大きな声で歌い上げられる人にとって、声を抑えることは簡単なのでしょうか。
May J.は、2023年の「Spread Love」で弱く歌うよう求められたとき、それで十分に伝わるのか不安を感じたといいます。
得意な歌い方から離れる作業には、一行ずつ録音を止めて確かめるほどの手間がかかりました。
その戸惑いは、彼女が声の強さを大切にしてきた歩みとつながっています。
日本のバラードとの出会い、八代亜紀との共演、声を楽器のように扱う制作。
歌い上げる力を身につけたMay J.が、そこから何を変えようとしたのかをたどります。
「ハナミズキ」で、自分の声が生きる場所を知った
May J.の出発点にはR&Bがあります。
それだけに、テレビ番組で「ハナミズキ」を歌うことは、本人にとって新しい挑戦でした。
準備のためにカラオケで歌ってみると、自分の歌い方と曲がよく合うと感じ、同じような歌をもっと歌いたいと思うようになります。
当時、オリジナル作品では自分の考えを歌詞にし、セルフプロデュースにも取り組んでいました。
それでも思うほど声が届かないという悩みがあったため、採点される番組への出演も、多くの人に歌を届ける機会として受け止めたのです。
歌唱への反響が、2013年の『Summer Ballad Covers』につながりました。
2014年の本人の説明では、採点のためには原曲を正確に覚えることが重要でした。
一方、歌として届ける準備では、歌詞を何度も読み、自分の経験と重なる物語を見つけることを大切にしています。
正しい音をなぞるための練習と、自分の言葉として歌うための準備を、どちらも行っていたわけです。
「Garden」のヒットでは曲の印象が先に広がったのに対し、テレビ出演後は、自分の声で別の曲も聴きたいという要望が届くようになったと振り返っています。
歌い上げるバラードは、自分を知ってもらうために手応えを得た表現でもありました。
全力を出した翌年に、柔らかい歌を試していた
2014年に『アナと雪の女王』の日本版エンドソングを歌い、May J.が翌年の課題にしたのは、歌の力を抜くことでした。
2015年の「Wishes come true – 咲き誇る花たちに –」では、ファルセット、つまり裏声も交え、柔らかい雰囲気を目指しています。
力いっぱい歌えたという実感の次に、別の表情を加えようとしていたのです。
2017年には「母と娘の10,000日 ~未来の扉~」で八代亜紀と共演します。
八代は、録音で完璧を求めすぎると力が入り続け、聴く側には重くなると考えていました。
そこでMay J.にも、七割ほどの気持ちで歌うよう助言したといいます。
May J.は、その力加減では作品にならないのではと感じていました。
ところが八代は、助言前より仕上がった歌のほうが好きだと伝えています。
本人が十分だと思う歌と、共演者がもう一度聴きたいと思う歌は、必ずしも同じ力加減ではなかったのです。

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「深呼吸」で、歌の語尾まで変えてみる
2018年の『Cinema Song Covers』には、オーケストラとの共演経験が生きています。
May J.は、同じ曲でも伴奏が変わると別の世界が生まれることにひかれ、映画音楽をアルバムにする構想を深めました。
大きな編成に声を重ねるだけでなく、作品に合う歌の姿を探す機会になっていきます。
その中で選んだハナレグミの「深呼吸」では、永積タカシの語りかける歌に近づきたいと考えました。
自分と同じ声ではない相手の表現を、いつもの歌い方で再現しようとしても届かない。
そこで、伸ばした声をビブラートで飾る習慣から離れ、語尾で息を吸って切るような処理も試しています。
声量を抑え、感情ははっきり出す。
「深呼吸」ではバンドと同時に録る中で、三回目に感覚をつかみ、その歌が採用されたといいます。
語尾を変えると、曲の言葉はどう届くのか。
「深呼吸」は、声の大きさ以外にも選べるものがあると気づかせる一曲です。
2021年、歌い上げる自分を守る必要が薄れていく
2021年、デビュー15周年を迎えたMay J.は、歌声が柔らかくなった経緯を振り返っています。
ビブラートを減らす、歌い上げる部分を柔らかくする。
そうした小さな意識の積み重ねで、以前は難しかった押し引きができるようになったという説明です。
玉置浩二の「メロディー」をカバーした際にも、弱く歌う表現への理解が変わったといいます。
それ以前は、ただ声を抜いただけになり、魅力的なニュアンスを出せなかった。
強い声を出せるという自信があるからこそ、控えめな歌でも足りないと心配せずに済むようになっていました。
一方で、バラードを歌い上げる姿を期待する人に応えたいという意識もありました。
コロナ禍に入って活動が制限される中、yahyelの篠田ミルとの制作が動き始めます。
篠田が、これまでと違っても好きな音楽を作ろうと背中を押したことが、新しい方向へ進むきっかけになりました。

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実際の録音では、May J.が抑えているつもりでも、もっとささやくように、話すくらいでよいと促されたそうです。
メロディーを作る段階でも、つい歌い上げてしまう流れを避けました。
「Can’t Breathe」では、重い内容を扱いながら、軽く語りかける声と踊れるサウンドを組み合わせています。
自分の内側にある思いを強く伝えることと、声そのものを強く出すことを、別々に選べるようにする。
『Silver Lining』へつながる制作では、その違いが曲の作り方にも及んでいます。
歌唱を仕上げる最後の段階だけで、音量を下げたわけではありません。
「Spread Love」から『AURORA』へ、得意な癖も一度ほどく
2023年の「Spread Love」では、今井了介のプロデュースのもと、再びR&Bを土台にした表現へ向かいます。
歌のディレクションを担当したisseiと、一行ごとにニュアンスを検討しました。
普段なら自分の判断で決める歌を他者と細かく見直し、ビブラートをかけない、熱くなりすぎない、といった選択を重ねたのです。
それまでは通して数回歌い、よい部分を選ぶことが多かったのに対し、この曲は約七時間かけて録音したといいます。
声を揺らすか、下から音をすくい上げるかまで、一行ずつ検討する方法でした。
同じ曲の中にラップもあり、そこでは少し気取った、皮肉っぽい態度を声にのせています。
この取り組みは、2024年のアルバム『AURORA』にも続きます。
作詞や作曲をした人にも歌の方向を見てもらい、普段の自分とは違う歌い方にしてほしいと、あらかじめ頼んで制作しました。
本人が利き手を変えるほどの難しさにたとえたのは、長年自然に出ていた歌い回しを変える作業だったからです。
アルバムには、ライブで人とつながり、一緒に盛り上がりたいという思いから、アップテンポの曲が多くなりました。
R&Bというルーツを生かしながら、そこに以前と同じ声の使い方をそのまま戻すのではなく、作り手とのやり取りで表現を選び直しています。
強い声を持ったまま、歌に必要な力を選ぶ
May J.の変遷を、力強い歌が弱い歌に置き換わった歩みとして見ると、途中の試行錯誤が見えなくなります。
八代亜紀との共演では力の配分を、「深呼吸」では語尾を、篠田ミルとの制作ではメロディーと声の距離を見直しました。
変えた場所も、変えるために必要だった作業も、曲によって違います。
大切なのは、得意な声をいつも同じ量だけ出さずに、曲が求める表情を選べるようになったことです。
その選択を一曲ずつ詳しく見ると、May J.の歌い方にある高音、ささやき声、ビブラートの違いも、歌の目的と結びついてきます。







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