フランク永井の歌唱変遷|「WOMAN」の16ビートに向き合うまで

「WOMAN」ジャケットのフランク永井 シンガー
「WOMAN」ジャケットのフランク永井

フランク永井が1982年の「WOMAN」を歌うとき、慣れない16ビートが大きな壁になりました。
ジャズの経験が豊富な歌手にも、新しい伴奏への戸惑いはあったのです。
山下達郎との制作では、そのリズムを知っているラテンに結びつける説明が、歌うための手がかりになりました。
低音の持ち味を守りながら、曲に応じて歌を作り直してきた歩みをたどります。

「WOMAN」|アルバム「WOMAN」収録・公式配信音源

1955年のジャズから、歌謡曲の低音へ

1955年、フランク永井は「恋人よ我に帰れ」でレコードデビューしました。
デビュー前には米軍のクラブで歌っており、洋楽を歌う経験を積んでいました。
その後、1956年の「場末のペット吹き」で日本の歌謡曲へ活動を広げ、翌年の「有楽町で逢いましょう」で大きな支持を得ます。

「恋人よ我に帰れ」|「RE-MASTER VOICE フランク永井 II」収録・公式配信音源

その声の新しさを、ジャーナリストの森田潤は、当時の歌謡界との違いから説明しています。
澄んだ高い声で旋律を歌い上げる歌手が多い中、フランク永井には、語るような情感とジャズで培ったビブラートの余韻があったというのです。
作曲家の吉田正は、その声を日本語の歌の中に生かしていきました。

ただ、本人は低音の成功を当然とは思っていなかったようです。
森田が「有楽町で逢いましょう」のヒット後に楽屋を訪ねると、フランク永井は、自分の声がなぜこれほど好かれるのかと不思議がっていたといいます。
周りが魅力と感じた声を、本人は当然の長所として受け止めていたわけではありませんでした。
洋楽で育てた歌い回しを歌謡曲へ持ち込み、従来の人気歌手とは違う声の魅力を聴き手に届けた時期です。

「有楽町で逢いましょう」レコードジャケット
「有楽町で逢いましょう」レコードジャケット。
画像出典:写真掲載元

「有楽町で逢いましょう」|「Frank Nagai Best」収録・公式配信音源

1961年の「君恋し」は、昔の歌を自分の感覚で歌った

1961年には、以前から知られていた「君恋し」を歌い、日本レコード大賞を受賞しました。
この曲には、歌いたかったのに題名を知らなかったという、本人の話が残っています。

同年の対談の再録によると、会社から録音を提案されたとき、初めはどの曲なのか分からなかったそうです。
本人は歌い出しの言葉を題名だと思い込んでいました。
歌詞と楽譜を受け取って、長く歌いたかったあの歌だと気づきます。
会社が選んだ作品と、本人の希望が、そこで一致したのです。

歌いたかった理由も、単なる懐かしさではありません。
相手を恋しく思う言葉が曲の要所で繰り返されるため、当時の若い聴き手にも届くと考えていました。
録音では昔の歌唱に縛られず、自分の気持ちで歌い、1961年の感覚に合う表現を探したと振り返っています。
古い曲を預かりながら、今の自分の歌にするという選択でした。
若い客からもリクエストを受けるようになり、本人は今後もこうした歌の再生に取り組みたいと話しています。

「君恋し」|『魅惑の低音 第10集』収録・公式配信音源

1981年、昔の仲間とスタンダードを歌う

歌謡曲の歌手として親しまれるようになっても、ジャズは歌の土台に残っていました。
「WOMAN」の前年に発表した『ALL OF ME〜フランク永井、スタンダードを歌う』は、そのつながりを作品にした一枚です。
長く歌い継がれてきた洋楽の名曲を集め、「ラブ・レター」や「明るい表通り」などを取り上げています。

譜面を手に録音卓の前に座るフランク永井を写したALL OF MEのジャケット
『ALL OF ME〜フランク永井、スタンダードを歌う』(1981年)のジャケット。
画像出典:中古CD・レコード・DVDの超専門店 FanFan

編曲家でピアニストの前田憲男をはじめ、ドラマーのジョージ川口、ピアニストの秋満義孝らが参加しました。
解説者の高橋正人によると、参加者の多くは、フランク永井と米軍のクラブで共演した経験があったそうです。
歌謡曲で得た実績を持つ歌手が、若い頃を知る演奏家たちと、再び洋楽のレパートリーに向き合いました。

慣れ親しんだスタンダードを歌う仕事を続けた、その翌年に「WOMAN」の制作がありました。
洋楽の経験を重ねていても、山下達郎の新曲には、別のリズムへの対応が必要だったのです。

「明るい表通りで」|『フランク、ジャズを歌う』(2009年発売)収録・公式配信音源

「WOMAN」では、低音に結びついたイメージも変えた

1982年の「WOMAN」は、山下達郎の明るいメロディーと、フランク永井の低音を組み合わせた作品です。
山下には、昭和の歌謡曲と日本のフォークやロックの間にある隔たりを埋めたいという考えがありました。

ところが、依頼した歌詞は、酒場で昔を懐かしむような従来の歌手像に寄ってしまい、山下自身が書くことになります。
持ち味の低音を生かすために、その声で歌う人物像も変えようとしていたのです。

歌入れでは、フランク永井が16ビートに不安を抱きます。
2011年の放送で山下が語った制作のやり取りでは、慣れないリズムを、本人が知っているラテンに結びつけて説明したそうです。
ドラムのスネアという太鼓の打音が、知っているラテンの半分になると説明されると、本人も理解でき、録音に向かえました。

経験豊かな歌手が難しく感じた伴奏を、作り手との会話が身近なものに変えた場面です。

「君恋し」では古い歌を当時の自分の感覚で歌い直し、「WOMAN」では新しい伴奏を、蓄えてきた経験から理解しました。
低音を別の声に変えるのではなく、その声が生きる曲の解釈やリズムを探してきたところに、フランク永井の歌唱の歩みがあります。
声色と音程の関係や、日本語の母音の特徴については、フランク永井の歌い方で掘り下げています。

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