シーアの「Chandelier」には、大きく声を伸ばして、一緒に歌いたくなるサビがあります。
ところが、曲の中の人物は、心から楽しい夜を過ごしているわけではありません。
酒と騒ぎの中でつらさを忘れようとする人の歌です。
それなら、なぜこれほど大きく、気持ちよく広がるサビを歌うのでしょうか。
この曲では、その明るさがあるからこそ、そこへ逃げ込もうとする必死さも伝わってきます。
シーアのかすれを含む強い声は、華やかなポップの中に、その危うさを残す声になっています。
高く上がるサビで、問題が解決するわけではない
2014年の『1000 Forms of Fear』に収められた「Chandelier」は、夜遊びを無条件にたたえる歌として書かれた曲ではありません。
シーア本人は、パーティーを楽しむ女性を描いたポップソングがたくさんある中で、違う見方をしてみたかったと説明しています。
苦しい場面からサビへ進み、声が大きく開くと、聴く側も晴れやかな気分になりやすいものです。
ポップソングでは、その盛り上がりが、困難を乗り越えた喜びを表すこともあります。
けれど、この曲の人物は、盛り上がったからといって、抱えている苦しさから抜け出せたわけではありません。
サビにあるのは、今夜だけは何も考えずにいたいという切実さです。
大きな声が、安心の証拠にならない。
この前提を知ると、シーアの高音を、爽快な見せ場として聴くだけでは済まなくなります。
かすれた強い声に、無理をしている人の姿が浮かぶ
シーアの声には、ざらついたり、かすれたり、割れるように響いたりする部分があります。
高音でも、そのざらつきがなくなって、澄んだ声だけになるわけではありません。
強く押し出した声の中に、今にも泣きそうな響きや、言葉を言い切ろうとする力を感じることがあるのです。
ここで面白いのは、声の大きさと、歌う人物の強さが同じではないことです。
弱さを隠そうとして、かえって大きな声になることもある。
「Chandelier」では、力強く歌える声だからこそ、歌の中の無理をしている人を想像する余地が生まれます。
ここで聴きたいのは、声の荒さを通して、歌の中の人物がどう見えてくるかです。
思いきり楽しんでいるようにも、楽しもうと必死になっているようにも聞こえる。
歌詞に描かれた夜を知ると、同じ高音の中に、後者の切迫した気持ちを感じやすくなります。

ピアノとマリンバから、あのサビが生まれた
この大きな曲は、最初から完成した伴奏を用意して、歌を当てはめたものではありませんでした。
共作者のジェシー・シャトキンによると、グレッグ・カースティンとの制作の合間に、シーアと二人でスタジオの演奏室へ入ったのが始まりです。
シーアがピアノに座り、シャトキンはマリンバを弾きました。
気に入った和音の流れができると、シーアはその上で歌い、スマートフォンに録音します。
シャトキンが伴奏を作り込み、シーアが旋律と歌詞を仕上げていきました。
壮大なサビのもとには、楽器を鳴らしながら、声で曲を探す時間があったのです。
長く協働してきたカースティンも、シーアとの制作では、最初に出た発想がそのまま曲の中心になることが多いと話しています。
何通りものサビを作って比べるというより、最初に現れた感情の勢いを生かす。
どの曲でも一切修正しない、という意味ではありませんが、彼がシーアとの仕事で強く感じた特徴でした。
シーアは、声に出して歌いながら、この曲の旋律を作っていました。
高く上がる旋律も、それを歌うときの声の勢いも、一緒に試せる作り方です。
あのサビには、作曲家として考えた形と、歌手として声を出す感覚が、近いところにあります。
覚えやすいメロディーだから、危うい声が残る
シーアは、自分の曲を歌うだけでなく、他の歌手のためにも数多くの曲を書いています。
その仕事では、誰が歌うのかを考え、似合う伴奏や題材を選ぶことも必要になります。
強い声で歌うことに加えて、聴く人に曲を覚えてもらうための工夫もしています。
本人は、旋律には直感的に出てくる面があり、歌詞には技術を使って作る面があると説明しています。
「Chandelier」という題材にも、耳に残り、曲を思い出す手がかりになる強さがありました。
声の感情と、ポップソングとして覚えてもらうための工夫が、同じ曲に入っています。
聴き手がサビを覚えられると、次はどこで声が伸びるのかを待つ楽しみが生まれます。
その待っていた場所へ、シーアの荒さを含む声が来る。
メロディーが分かりやすいからこそ、歌い方の切迫感も印象に残りやすいのでしょう。
そして「Chandelier」では、その覚えやすいサビが、苦しさを忘れようとする人物の歌になっています。
一緒に歌いたくなるほど明快なのに、歌っている人の気持ちは明るいだけではない。
声の荒さとメロディーの親しみやすさが重なることで、その複雑さが耳に残るのです。

自分で歌いたい曲になった理由
「Chandelier」は、初めからシーア自身のためだけに作った曲でもありませんでした。
他の歌手へ渡す可能性があったものの、シーアは歌ってみて、自分に近い曲だと感じ、手元に残しました。
得意な高音を見せる曲を探したというより、書いた言葉が自分にも通じていると気づいたのです。
この話を知ると、曲の派手さの中に個人的な感情が残っていることも納得できます。
ただし、シーアは発表した曲を、聴き手が自分の経験に重ねて受け取ってほしいとも話しています。
彼女の人生を詳しく知らなければ味わえない曲、ということではありません。
初期の静かな曲から、他の歌手のための曲作り、そして自分が大きなサビを歌うようになるまでの流れは、シーアの歌声の変遷でたどっています。
その歩みの中でも「Chandelier」は、ポップの華やかさと、個人的な苦しさが近づいた一曲です。
もう一度サビを聴くなら、高さだけでなく、その高音へ向かっていく声にも耳を向けてみてください。
気持ちよく歌い上げながら、簡単には安心させてくれない。
その二つを同時に感じさせるところに、シーアの歌い方の強い魅力があります。






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