當山みれいの歌声はどう変わった?「願い」のアンサーから声色を選ぶ歌手へ

當山みれいのアーティスト写真 シンガー

「願い~あの頃のキミへ~」で當山みれいを知った人には、失恋の気持ちを代わりに歌ってくれる人という印象があるかもしれません。
しかし初期の彼女は、聞き手を力強く引っ張るつもりで歌っていました。
そこから言葉の伝わり方に悩み、相手役の女性を想像し、やがて自分なら書かなかった恋まで歌うようになります。

そのたびに変わったのが、声に求める役割です。
自分の意志を押し出す声と、誰かの気持ちになって話す声。
その両方を選べるようになるまでには、憧れの歌手との制作で自信を失った経験もありました。

2014年――大きな力を引っ張る役から始まった

當山は中学2年の夏から1年間、ニューヨークへ留学しました。
現地ではゴスペルグループ「Gospel For Teens」に参加し、リードボーカルを担当しています。
2014年の取材では、歌のうまい仲間たちが持つ大きな力を引っ張る難しさと、その楽しさを振り返りました。
本人が歌っていたのは、大勢の声を受けながら前に立つ場所だったのです。

2014年、日本で「Fallin’ Out / I Wanna NO feat. SHUN」を発表。
後年、本人は「I Wanna NO」を、聞き手に自分の意見を言うよう促し、手を引くつもりで歌った曲と説明しています。
恋の相手を思って立ち止まる歌だけで、最初から出発したわけではありません。

2016年――「My Way」で自信をなくし、日本語を聴き直す

清水翔太がプロデュースした「My Way」は、憧れの人と作れたという喜びだけで終わった曲ではありません。
當山は2018年の取材で、その制作後に落ち込み、自分が正しいと考えていたことの曖昧さを思い知ったと明かしています。
助言に応えきれない部分があり、その後も言われたことを思い出しながら学び直しました。

そこで課題になったのが、歌う言葉でした。
それまでは英語や韻の面白さを重視していたものの、日本語では助詞一つで伝わる意味が変わる。
短い曲の中で気持ちを伝えるため、日本語の歌を聴き込み、どの言葉がよいのかまで考えるようになったそうです。
声を磨くことと、何を届ける声なのかを決めることが、ここで結びついていきます。

同年の「君のとなり」では、従来以上に言葉を届けようとしたことが、レーベルから紹介されています。
また、涙を流すことをテーマにしたMVへの反響は、次の作品の方向にも関わりました。
當山によれば、それをきっかけに、聞き手の心が動いて涙になるような曲を作りたくなったのです。
強く励ます歌から、相手が抱えている気持ちに寄り添う歌へと、関心が広がっていました。

2018年のインタビューで撮影された當山みれい
2018年のインタビューに登場した當山みれい 出典:音楽ナタリー

2017年――「願い」で、歌い続ける意味をつかむ

この頃の活動には、進路への迷いもありました。
2019年のLINE MUSICの取材で、當山は高校3年の周囲が受験へ向かう中、自分の活動に望んだ結果が出ず、歌手を辞めることも考えたと話しています。
それでも歌いたい気持ちから生まれたのが「願い~あの頃のキミへ~」でした。
既存曲の歌詞や編曲を変えることへの不安を越え、その時に歌いたいものを選んだのです。

童子-T feat. YU-Aの原曲に対し、當山は女性の側から返事を書きました。
ラップの部分と時系列を対応させ、韻を使いながら歌へ話し言葉のリズムを取り込んでいます。
原曲のメールをLINEへ置き換えたのも、今の生活から返事をするためでした。
歌詞の人物が変わることで、歌の言葉の運びも変わったのです。

本人がまず原曲に重ねたのは、恋人だけでなく、家族や友人、支えてくれた人への思いでもありました。
自分に響いた気持ちを、別の登場人物の言葉へ移して歌う。
この経験が、次のアンサーソングへつながります。

2018年――アンサーの主人公と、自分自身を歌い分ける

清水翔太の「My Boo」への返答となる「Dear My Boo」では、再び本人に制作を見てもらいました。
歌う際には、弱めの裏声を使う箇所についても助言を受けています。
「My Way」で応えきれなかった経験があるからこそ緊張したものの、當山には、以前より表現できたという手応えがありました。
一度失った自信を、同じ相手との制作の中で確かめ直す機会になったのです。

一方、同年のアルバム『Answer』の表題曲では、初期の歌い方を振り返っています。
本人によれば、アンサーソングは想像した女性に合わせてかわいさやロマンチックさを選ぶ歌ですが、「Answer」の主人公は自分自身。
そのため、デビュー時に近い、さらに力強い歌になったと感じていました。

そこには、初期のライブで遠慮してしまった後悔もありました。
當山は、思い切って踊って笑われたことよりも、恥ずかしがって力を出せなかった公演の方を覚えていると話しています。
正解がまだ分からなくても、自分で選んだ道へ進みたい。
その気持ちを歌う「Answer」では、初期の強さが再び必要になったのです。

2020〜21年――自分に近くない恋を、別の声色で引き受ける

2020年、カバー企画でSTUPID GUYSの「偽愛」を歌う際には、理想としてきた恋愛像との違いに迷ったそうです。
しかし歌ってみると、その人物の気持ちにも共感できた。
この経験が、他者の書く恋を自分の声で表現する企画「MIREI TOUYAMA EXTENDED」につながりました。

2021年の「食えない」で選んだのは、幼さを残して背伸びする声でした。
本人は、普段の自作曲より若い声色になったと説明しています。
提供者の南雲ゆうきも、共演を通じて、歌に表情をつけて自分のものにする力を感じたとコメントしました。
自分が経験したことだけを歌わなくても、声によって主人公を生きた人物にできる。
アンサーソングで始めた役の選択が、さらに広がっています。

荒谷翔大が書き、mabanuaが編曲した「嵐の前の静けさに」では、伴奏の変化に合わせて歌い方も再検討。
當山は、ため息を含む独り言のように、歌と会話の間を探ったと話しています。
長く伸ばす音まで、その雰囲気に合う声色を研究したそうです。

録音に立ち会い、歌のディレクションもした荒谷は、彼女の声を聴いて緊張がほどけたと振り返っています。
とりわけ気に入ったものとして挙げたのは、曲の後半のボーカルでした。
提供された曲を受け取るだけでなく、その歌い手ならではのよさを、作者が改めて感じるやり取りも生まれていました。

2022年――「雨の音」で、作家の歌から自分の人物像へ

企画の最後は、当初、幸せなラブソングにするつもりだったといいます。
しかし川崎鷹也から届いた「雨の音」は、別れた相手を思う曲でした。
川崎自身も、當山が歌うことで完成する歌として書いたと説明しています。
新しい恋の形を歌ってきた後で、彼女は再び失恋の歌へ向き合うことになりました。

ただし、作家が歌ったデモのよさをそのまま写すわけにはいきません。
當山は、川崎の歌に引かれながらも、自分の一途さをどう加えるか考えたそうです。
Bメロは息の使い方で切迫感を作り、サビでは一人で泣いているような弱さや声の揺れを選びました。
「願い」で相手へ返していた言葉は、ここでは、一人の時間にこぼれる感情へと置き換わっています。

2021年の當山みれいのアーティスト写真
2021年の當山みれい 出典:ガルポ!

2024〜25年――「願い」を、届いた先から作り直す

2024年、當山は「願い~あの頃のキミへ~」を複数の編曲で扱うデジタルEP『NEGAI』を発表しました。
中国でのストリーミングの広がりから、歌手の太一との共演も実現しています。
日本の同世代へ届けようとした返事が、国を越えて聴かれ、共同制作へ戻ってきたのです。
RINZOを迎えた版も含め、このEPでは一曲をいくつもの形で扱っています。

さらに2025年には、過去のラブソングを赤い空間や衣装の中で捉え直す映像企画『Red Letters』でも「願い」を取り上げました。
こちらは映像による再解釈で、同曲を全編歌い直した録音と同じには扱えませんが、代表曲の見せ方を更新する試みです。

「願い~あの頃のキミへ~」Red Letters(2025年公開・26秒の短編)。

當山みれいの歩みでは、強く歌うことが古くなり、弱く歌うことが正解になったわけではありません。
「Answer」では自分の意志を前に出し、「雨の音」では揺れる気持ちを隠さない。
言葉の持ち主と場面に合わせて選べる声が増えたことに、変化があります。
曲の中でその選択をどう組み立てるかは、當山みれいの歌い方で詳しく見ています。

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