JUNON(BE:FIRST)の歌声はどう変わった?THE FIRSTから「Nova Flame」・現在までの歌唱変遷

THE FIRSTからNova Flameと現在までのJUNONの歌声の変遷 JUNON(BE:FIRST)

JUNONさんの歌唱変遷は、歌えなかった人が高音を手に入れた物語ではありません。
THE FIRSTへ参加した時点で、周囲が驚く高音をすでに持っていました。

変わったのは、声の高さより、その声に背負わせる責任です。
家で自然に歌っていた声が、審査を締める声になり、BE:FIRSTの楽曲で感情の頂点を担い、やがてソロ曲を一人で支える声になりました。

未経験という言葉に隠れていた天然の武器は、どのように本人の自覚へ変わったのでしょうか。
2021年のオーディションから、世界を回った後の現在までをたどります。

THE FIRST以前は、音楽のある家で歌うことが日常だった

JUNONさんは、大学生として就職先の内定を得た状態でTHE FIRSTを受けました。
人生で最後の挑戦と考え、安定した進路ではなくオーディションを選びます。

ダンスはほぼ未経験で、歌も専門的な指導を受けた経験はありませんでした。
ただし、歌ってこなかったわけではありません。

父親は元バンドマンで、妹は先にシンガーソングライターとして活動し、家ではいつも音楽が流れていました。
本人も、指導を受けた人に負けないほど家で歌ってきたという自負を持っていました。

初期のJUNONさんは、技術の名前を知らない初心者であっても、声を使うこと自体には慣れていた人です。
この少し変わった出発点が、その後の急成長を理解する鍵になります。

2次審査で、高音が自分だけの当たり前ではないと知った

2次審査で同じ組になった参加者は、JUNONさんが高いキーを余裕で歌う姿に驚きました。
本人はセンターから動かず、自信を持って歌っているように見えたと振り返られています。

しかしJUNONさん自身は、参加前まで自分の高音を特別だと思っていませんでした。
周囲から「高い声が出る」と評価され、自分の普通が武器になり得ることを初めて知ります。

3次審査の順位は11位まで上がり、合宿へ進みました。
その一方で、ダンスは振りを覚えるだけでも時間がかかり、歌いながら動くことは未知の課題でした。

得意な歌だけで残るのではなく、分からない動きを自分で調べ、仲間へ教えを求める必要がありました。
この時期から、自然に出る声を「本番で再現できる声」へ変える作業が始まります。

「Be Free」で、歌える人から任せられる人へ変わった

合宿の「Be Free」は、JUNONさんの立場が変わった転機です。
難しい振りに苦戦しながらも、本番では余裕を感じさせる歌として評価されました。

一緒に踊ったメンバーは、プリフックをJUNONさんが強く歌ってくれたため、自分はダンスへ集中できたと話しています。
MANATOさんからは、曲の締めを任せたい「歌締めのJUNON」という見方も生まれました。

THE FIRST参加時に高音を自分の武器として知ったJUNON

ここで獲得したのは、単なる見せ場ではありません。
ほかの人の動きまで支えられるほど、曲の重要な場所を安定して任せられる信用です。

家で自分のために歌っていた声が、チーム全体を成立させる声へ変わりました。

「To The First」とデビュー期は、高音が物語の頂点を担った

「To The First」では、楽曲の感情が上がる高音パートが強く印象に残りました。
審査の終盤には、JUNONさんの声を曲のクライマックスへ置く役割が定着していきます。

BE:FIRST結成後の「Shining One」でも、抜ける高音はグループの大きな輪郭になりました。
ただ高いだけでなく、ダンスをしながら同じ質で出すことが必要です。

初期は、歌の強みとダンスの遅れがはっきり分かれていました。
デビュー後はその差を埋め、歌唱中の動きまで含めて見せる段階へ進みます。

一方、「Lonely Night」では明るい高音だけでなく、暗さや陰を魅力へ変える表現もメンバーから評価されました。
高音担当という役割の中に、曲ごとに別の人物を作る芽が見え始めています。

「Betrayal Game」で、難しい高音を成長の場所にした

「Betrayal Game」では、緊張感のあるプリフックと高い音域を担当しました。
作品ごとに難しい部分を任されることが増え、得意だった高音が、そのまま新しい課題になります。

自然に出ることと、曲の表情を保って出せることは同じではありません。
音程へ届いても、鋭い曲で柔らかすぎれば迫力が足りず、強くしすぎればJUNONさんの滑らかさが消えます。

この時期の成長は、声域が広がったかどうかだけでは測れません。
得意な高さの中で、曲が求める強さを選べるようになったことにあります。

「Smile Again」で、同じ高音に複数の感情を置いた

「Smile Again」は、JUNONさん自身が高音の難しさを具体的に語った作品です。
冒頭は自分の声に合う高さでしたが、曲の終盤では高音をきれいに立ち上げることに苦労しました。

世界ツアーとソロ活動を経て表現の幅を広げたJUNON

この曲を扱った専門的な解説では、序盤の息を含む繊細な声と、サビで芯を強める声の対比が注目されています。
初期の「高い音を安定して締める人」から、同じ高さを場面ごとに別の色で歌う人へ進んだことが分かります。

本人もこの頃、自分の特徴としてファルセットを挙げながら、どの曲の世界にも入り、自分の個性を失わない歌手でありたいと話しています。
高音の能力が、歌手としての考え方へ変わった時期です。

現在の声色の使い分けは、JUNONさんの歌い方・発声の記事で詳しく整理しています。

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「Nova Flame」で、歌締めから一曲の主人公へ進んだ

ソロ曲「Nova Flame」は、JUNONさんがグループ内の役割を越えた大きな転機です。
誰かから受け取ったパートを印象的に締めるのではなく、一曲すべての温度と流れを一人で作る必要があります。

本人は、歌だけで完結する曲ではなく、ダンス曲として仕上げることを選びました。
以前は歌しか表現手段がなかったものの、今は踊ることでも表現できると感じていたからです。

THE FIRSTで最も苦戦したダンスが、数年後にはソロの見せ方として本人が選ぶ武器になりました。
これは、歌唱力だけを伸ばしていては起こらなかった変化です。

ワールドツアー後は、一瞬の映り方まで歌唱の一部になった

2025年のワールドツアーでは、海外の観客と近い距離で向き合いました。
その経験から、ソロで映される一瞬は、どの角度から見ても成立させなければならないという意識が強くなったと話しています。

公演後には映像を見返し、できなかった箇所を修正する。
SKY-HIさんから「できるまでやる根性派」と見られてきた姿勢は、合宿時代から現在まで変わっていません。

2026年のBE:FIRSTでは、強いダンス曲だけでなく、複数の声で一人の主人公の感情をつなぐ楽曲も増えています。
JUNONさんの役割も、最後に高音を置く人から、前後のメンバーへ感情を渡す人へ広がりました。

ダンス中の高音を別の道筋で育てた例は、花村想太さんの歌唱変遷と比べると違いが見えます。
オーディションで声の役割を見つけた点は、CHIKAさんの歌唱変遷にも通じます。

変わらないのは、自分の普通を疑い続ける姿勢

JUNONさんは、最初から高い声を持っていました。
それでも「高音が出るから完成」とは考えず、できなかったダンス、曲ごとの声色、一人で舞台を支える見せ方へ課題を広げてきました。

本人は悔しがりな性格を自覚し、できないことができるようになる感覚を楽しんでいます。
天然の声だけに頼らなかったからこそ、初期の魅力を失わず、役割だけを大きくできました。

変わらない高音と、変わり続ける使い方。
その組み合わせが、JUNONさんの歌唱変遷を単純な上達物語ではないものにしています。

まとめ

JUNONさんの歌声は、THE FIRST以前から高い音へ自然に届いていました。
オーディションで周囲に評価され、その声が自分だけの当たり前ではないと知ったことが最初の転機です。

「Be Free」で仲間から重要な場所を任され、「Shining One」以降はBE:FIRSTの高音を象徴する役割を担いました。
「Smile Again」では一つの高音を複数の色で扱い、「Nova Flame」では歌とダンスの両方で一曲を背負っています。

高音が出るようになった歴史ではありません。
高音を自分の見せ場から、曲と仲間を支える表現へ変えてきた歴史です。

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