チノ・モレノ(Deftones)の歌声の変遷|叫びの先で見つけた旋律、ハーモニー、低い声

2025年、『private music』期のDeftones シンガー
2025年、『private music』期のDeftones

Deftonesのチノ・モレノは、激しい声と、音の中へ溶けていくような歌を行き来するシンガーです。
ただ、その幅を最初から自分のものとして意識していたわけではありません。
歌手としての自信を持てなかった初期から、誰の声か驚かれるほど低い音域を試す近年まで、彼は作品の中で自分の声を発見してきました。

1990年代、歌い手としての自信が育つまで

1995年の『Adrenaline』を作った頃、チノはまだ自分を歌手とも表現者とも思えず、試行錯誤で録音に向き合っていました。
緊張で歌詞を決めきれず、その場で出た言葉が残った部分もあると振り返っています。
初期の勢いの内側には、歌をどう形にするかを探している若い本人がいました。

ツアーを重ねて迎えた1997年の『Around the Fur』では、バンドとしての手応えが変わります。
本人がこの作品について繰り返し挙げたのは、自信でした。
長く蓄積した曲を初めて録音する段階から、その時の充実を作品にする段階へ進んでいます。

歌への関心も、この時期の変化を考える手掛かりになります。
初期にあったラップ的な表現を意識的に封印したのではなく、次第に歌うことへ好奇心が向かったと、本人は説明しています。
若い頃に親しんだラップから出発しながら、声で旋律を描く面白さを探すようになったのです。

「Be Quiet and Drive (Far Away)」も、その時期に生まれた曲です。
特定の音楽性を狙って作ったのではなく、スティーヴン・カーペンターとエイブ・カニンガムが形にした演奏に、チノが声を重ねました。
完成した歌に、激しさと美しさが同居する別の空間を感じたといいます。

ここで広がったのは、強く叫ぶ以外の選択肢です。
重い演奏をそのまま声でなぞるだけでなく、旋律を置くことで違う感情を浮かび上がらせる。
演奏に反応しながら歌を作る姿勢が、チノの表現を一つの印象に閉じ込めない働きをしています。

『White Pony』で、歌が作る景色を広げた

2000年の『White Pony』では、「Digital Bath」の歌を録り終えた時に、大きな手応えを得ました。
チノはその音楽に、好きだった要素がありながら、これまでとは違う未来的なものを感じています。
同じ作品の「Elite」では、重いリフに激しく応じており、旋律の世界を広げることが、荒々しさを捨てることにはなっていません。

「Digital Bath」と「Elite」を同じ歌手が担うことで、アルバムには大きな振れ幅が生まれました。
曲が求めるものに応じて、声を鋭くぶつけることも、音楽の景色を広く感じさせることもできるようになっていきます。

2012年の取材に掲載されたチノ・モレノ
2012年の取材に掲載されたチノ・モレノ。
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2010年代、叫びと同じ強さを旋律に求める

2010年の『Diamond Eyes』から2012年の『Koi No Yokan』へ向かう頃、チノは、適切な旋律が大きな叫びと同じくらい強く働くと考えていました。
若い頃と同じ怒り方をするのではなく、別の伝え方を探すようになったのです。
最初の数秒で全てが分かる曲よりも、途中で景色の変わる曲を求めています。

制作も、長い時間をかけて最初の発想を見失うやり方から、その時の核を捉える方向へ変わりました。
『Diamond Eyes』では曲作りから録音までを約半年で進めています。
声の変化は、音楽を作る時間や、仲間とのやり取りの変化とも結びついていました。

旋律にも、叫びに匹敵する表現の強さを求める。
聴き手を動かすために、どこで声を押し出し、どこで曲を別の場所へ連れていくのか。
一瞬の衝撃に加えて、一曲を通じた感情の移り変わりが、歌の役割として大きくなっていきました。

別の活動では、声を入れること自体にも向き合いました。
Team Sleepを始めた頃には、控えめな音で雰囲気を作る音楽に、歌の入る余地を感じなかったこともあったといいます。
2013年のPalmsでは、すでにある演奏へ声を加え、曲が開いていく経験をしました。

常にボーカルが音楽の中心を占めるとは限らない。
そう考えられる活動が、Deftonesの外にもありました。
声を大きく目立たせる方法に加えて、演奏の持つ空気を壊さず、そこへどう参加するかという問いも深まっていきます。

『Ohms』では、一人で決めないハーモニーへ

2020年の『Ohms』では、ハーモニーの作り方にも変化がありました。
「Ceremony」などでは、当時のベーシスト、セルジオ・ヴェガがボーカル制作に関わり、二人で口ずさみながら旋律を探しています。
普段は自分に任されることの多い歌に、別の音楽家の反応が加わったことを、チノは歓迎していました。

一つの声で強弱をつけるだけでなく、声同士の関係でも曲を動かせる。
その可能性を、気心の知れたメンバーと一緒に探した時期です。
歌い手としての個性を保ちながら、声の配置を他者と考えることで、曲の中に新しい奥行きが生まれます。

この頃チノは、自分を旋律の担当、スティーヴンをメタルの担当と分ける見方にも異を唱えています。
二人とも重い音楽と旋律的な音楽を好み、単純な役割分担ではないと説明しました。
チノが歌の幅を広げる歩みも、激しい音楽から離れていく過程とは言い切れません。

2020年、『Ohms』期のDeftones
2020年、『Ohms』期のDeftones。
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Crossesで見つけた、低い声の新しい居場所

ショーン・ロペスと組むCrossesでは、カバー曲が次の発見につながりました。
Cause & Effectの「The Beginning of the End」を歌った時、チノは自分の低い声を改めて見いだしています。
その経験は、2022年の「Protection」で低い音域を使うことにも影響しました。

2023年の『Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.』でも、ロペスはチノのとても低い音域を好んでいました。
声の主を尋ねられることを、チノ自身も喜んでいます。
すぐに自分だと分かる歌だけにとどまらず、期待と違う声を作品に置くことも楽しむようになっていました。

冒頭曲「Pleasure」は、ロペスのシンセサイザーのループへ即座に反応して生まれています。
最初に歌った旋律が残り、歌詞は後から形になりました。
チノは曲が完成する前から、これをアルバムの最初に置きたいと考えていました。

新しさは、突然別人の声になることではありません。
自分の声にまだ使っていない場所があり、別の曲や共作者がそこを引き出してくれる。
Crossesでの低音は、長く歌ってきた後にも、歌い手自身が驚ける余地を示しています。

2025年、小さなデモの声を作品へ残す

2025年の『private music』に収めた「Departing the Body」には、深夜のホテルで周囲を起こさないよう、小さく歌った発想があります。
プロデューサーのニック・ラスクリネッツは、その低い音域での歌い方を保つよう促しました。
控えめに歌った仮のアイデアが、曲の表現を決める手掛かりになったのです。

同じ作品の「I Think About You All the Time」では、最初のコードから、相手を腕の中へ迎えるような温かさを感じたと話しています。
そうした無防備な感情を歌にすることにも、以前より自信を持てるようになりました。
ただ、1997年の「Mascara」にも脆さはあったと本人は振り返っており、優しさを近年になって初めて覚えたわけではありません。

初期にあった感情を、今の自分なら違うためらい方、違う声の置き方で歌える。
チノの変遷は、その積み重ねとして捉えると分かりやすくなります。
激しく歌う力も、静かに歌う魅力も残したまま、曲に差し出せる声が増えてきたのです。

自分を歌手だと思えなかった青年は、長い活動を経て、思いがけない声も作品へ迎え入れるようになりました。
その歩みを聴く時には、大声の迫力だけでなく、小さな声が採用された理由にも耳を向けたくなります。
具体的な声の使い分けは、チノ・モレノの歌い方で掘り下げています。

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