サージ・タンキアンの歌声は、激しさだけで説明すると、大切な変化を取り逃がしてしまいます。
System Of A Downで言葉を突きつける声と、オーケストラを前に響かせる声。
さらに、ジャズで近く語りかける歌や、ピアノだけで言葉を届ける歌もあります。
その歩みは、年齢とともに穏やかになったという一本道ではありません。
誰と、どんな伴奏で、何を伝えるのか。
その条件を広げながら、声の使い道を変えてきた過程をたどります。
自分の声を探していた出発点
System Of A Down以前のバンド、Soilで歌い始めたころ、サージはまだ自分の声を探していました。
サージは2024年、影響を受けた歌手の声で歌ってしまうところから、自分の声を見つけようとしていたと振り返っています。
最初から、完成された個性的な歌い手だったわけではありません。
それ以前にはキーボードを担当していた経験もありました。
本人が振り返るSoil時代の姿は、半分は叫び、半分は歌おうとしているような状態です。
複雑で激しい音楽に向き合ううちに、自分の中から表現が引き出されたと説明しています。
うまく整った歌を再現することより、曲の中で自分が出せるものを探すことが先にありました。
初期のSystem Of A Downには怒りが多く、叫ぶことが否定的な感情を外へ出す行為になっていたとも話しています。
声の荒さは、単に激しいジャンルの記号ではありませんでした。
歌う本人にとっても、感情を形にする切実な役割があったのです。
2001年、激しさと旋律が一つの曲に収まる
1998年のデビュー作に続く「Toxicity」では、33曲を録音した中から収録曲を選んでいます。
サージが当時強調したのは、奇抜さだけではなく、ダロン・マラキアンの優れた構成力でした。
本人はバンドの曲の組み立てを、むしろポップなものとして捉えていました。
「Chop Suey!」は、その両面を知る手がかりです。
激しい部分から伴奏が落ち着き、旋律が前に出る対比にも、聴きどころがあります。
叫びだけを切り取れば、この歌の一面しか見えません。
声の険しさと、旋律を歌う広がりを一曲の中に置くことで、感情が大きく動く構成になっています。
2005年、ダロンと声の役割を分け合う
「Mezmerize」「Hypnotize」の時期には、ギタリストのダロンが歌う部分も重要になります。
後編の「Hypnotize」でも、ダロンは多くの歌唱を担いました。
サージは、誰が何をするかを固定せず、曲が必要とする声を使うという考えを説明しています。
二人の歌声をどう配置するかによって、サージの声が担う役割も変わります。
自分の曲を持ち寄る一方で、ほかのメンバーが加わる余地も残す。
歌は、個人の能力を見せるだけでなく、バンドの曲を組み立てる材料になっていました。
2007年、自分で声を置く場所を作る
初のソロアルバム「Elect The Dead」は2007年に発表されました。
サージはこの制作を、System Of A Downのデビュー作と同じように、自由な実験への興奮があった仕事と振り返っています。
静かな曲だけへ移ったのではなく、ロックを軸に、曲の勢いやテンポの変化も残した作品でした。
サージは、曲はピアノやアコースティックギターで書き始め、最初からロックの編成にすると決めていたわけではないと説明しています。
声や楽器をどんな音にしたいかを考え、歌い手とプロデューサーの立場を行き来して仕上げました。
用意された伴奏に歌うだけでなく、歌声を取り巻く音まで自分で選ぶようになったのです。
2009年のオーケストラ公演で変えた声の出し方
大きな転機は、2009年3月のオークランド・フィルハーモニア管弦楽団との公演です。
翌2010年に「Elect The Dead Symphony」として発売され、ソロ曲を70人編成のオーケストラと演奏する形になりました。
「Empty Walls」など、もとのロック版を知っている曲にも、別の伴奏と向き合う機会が生まれます。
サージは、曲をいったんピアノと声へ戻し、そこから弦や管のパートを考えた過程を説明しています。
既存のロック伴奏の後ろに弦を足すだけではなく、曲を支える音を組み直したのです。

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その違いは発声にも及びました。
本人は、電気楽器と音の領域が重なるロックでは押し出した荒い声になりやすい一方、オーケストラでは明瞭に、しっかり響かせる声が合ったと説明しています。
伴奏に合わせて声の届け方を変えた、本人の言葉で確かめられる転機です。
「Empty Walls」— オークランド公演(2009年収録/2010年公開)
続く2010年の「Imperfect Harmonies」では、オーケストラを背景の飾りではなく、バンドの一員として扱いました。
制作では、音を重ねていった前作とは異なり、いろいろな要素を入れた後で取り除く方法も採っています。
電子音やジャズの要素も加わり、歌が向き合う音楽の密度や組み合わせが広がりました。
2013年、深く親密な声を選ぶ
「Jazz-Iz-Christ」では、声を近く届ける別の方向が現れます。
「Distant Thing」は、サージが音楽を担当した舞台「Prometheus Bound」から発展した曲です。
サージは2013年、舞台で女優が大きく力強い声で歌っていた曲を、自分は深い声で、個人的で親密な表現にしたと説明しています。
家庭から生まれた歌と、異なる声を組み合わせる作品
2021年のEP「Elasticity」には、息子の名前を題にした「Rumi」が収められました。
家のピアノで作曲しているとき、そばで遊ぶ息子の注意を引こうと名前を歌ったことが出発点です。
デモに残った繊細さを大切にしたと、本人は説明しています。
2023年に発表した「Invocations」では、さらに自分以外の声の組み合わせへ関心が向かいます。
テナー、アルト、ワールドミュージックやデスメタルの歌い手など、普通は同じ場に置かれない声を合わせたいと考えた作品です。
長く伸びるフレーズを持つ音楽の中で、声同士の違いが構想の中心になっていました。
自分の声で感情を押し出すことから始まった表現は、親しい相手へ呼びかける歌にも、複数の声を配置する作品にも広がっています。
大きな声を出す技術だけで、この変化を説明することはできません。

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2024年以降、昔の声を残すという選択
2024年の「Foundations」は、過去の録音を見直したEPです。
「A.F. Day」には、約25〜30年前のデモの歌声が残されています。
本人は、今ならよりよく歌えるとも考えたものの、当時のざらついた質感は再現できないので残したと話しています。
同じEPの「Justice Will Shine On」では、昔の曲に2015年の段階で新しいコーラスを加えるなど、曲ごとに手の入れ方も異なります。
発売された年だけで声の変化を並べると、この作品の面白さを見失います。
昔の声を今の自分で塗り替えず、その時期の表現として認める判断も、彼の現在地なのです。
2025年の「Covers, Collaborations & Collages」も、過去の録音を含む作品集です。
ビック・ルンガとの「Things Unspoken」など、共演相手の声と交わる歌も収めています。
新しい発売作をすべて新録と見なさず、どんな組み合わせを選んで世に出したのかを見る必要があります。
クリス・デ・バーのカバー「I’m Counting On You」では、ピアノと声という簡潔な編成を選んでいます。
サージは、この形が歌詞のメッセージを届けることにつながると説明しました。
声の存在感を、伴奏の大きさに頼らず示す選択です。
サージ・タンキアンの変遷は、激しい声を失って静かな歌へ移ったという話ではありません。
バンドで声を分け合い、伴奏を組み替え、親密な歌い方を選び、昔の録音の価値も残してきました。
声そのものの変化と、声をどう使うかという判断が、重なっているのです。
具体的な声の選び方は、サージ・タンキアンの歌い方で掘り下げています。

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