中山美穂の「ただ泣きたくなるの」を、切ないバラードとして覚えている人は多いでしょう。
ところが本人は、2019年にこの曲を歌い直す際、元のイメージをもっと壊してほしいと望んでいました。
出来上がったのは、R&Bやヒップホップのリズムを取り入れたアレンジです。
あの声に、そんな伴奏が合うのか。
そう思ったら、1987年の「CATCH ME」を思い出してみてください。
中山美穂は、にぎやかなダンス曲を歌ってきた人でもあります。
柔らかい声だから静かな歌だけが似合う、というわけではないのです。
切なさを感じさせる声が、強いリズムの中ではどんな魅力になるのか。
バラードとダンス曲を行き来すると、中山美穂の歌の面白さがもう少し見えてきます。
「ただ泣きたくなるの」は、強く言い切らない声だから切ない
1994年の「ただ泣きたくなるの」では、サビの旋律が高くなっていくにつれて、歌う人の気持ちも高まっていきます。
ただし、声までどこまでも力強くなる曲ではありません。
音楽評論家の石黒隆之は、高く上がった旋律が最後に裏声になることと、中山美穂の壊れそうな声の印象を、この曲の切なさに結びつけています。
たとえば同じ寂しさを歌うにしても、堂々とした声で言い切るのと、気持ちを抑えきれずに言葉にするのとでは、伝わる人物像が変わります。
この曲の歌声を後者として受け取ると、高音の細さも、力が足りないというだけの話ではなくなります。
誰かに甘えたいのに、素直には甘えられない。
その頼りなさが残るからこそ、歌の中の人に近づきたくなるのです。
ここで魅力になっているのは、すべての音を同じ太さで押し通すことではありません。
高くなったところで声の印象が変わり、強く言えない気持ちまで伝わってくることです。
中山美穂のバラードには、声の頼もしさとは別の理由で心に残る瞬間があります。
「CATCH ME」の華やかさは、声の大きさだけでは作れない
一方、「CATCH ME」は角松敏生が作詞・作曲・編曲を手がけたダンス曲です。
こちらでは、歌だけを取り出して上手さを考えるより、ドラムやコーラスと一緒になったときの勢いに注目したくなります。
角松への楽曲提供の依頼は、もともと中山美穂本人から始まったものでした。
角松は、10代だった彼女を大人っぽく見せようと曲を書いたと振り返っています。
中山美穂が曲を作ってほしい相手を選んだことから、声に似合う音楽を一緒に探す関係も生まれていたのです。
この録音を2021年に再編集したプロデューサーのNight Tempoは、もともと歌に強いリバーブがかかっていることを話しています。
リバーブは、声が鳴ったあとに残響を足す処理です。
声が実際より大きな空間へ広がるような効果があり、録音で感じる華やかさには、歌手の声に加えて、こうした音作りも関わっています。
Night Tempoにとって「CATCH ME」は、子供の頃に日本の音楽を好きになった曲でもありました。
当時は日本語の意味が分からなくても、格好よさを感じたといいます。
歌詞を理解できなくても、曲そのものを好きになる体験だったのです。
バラードなら、伸びた声の頼りなさを切ない気持ちとして聴く。
ダンス曲なら、声が伴奏と一緒に弾む感じを楽しむ。
同じ歌手でも、曲によって耳を引くものが違います。
「CATCH ME」の華やかさをすべて中山美穂の声量に置き換えてしまうと、声と録音の組み合わせで作られた面白さを見落としてしまいます。
強い伴奏の中でも、声まで強引にならない

この声と伴奏の関係は、1997年のアルバム『Groovin’ Blue』でも面白くなります。
「マーチカラー」や「嘘はやめた〜DISAPOINTED LOVE」を含む、低音やリズムの存在感が強い作品です。
音楽ライターのつやちゃんは、そんな伴奏に対して、中山美穂の歌が弱々しくも、張り合うようにもならない点を評価しています。
ここでいう強い低音は、ベースなどの伴奏の音です。
その伴奏がリズムを強く刻み、歌声には柔らかさが残る。
伴奏と同じ力で押す声なら勢いが増すでしょうが、柔らかさが残れば、強いリズムの中に穏やかな表情も生まれます。
中山美穂の声を、伴奏に勝つか負けるかだけで聴かなくてもよいのです。
ミッツ・マングローブも、曲をまとめて聴き直した際、中山美穂の声はさまざまなサウンドになじみ、長く聴いていても疲れにくいと話していました。
声に特徴がない、という評価ではありません。
歌手本人の声だと分かりながら、その曲の雰囲気にも自然に入っていけるという魅力です。
バラードで感じた柔らかさは、ダンス曲では邪魔になるどころか、強い伴奏との違いを楽しむ理由にもなります。
声と伴奏を違う質感で組み合わせることが、この歌手の魅力を広げていました。
自分のヒット曲も、懐かしむためだけには歌わない

2019年のアルバム『Neuf Neuf』では、高田漣が全曲のアレンジを担当しました。
「ただ泣きたくなるの」のセルフカバーがR&Bやヒップホップ寄りになったのも、このときです。
本人が求めたのは、昔の中山美穂をそのまま再現する仕上がりではありませんでした。
同じ旋律を歌っていても、ゆったりしたバラードと、リズムが前に出る伴奏とでは、聴くときに気になる部分が変わります。
長く伸ばす声を待つのか、それとも伴奏の拍に対して言葉がどう続くかを追うのか。
2019年版の「ただ泣きたくなるの」は、知っている曲を別の聴き方で楽しむ機会になります。
本人も、セルフカバーを懐かしさより新曲を歌うような気持ちで捉えていました。
もちろん、聴く側が1994年版の切なさを好きでい続けてもよいでしょう。
実際、両方を聴いたファンの感想にも、原曲のアレンジを好む声があります。
新しい版が出たからといって、古い版の良さまで取り替わるわけではありません。
興味深いのは、中山美穂自身が「この曲はこう歌うものだ」と固定していなかったことです。
慣れ親しんだ伴奏を変えると、同じ声にも違う役割が生まれる。
柔らかい声をダンス曲に合わせてきた人だからこそ、この試みも突飛な寄り道には見えなくなります。
あの声を、いろいろな曲の中で聴きたくなる
中山美穂の歌を聴くときは、高音を力強く出せるかだけでなく、その声がどんな伴奏の中にあるかにも目を向けたくなります。
「ただ泣きたくなるの」では、言い切れない気持ちを感じさせる声。
「CATCH ME」では、リズムや残響と一緒に華やかになる声。
そして『Groovin’ Blue』では、強い低音の中に柔らかさを残す声です。
切ないバラードが好きなら、その印象を持ったままダンス曲へ進んでみる。
にぎやかな伴奏の中で、バラードとは違う形で同じ声にひかれるかもしれません。
中山美穂の柔らかい声は、切なさを伝えるためにも、強いリズムに穏やかな表情を添えるためにも生きているのです。







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