかな歌と、それに続くチャンビンの鋭いラップが対照を作っています。
色気を見せるユニット曲だけでなく、他の声との組み合わせによって柔らかさを生かす道も続いていました。

「Red Lights」―バンチャン&ヒョンジン(2021年)

2022年、伸びやかな歌とラップが同じ活動に並ぶ

2022年の「MANIAC」ツアーのソウル公演では、バンチャン、リノ、スンミン、アイエンによる「Waiting For Us」が披露されました。
四人が優しく伸びやかに歌う場面と、他の四人による「Muddy Water」のラップが並ぶ構成です。
バンチャンはここで、メロディーを歌い上げる側の一人を担っています。

同ツアーのニューアーク公演では、生バンドを導き、ジェイソン・ムラーズの「I’m Yours」を演奏する場面もありました。

その一方、『MAXIDENT』収録の「3RACHA」では、三人でドリルに挑戦しています。
バンチャンもこのジャンルが好きで、ステージで強い印象を残すことを目指しました。
バラードを歌う一方でも、ラップへの挑戦は続いていました。
異なる声の役割を、並行して育てていたのです。

「Waiting For Us」―2026年公開の公式プレイリスト・35:34から

2024年、「Lose My Breath」で歌い方そのものを試す

チャーリー・プースと制作した「Lose My Breath」では、歌唱への取り組みに明確な変化がありました。
バンチャンは、全員がそれまでとは違う歌唱法を試したと振り返っています。
力強く打ち出す従来の曲に対し、この曲では息の気配や抑制、柔らかさが重視されました。

制作は2023年のニューヨークでのソングキャンプに始まり、韓国へ戻ってからもファイルを往復させて仕上げています。
自分たちの作り方を持つ三人が、外の音楽家と一曲を作り、声の出し方も試し直した。
曲調が変わったというだけではなく、録音での選択を広げた経験でした。

ただ、その後の歌が一律に穏やかになったわけではありません。
同年7月のロンドン、BSTハイド・パーク公演では、生バンドのギターやベースを生かした重厚な演奏に、バンチャンらの力強いボーカルが重なりました。
抑えて録ることを経験した後にも、大きな会場を動かす強い声は残っています。

「Railway」から「Roman Empire」へ、自分の声を中心に置く

2024年の『合(HOP)』には、ソロ曲「Railway」が収録されました。
英語で歌うダンス色の強い曲で、滑らかなメロディーのサビが、緊張感のある音の中に置かれています。
グループ曲で一部を担うときとは違い、一曲を通して自分の声で雰囲気を作る作品です。

2025年にフェンディと制作した「Roman Empire」では、推進力のあるマイアミベースのビートに、滑らかなR&Bの歌を組み合わせています。
強いリズムの上で、声まで硬く押し出す必要はない。
歌とビートの性格をずらす方向にも、彼の表現は広がりました。

2025年11月、ソウルでの「Roman Empire」発表イベントのバンチャン
2025年11月、ソウルでの「Roman Empire」発表イベントのバンチャン。
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バンチャン自身は、この制作を通して自分の色に少し近づけたと語っています。
グループの曲ならメンバーを思い浮かべられる一方、自分個人の音楽では、どんな音を好むのかを探す難しさがあったといいます。
完成した曲の裏には、仲間の声を生かす作り手が、自分自身の歌へ問いを向ける時間がありました。

バンチャンの歌の変遷は、強い声から弱い声へ進む一本道ではありません。
歌う人数や曲の目的に応じて、どの声を中心に置くかを選び直してきた歩みとして聴くと、作品同士のつながりが見えやすくなります。
曲ごとの発声や表現の選択は、バンチャン(Bang Chan)の歌い方で掘り下げています。

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