リアム・ギャラガーの声というと、真っすぐ前へ突き出すような強さを思い浮かべる人が多いでしょう。
その存在感はOasis、Beady Eye、ソロと活動の場が変わっても、歌の中心にあり続けました。
ただ、初期を知る仲間は、まだバンドで歌い始めたばかりのリアムを、もっと旋律的で天使のような声だったと振り返っています。
やがて大きな会場を満たす歌い手になったあとにも、声を飾る効果を減らし、家で歌っているような響きを求めた時期がありました。
リアムの歩みには、同じ個性を持つ声を、どう聴き手の前に置くかという変化があります。
「Live Forever」公式MV・HDリマスター版(原曲1994年)。
歌い始めたころには、もっと旋律的な声があった
Oasisの初期メンバー、ボーンヘッドことポール・アーサーズは、リアムが自分の家でデモを歌ったときの驚きを語っています。
声を聴いた瞬間に惹かれた一方、その歌は後年よく知られるリアムとはかなり違い、もっと天使のようで、旋律的で、明るいものだったそうです。
それでもボーンヘッドは、その時点ですでにリアム固有の声があったとも話しています。
荒々しい歌い手になる前に、別人のように無個性な声で歌っていたわけではありません。
仲間を振り向かせる声と、メロディーを歌う魅力が、出発点から一緒にあったのです。
ボーンヘッドの回想では、リアムが入ると歌を中心に物事が動き始め、曲の雰囲気も変える必要を感じたそうです。
良い声が既存の曲へ加わっただけでなく、その声に合わせてバンドの向かう先も変わっていきました。
1994年の『Definitely Maybe』に収められた「Live Forever」は、その初期をたどる一曲です。
このアルバムでは、録った歌をもう一度見直す作業もありました。
途中から制作に加わったオーウェン・モリスによると、歌を録り直し、複数のテイクから採用部分を選べるよう、録音の空きトラックを確保するため、重ねてあったギターの一部を減らしたといいます。
すでに良く録れていた演奏を生かしながら、その中にリアムの歌を収める方法を選んでいたのです。
「Wonderwall」で大きく広がった、歌を任せられる声
1995年の『(What's the Story) Morning Glory?』では、リアムの歌がさらに広い聴き手へ届きます。
象徴的な曲の一つが「Wonderwall」です。
制作を担当したモリスは、リアムがこの曲のリードを素早く4テイク歌い、そこから採用部分を選んだと説明しています。
録音中の彼には自信があったといいます。
この時期の制作には、作曲、歌唱、録音をそれぞれ任せる関係がありました。
モリスによると、ノエルが曲をリアムに教えたあと、歌の録音やテイクの組み合わせはモリスが担ったそうです。
「Wonderwall」でのリアムの歌を、ノエルもとても気に入っていたと振り返っています。
書いた本人が隣でずっと歌い方を決めるのではなく、歌う人と録る人へ曲を渡すことで、リアムの表現が形になっていました。

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歌を短い時間で形にする、その確かさもリアムの力でした。
「Wonderwall」は、ノエル・ギャラガーの作曲とリアムの歌が結びついた代表曲になりました。
歌い手自身がすべてを書くことと、その歌に代わりの利かない存在感を与えることは、それぞれ別の力です。
この関係は、後年のソロ活動を考えるときにもつながってきます。
「Wonderwall」公式MV(1995年)。
Beady Eyeでは、声を近くに感じさせる方向へ
Oasisでの活動を経て、リアムはBeady Eyeで歌い続けます。
2013年の2作目『BE』では、デイヴ・シーテックとの制作によって、声の扱いにも新しい選択が生まれました。
アンディ・ベルは、従来使っていた声のエフェクトを減らし、より裸で親密な響きを目指したと説明しています。
その声の近さが、アルバムの内省的な曲に合うと考えていました。
大きく押し出す声の印象を持つリアムにも、一人がすぐそばで歌っているように感じさせる方向があったのです。
リアム自身も、「Second Bite of the Apple」のデモをきっかけに効果を抑え、家で歌うような音を求めたと話しています。
このときの変化には、声を生かすために周囲の響きを選び直したという、本人たちの意思がありました。
若いころの声との違いだけを追うと、この作品ごとの選択が見えにくくなります。
一方で、この響きを今後の唯一の正解にするつもりでもありませんでした。
本人は、しばらくしたら、この飾り気のない音に飽きるかもしれないとも話しています。
『BE』で選んだ近さは、ずっと同じ歌手でいるための固定した型というより、その曲と周囲の音を生かすための、その時点での答えだったのでしょう。
「Second Bite of the Apple」公式公開音源(2013年)。
ソロになっても、自分の中心には「歌うこと」がある
2017年には、初のソロアルバム『As You Were』を発表しました。
「Wall of Glass」から始まるこの再出発には、グレッグ・カースティンやアンドリュー・ワイアットら、外部の音楽家との協働があります。
同年、リアムは自分の中心にあるものを、ロックンロールを歌うシンガーとして説明しています。
カースティンとの仕事については、3日間で3曲を書いて録音したという、速い進行も振り返りました。
自分一人ですべてを抱え込むより、歌う自分が力を発揮できる曲と仲間に出会うことが、ソロの再出発を支えています。

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ソロ名義になったからといって、急に別の歌い手になったわけではないという姿勢も見せていました。
歌に自分を注ぎ、聴き手に感じてもらうことを大切にしています。
名前がバンドから個人に変わっても、リアムが前に立って歌うという軸は続いていました。
それでも、一緒に演奏する顔ぶれが変わったことは、新しい刺激になっています。
2017年のソロバンドでは、Beady Eyeからのジェイ・メーラー以外は、以前から知る仲間ではありませんでした。
リアムはツアー前に十分リハーサルをしつつ、細かく指図するより、腕のあるメンバーに任せることを大事にしていたと話しています。
自分の名義で前に立ちながら、歌を支える仲間の持ち味も生かそうとしていたのです。
この時期を、ただ若いころの声を取り戻した時期として見るだけでは、協働の意味が薄れてしまいます。
Oasisの曲で声を任せられた歌い手が、新しい作家たちの曲にも自分の存在感を与えるようになった。
そこに、ソロとして活動を続けるための広がりがありました。
「Wall of Glass」公式MV(2017年)。
2025年の再結成で、ふたたびOasisの歌を担う
2025年、リアムは再結成したOasisのステージに立ちます。
7月4日のカーディフ公演で歌った「Slide Away」も、バンドから公式に公開されました。
1994年の曲を、ソロ活動までを経た歌い手が、ふたたびOasisの一員として歌う場面です。
このツアーでリアムの声を担当した音響エンジニアのサム・パーカーは、Mixの取材で、その歌を現場で聴く立場から語っています。
声に何をしたのかと尋ねられることがあっても、まずリアム自身がその声を持ってステージに来る必要がある、と説明しました。
本人が舞台を楽しみ、居場所を得ていると感じたことも、パーカーの評価につながっています。
同じ取材では、リアムの声とエフェクトを処理して、会場全体の音を担当するエンジニアへ送る仕組みも説明されています。
パーカーはもともとソロツアーの音を担当しており、もう一人のダン・ルイスは、ノエルの活動も支えてきた人物でした。
別々の活動で築いた信頼を持ち寄り、本人たちが望む音を保つために、二人で全体を作る形を選んだといいます。
歌い手の力と、その声を客席へ届ける仕事が組み合わさって、再結成後のステージは作られていました。
「Slide Away」カーディフ公演の公式ビジュアライザー(2025年7月4日の演奏)。
歌い始めの旋律的な声、ヒット曲を担った自信、Beady Eyeで選んだ近い響き、ソロで出会った新しい曲。
それらを通って再びOasisを歌う姿までたどると、リアムの個性は、ひとつの声色を守るだけのものではなかったとわかります。
声を生かせる曲と、声をどう届けるかという選択を重ねながら、彼は前に立ち続けてきました。
強い歌と柔らかな歌をどう組み立てていたのかは、リアム・ギャラガーの歌い方で詳しく取り上げています。

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