西田佐知子の歌い方|声を揺らさず、悲しみをにじませる

手を髪に添えてほほ笑む西田佐知子|ユニバーサル掲載『初めての街で ベストセレクション』のジャケット・撮影年不明 シンガー
手を髪に添えてほほ笑む西田佐知子|ユニバーサル掲載『初めての街で ベストセレクション』のジャケット・撮影年不明

西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」には、声をまっすぐ保ちながら、悲しみを浮かび上がらせる魅力があります。
その手がかりが、ノン・ビブラートと、音の高低による声の質感の違いです。
声の揺れと音色を分けて考えると、落ち着いた歌声の表情が見えてきます。

声を揺らさずに生まれる、クールな表情

「アカシアの雨がやむとき」は、1960年発売の曲です。
音楽評論家の馬飼野元宏は、西田の中低音の艶、ジャズの歌声を思わせるノン・ビブラート、クールに突き放すような歌い方に注目しています。
録音では、作詞した水木かおるから小説「巴里に死す」が題材だと聞き、パリの情景を思い浮かべて歌ったと伝えられています。

ビブラートは、音を伸ばす間に声の高さが規則的に揺れる表現です。
ノン・ビブラートという見方では、その揺れを大きくつけず、音をまっすぐ保つところが個性になります。
悲しい情景を歌っていても、声を大きく揺らして泣くように表すとは限らない。
西田のクールさは、曲の世界に入っていないという意味ではなく、その世界をどんな声で届けるかという表現です。

歌詞から場面を思い浮かべることと、その感情を声の揺れで強調することは、別の選択です。
西田の場合は、パリの風景を思い描いたという制作時の話と、感情を突き放すような歌唱評が、同じ曲について残っています。
情景を受け止めたうえで、声の表面には熱を出しすぎない。
そう考えると、淡々とした歌い方にも内側の思いを想像できます。

高い音の艶と、低い音のかすれ

声がまっすぐに進んでも、音色まで一様になるわけではありません。
「アカシアの雨がやむとき」について、八木正一らによる歌声の歴史的な研究は、高音域の艶と、低音域のかすれを分けて説明しています。

音を伸ばす途中で上下に揺らすことと、旋律が低くなると声の質感が変わることは、別の動きです。
揺れを目立たせなくても、艶のある声とかすれた声の違いがあれば、歌は同じ色のままにはなりません。
ノン・ビブラートという一語で、表情の変化まで少ないと考えないことが大切です。

「コーヒー・ルンバ」にも残る、愁い

「コーヒー・ルンバ」について、初期録音集『アーリー・デイズ』の評者は、クラベスの乾いた音と、短調のギターに物悲しさを感じています。
そこへ西田の愁いを含むクールな歌が重なる。
陽気な内容の歌詞に対し、声と伴奏が、少し寂しい後味を残すという評価です。

この曲の録音に関わった松村憲男は、当日まだ曲を覚えていなかった西田へ、ピアノで教えたと回想しています。
リズム感がよく、すぐ歌えるようになったという話です。
ラテンのリズムに乗れることと、声が陽気一色になることは同じではありません。
動く伴奏の中にも残る、少し距離を置いた表情が、この曲でも西田らしさになっています。

制作側がそのリズム感を生かそうとしていた点も、この録音を考えるうえで欠かせません。
佐藤剛がまとめた制作の経緯によれば、担当ディレクターの藤原慶子は、西田に外国の曲を歌わせる企画を進めていました。
「コーヒー・ルンバ」は、その流れから生まれた録音です。
ゆったりした日本の歌謡曲だけを得意とする声として、扱われていたわけではありません。

先ほどの初期録音集の評者は、「月影のキューバ」のような明るい曲でも、歌い終えたあとの印象に寂しさが残ると記しています。
曲の楽しさと、声が帯びる感情は、必ずしも同じ方向を向きません。
伴奏の弾みを聴いたあとに歌声へ注意を戻すと、西田が加える愁いを捉えやすくなります。

黄色い衣装の西田佐知子|ユニバーサル掲載『エッセンシャル・ベスト 1200』のジャケット・撮影年不明
黄色い衣装の西田佐知子|ユニバーサル掲載『エッセンシャル・ベスト 1200』のジャケット・撮影年不明。
画像出典:写真掲載元

後輩の歌手が教わった、力まない表現

西田の歌声は、後輩の歌い手にとっても、自分の表現を見直すきっかけになっています。
「女の意地」をカバーした小川みすずは、自身のブログで、西田を憧れの歌手として紹介しました。
小川は、幼いころから唸りのある演歌を歌ってきた一方、西田の歌を聴き、自然体で歌うことの大切さを知ったと述べています。

そこで小川が受け取ったのは、何とも力の抜けたように響く歌声でした。
「東京ブルース」「夜が切ない」「くれないホテル」も好きな曲として挙げています。
歌を強く届けようとするあまり、表現を重ねすぎてしまう人には、声を押し出さずに伝わる歌の例になるのでしょう。

小川の言葉を手がかりにすれば、歌の感情と、声から伝わる落ち着きを別々に受け止められます。
それでも、聴き手の胸に残るために、いつも大きな声や濃い節回しが必要なわけではないことを伝えてくれます。
「女の意地」のように感情を含んだ題名の曲でも、まず声の落ち着きに注目するという聴き方ができます。

リズミカルな曲を歌うときも、声の個性は手がかりになる

リズムの面から別の曲へ進むなら、「信じていたい」と「涙のかわくまで」も参考になります。
いずれも宮川泰が作曲した作品です。
音楽ライターの鈴木啓之は、前者のポップスらしさと、後者のさらにリズミカルで親しみやすい曲調を挙げています。

ここでは、「アカシアの雨がやむとき」の印象だけで西田の歌を捉えないことが大切です。
ゆっくりした歌で音を保つことと、弾む曲で言葉をリズムに収めることでは、耳を向ける場所が変わります。
長く伸ばした語尾だけを聴くのではなく、次の言葉へどう進んでいくかも追ってみたいところです。

伴奏が軽快になったからといって、歌手の声質や歌唱法まで別物になったと決める必要はありません。
声の揺れ、言葉の進み方、伴奏の動きを分けて聴けば、どの要素が曲の印象を変えているかを考えられます。

『いつもの午後』で聴く、艶と伸び

アルバム単位で声の魅力を探るなら、1977年の『いつもの午後』もあります。
音楽ブログ「重箱の隅をつつけ!」の評者は、この作品の声の艶と伸び、音程の確かさを高く評価しています。
初期の代表曲について語られるクールさに加え、旋律を伸ばす声にも注目したいという評価です。

同じ評では、「星のキラメク夜は」のジャズを思わせる編曲、「ミッドナイト・レイン」のボサノヴァ風の曲調など、伴奏の違いも紹介されています。
作家も編曲家も異なる曲が、西田の声によって一枚の作品としてつながると捉えられています。
声の個性は、一曲の決まった歌い回しだけにあるものではありません。

このアルバムを聴くときは、楽器の雰囲気が変わる曲同士を選び、その中で声がどう伸びるかを比べる方法があります。
「暗い」「気だるい」といった印象語だけでまとめず、音を保つ時間や、旋律が上がる場所を追うと、歌唱の輪郭をつかみやすくなります。

「アカシアの雨がやむとき」と「コーヒー・ルンバ」は、『ゴールデン☆ベスト 西田佐知子』にも収録されています。
まっすぐ保つ音、高低で変わる声の質感、軽快な曲にも残る愁い。
その違いを追うと、落ち着いた歌声の中にある表情を捉えやすくなります。

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