スリップノットの仮面と、ストーン・サワーの素顔。
コリィ・テイラーは、この二つの姿で知られるシンガーです。
ただ、歌声の歩みを追うと、激しい声から穏やかな声へ移った、という順番では収まりません。
メロディーを歌う場所を取り戻す一方で、叫びを続けられる状態も見直してきました。
何を歌えるかに加え、どの曲に、どんな自分の声を置くかが変わっていったのです。
1999年、勢いだけでは続かなかった声
1999年のオズフェストについて、コリィは、声を傷めてツアー中の会話にノートとペンを使ったと振り返っています。
歌える時間を限り、それ以外は声を休める必要がありました。
スリップノットが一気に注目を集めた時期は、声の扱い方が完成していた時期でもあった、とはいえません。
舞台で発揮する勢いと、その舞台を翌日も続けることの間に、すでに問題が生じていたのです。
ここを出発点にすると、後年の歌い方を、単に若い頃より丸くなったと捉えずに済みます。
激しい表現を残すためにも、自分の声との付き合い方を変える必要があった。
初期の成功の裏にあったこの経験は、その後の歩みを読むうえで見落とせません。
2002年、「Bother」で表に出た以前からの歌
2002年にストーン・サワーがアルバムを発表した際、コリィは、メロディーを歌うことや、音数を絞った音楽という自分の原点に戻りたかったと説明しています。
スリップノットの活動に消耗し、そのまま次作には打ち込めないと考えていました。
別のバンドは、曲に向かう気持ちを取り戻す場所でもあったのです。
「Bother」のような曲も、突然書けるようになったわけではありません。
本人は、以前からそうした曲を作っていたものの、世間には見せていなかったと語っています。
この時期の変化は、柔らかな歌を新しく身につけたこと以上に、すでに持っていた歌を聴き手の前へ出したことにあります。
二つの活動が並び始めたことで、コリィという歌い手の輪郭が広がりました。
『Vol. 3』の頃、歌う状態を立て直す
2004年の『Vol. 3: (The Subliminal Verses)』をめぐっては、表現の幅と、録音時の不調を分けて考える必要があります。
コリィは後年、制作の初めの数か月は飲酒や生活の乱れで声の状態が悪く、音程を保つことも激しい声を出すことも難しかったと話しています。
歌唱の途中でテイクを崩してしまうという、作品を仕上げる以前の問題を抱えていました。
また、ヴォーカル指導者のメリッサ・クロスは、コリィが自分のもとで学び始めたのは、このアルバムのツアー中だったと説明しています。
『Iowa』の録音後、さらに『Vol. 3』を制作した後の話です。
初期から同じ方法を完成させて使い続けたのではなく、活動の途中で学び直す機会を持ったことがわかります。
2008年、「Snuff」が二つの活動の境を越える
スリップノットの『All Hope Is Gone』に入った「Snuff」は、ストーン・サワーで育てた作り方との接点がはっきりしています。
両バンドのギタリストだったジム・ルートによれば、コリィのアコースティックギターと歌を土台に録音を始め、ドラムやギターを重ねていきました。
ルートは、その進め方をストーン・サワーの「Through Glass」と結びつけています。
これは、穏やかに歌う曲を別の名義に振り分けるだけの関係から、一歩進んだ出来事です。
バンドの大きな音がある前に、歌と曲の形があり、そこへ演奏が集まっていく。
ルート自身が二つのバンドの境界を考えたほど、歌を中心にした制作がスリップノットの中でも存在感を持つようになっていました。
2010年、旋律とハーモニーを意識して押し広げる
ストーン・サワーの『Audio Secrecy』では、コリィの狙いがより明確になります。
本人は、一曲ごとにメロディーとハーモニーを豊かにし、叫ぶ歌い方から距離を置いてみたかったと語っています。
年齢を重ね、以前と同じことを同じように叫び続ける気持ちではなくなったことも、その理由でした。
曲が求める感情に、別の声で応えようとしていたのです。
「Hesitate」では、コリィが複数の楽器を演奏してデモを作り、そこからバンドが曲を広げました。
本人の構想を完成形として固定するのではなく、仲間の演奏によって歌の置かれる景色が変わっていく。
このアルバムは、歌える音域の拡張より、旋律をどう生かすかという関心が前に出た時期といえます。

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2017〜2019年、声を保ちながら新しい響きを受け入れる
2017年、コリィは、自分が健康であるほど声も強く感じられると話し、長く歌い続けたいという意向を示しています。
将来も曲のキーを大きく下げずに歌いたいという願いも口にしていました。
本人の実感からは、目の前の公演を乗り切ることに加え、声を使い続ける時間を考える視点が見えます。
2019年のスリップノット「Unsainted」では、自分の外から届く提案を受け入れる場面もありました。
コリィによれば、この曲は何度か録音しても決め手を欠き、最後まで完成が残った曲です。
クラウンとプロデューサーのグレッグ・フィデルマンが合唱を提案し、その構想を得て、改めて切迫感を持って録音し直しました。
本人は最初、合唱の案に乗り気ではなかったものの、実際の仕上がりに心を動かされたと述べています。
ここで変わったのは、歌手一人の声の出し方だけではありません。
自分の声をどの響きの中に置くかという選択まで広げたことで、バンドの歌に新しい入口ができたのです。

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2020年、二つのバンドに収めていなかった曲へ
初のソロアルバム『CMFT』には、特定のバンドで発表する予定を立てずに書きためていた曲が持ち込まれました。
コリィはソロ制作を、スリップノットやストーン・サワーが嫌になった結果とは説明していません。
両者の役割からいったん離れ、自分が楽しんできた音楽を出せる場所が生まれたのです。
妻のために書いた「Home」では、その曲を自分で演奏し、録音するために、約二年半ピアノを学んだと語っています。
歌手としての新しい面を出すために、声だけを磨くのではなく、歌を支える楽器まで身につける。
ソロという自由は、こうした具体的な取り組みも伴っていました。
同年、コリィは『CMFT』を、自分が喜びを感じる様々なスタイルを、もっとも広く示せた作品とも説明しています。
歌うことと楽器を弾くこと、その両方を曲作りへ生かしたいという姿勢です。
スリップノットのファンがどう受け止めるかを先に考えていたら、作らなかっただろうとも話しています。
それまでに築いた強烈な歌手像から選曲を始めるのではなく、自分が歌いたい曲から作品を組み立てるようになったことが、ソロ第一作の大きな意味でした。
2023年、曲を並べるところから、一作の流れを作るところへ
『CMF2』について、コリィは前作との違いを、曲作りそのものを受け止めてくれる聴き手がいるとわかったことに求めています。
まず手持ちの曲を出してみた第一作から、今度は意図を持って一枚の流れを作る段階へ進みました。
重い部分と静かな部分、それぞれの違いも意識して打ち出しています。
「Sorry Me」のように過去の自分と向き合う曲もあれば、妻への思いから生まれた「Beyond」のような曲もある。
一つの感情を強く押し出すだけでなく、異なる感情を自分の作品の中に並べることが、ソロの大切な役割になりました。
初期に表へ出しきれていなかった歌が、二つのバンドを経て、一人の作り手の作品としてまとまり始めたのです。
コリィの歩みには、声の不調に向き合う変化と、曲のために表現の場を増やす変化が重なっています。
柔らかな歌を取り戻すことと、激しい歌を続けることは、並行して進んできました。
その両方を知ると、仮面の有無だけでは分けられない、一人の歌手としてのつながりが見えてきます。
曲の中での声の選び方は、コリィ・テイラーの歌い方で掘り下げています。

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