峯田和伸の歌声を、若い頃は激しく、年齢を重ねて穏やかになった、と説明するだけでは大事な場面が抜け落ちます。
静かに歌を聴かせる時間と、観客ごと熱くなる時間を、一つのライブに組み込むようにもなりました。
何を変え、何を手放さずに歌ってきたのか、その歩みをたどります。
2005年、最初の一撃を求めた歌
GOING STEADYの解散後、峯田は2003年に銀杏BOYZとして活動を始めます。
2005年には「君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命」と「DOOR」を同時に発表しました。
当時の音作りを振り返り、本人は音の良さ以上に、再生した瞬間の衝撃を求めていたと話しています。
大きな音で一気に届かせたいという意志が、最初の作品にはありました。
後年には、音をそこまで潰さないほうが好きだとも述べています。
ここでは、歌う身体と、録音された音の仕上げを分けて考える必要があります。
初期の音源に感じる圧迫感の全てが、喉から出た声そのものというわけではありません。
声と楽器をどう録り、どう大きく聞かせるかも、作品の迫力を作っていたのです。
ノイズの中でも、歌を生かそうとしていた
2014年の「光のなかに立っていてね」へ向かう長い制作では、音の作り方も広がりました。
当時のドラマーだった村井守は、舞台「裏切りの街」の音楽で打ち込みを使った経験が、その後の制作にもつながったと振り返っています。
生演奏だけを守るより、歌に合う方法を選ぶことが必要になっていたのです。
ノイズや加工が増えた時期を、歌を捨てた時期と見るのは適切ではありません。
何を残し、どんな音を組み合わせれば曲が生きるかを、峯田を中心に何度も考え直していました。
荒々しさを勢いだけで出すバンドという印象の裏で、録音には細かな選び直しがありました。

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一人になった後、曲を主人公にする
2013年に他の3人の脱退が発表され、銀杏BOYZは峯田一人の名義として続いていきます。
2016年の「生きたい」は、心機一転して頑張るという単純な宣言ではありませんでした。
本人には、残った後悔を表に出さなければ、次のポップな曲へ進めないという思いがありました。
この頃には、自分が主人公であることにこだわらず、曲を主人公にしてもよいと考えるようになります。
自分自身を伝えるだけでなく、曲そのものが聴き手へ届く形を探す考えが見えてきます。
2017年の「エンジェルベイビー」「骨」「恋は永遠」の3作には、その変化を感じ取った批評もあります。
額田大志は、以前の荒々しさを抑え、粘りのある歌い方になったと評しました。
一方で、歌っている恋愛のもどかしさは変わらないとも指摘しています。
感情が薄くなったというより、同じ切実さを、違う声の表情で伝えるようになったと捉えられます。
昔の曲も、一律に作り直したわけではありません。
「援助交際」を「円光」として録り直した際には、以前の編曲が現在の気分に合わず、当時の5人で鳴らしたい形を探しました。
一方、「BABY BABY」は大きく編曲を変えずに演奏しています。
古い曲だから変えるのでも、名曲だから全て保存するのでもない。
その時の自分たちが歌をどう鳴らしたいかが、選び直す基準でした。
「ちえのわ」で戻ってきた、昔の荒々しさ
2018年、東京スカパラダイスオーケストラの「ちえのわ」に歌手として参加した峯田は、最近は使っていなかった歌い方を引き出しました。
これは、未知の声を試したというより、本人の中に残っていた声を再び使う録音でした。
歌を落ち着いて聞かせる作品を出した後にも、別の編成の中で昔の熱が必要になる。
その変化は一方向ではありません。
過去の歌を、今の自分たちで描き直す
2020年の「ねえみんな大好きだよ」では、制作中の気持ちも変わっていました。
前作のように仲間と長く閉じこもるのではなく、各自の活動を持つサポートメンバーとスタジオで会い、煮詰まりすぎずに作れたと話しています。
それでも、本人にとっては過去と別物の作品ではありませんでした。
ノイズから始まり、重い曲を経てポップな曲へ進む構成にも、前作との共通点を見いだしています。
作品ごとに自分を一新するより、前から歌ってきたものを今の感覚で描き直す。
歌い方を変えても、以前の自分を全て否定しない姿勢は、こうした制作の捉え方にも表れています。
声を出せない客席へ、歌を届け直す
2022年には、初めてのアコースティック・ツアーに取り組みます。
コロナ禍では、観客が密集し、一緒に声を上げる従来のライブが難しくなっていました。
そこで峯田は、熱気の共有に加え、歌をじっくり聴いて楽しめる場を作ろうと考えます。
曲の骨組みを全て変えるのではなく、激しく歌っていた部分をしっとり歌う、テンポを動かすといった方法を試しました。
ただし、生の音が中心になると、自分たちの荒っぽさも隠れません。
以前のようにノイズで曲間の空気を作れない難しさも、本人は認めています。
穏やかな編成へ移れば簡単になるのではなく、歌を裸にすることで別の課題が見えたのです。

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この試みは、激しい銀杏BOYZを終わらせる宣言ではありませんでした。
2023年の山形公演では、アコースティックを中心とする第一部と、従来のバンド編成による第二部を、一つのライブに組み込みます。
後半には「若者たち」や「駆け抜けて性春」を鳴らし、「BABY BABY」では会場が歌う場面も生まれました。
静かに歌を聴かせる経験と、観客ごと熱くなる経験を、両方持てるようになったのです。
燃え尽きる一夜から、長く歌う時間へ
2025年、峯田は、若い頃の短距離走のような活動と、長く続けたい現在とを区別して話しています。
昔の力を捨てるのではなく、当時できなかったことも加えたいという考えです。
アメリカで日本語の歌が届いた経験から、自分の歌への劣等感が薄れたことも語りました。
若い時の姿を再現するだけでなく、今の仲間と先へ進む自信が育っていたのです。
ライブ前の準備にも変化があります。
2026年には、以前は何時間も前から気持ちを高めて疲れてしまったため、今は本番の15分前に集中する時間を作ると話しています。
ステージ上の激しさを保つために、舞台へ出るまでずっと激しくいる必要はない。
歌い続けるための力の使い方も、経験の中で変わってきました。
峯田の歌には、叫ぶ切実さと、旋律をきちんと届けたいという思いが共存しています。
その比重は、年齢だけでなく、曲、共演者、客席の状況によって変わります。
一曲の中で言葉と声をどう動かしているかは、峯田和伸の歌い方で詳しく見ていきます。







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