西田昌史(EARTHSHAKER)の歌い方|力強い声が、柔らかい歌にも届く理由

2020年、Crazy Monsters無観客配信ライブで弾き語りをする西田昌史 シンガー
2020年、Crazy Monsters無観客配信ライブで弾き語りをする西田昌史

MARCYの歌の魅力は、高い声を力強く響かせることだけではありません。
激しい演奏では旋律を押し出し、穏やかな曲では言葉を噛みしめ、弾き語りでも声の厚みを残す。
曲によって変わるのは、声の大きさだけでなく、強さを何のために使うかです。
具体的な曲と舞台を手がかりに、その歌い方を見ていきましょう。

力強さを、旋律が伝わる声にする

「MORE」には、強く訴えかける歌声と、流れるような旋律が同居しています。
声を荒らして勢いをつけるだけの曲ではなく、演奏の重さの中から、歌の線と切実さが届く曲です。

『PRAY FOR THE EARTH』では、SHARA自身が、激しく弾いても歌の旋律が残ることを狙っていました。
MARCYの歌は、ギターに対抗して音量だけを増すというより、バンド全体で歌を前へ出す考え方の中にあります。

高い音が出ることと、その音で曲が伝わることは同じではありません。
どの音を長く響かせ、どこへ旋律を進めるかが見えるから、聴き手は声の強さと一緒に歌も受け取れます。
MARCYの歌を考えるときも、高音の一点だけでなく、その前後を含む旋律へ目を向けると、力強さの役割が分かりやすくなります。

伸びやかな声と、柔らかな声を使い分ける

『THE EARTHSHAKER』の「放熱」では、勢いのある演奏に伸びやかな声が重なります。
同じアルバムの「作りかけのForever」では、柔らかな歌声が前へ出て、ブルースの色を持つギターと切なさを作ります。
同じ人の声でも、曲の中で求める表情は違うのです。

このアルバムには、激しい曲からバラードへ至る起伏があり、MARCYの切なさを帯びた声も、その流れを形作っています。
強い歌と優しい歌を別々の得意技として並べるだけでなく、曲順の中で声の印象が変わることにも意味があります。

2013年、ソロ作『MARCY』の取材に掲載された西田昌史
2013年、ソロ作『MARCY』の取材に掲載された西田昌史。
画像出典:画像掲載元

柔らかい歌は、ただ小声にすればできるものでもありません。
強く張る場面と同じ勢いを、すべての言葉へ乗せたまま音量だけを下げても、印象は硬いままになりえます。
注目したいのは、言葉を押し出す勢いと、旋律を保つ感触の違いです。
声の輪郭を保ちながら、感情の見せ方を変えるところに、歌い分けの面白さがあります。

弾き語りでも、声の厚みは消さない

2020年の配信ライブで歌った「GARAGE」は、テンポを落とした弾き語りでした。
そこでの声は、細く消えていくようなものではなく、厚みと温かさを持っています。
同じステージの「愛を飾ろう」では、ギターを力強く弾き、歌にも弾むような熱を加えました。

ピアノと歌で曲を捉え直したいなら、2018年のソロ作『GARAGE』も入口になります。
バンドの曲を選び直した再録であり、元の録音から楽器を抜いただけの作品ではありません。

伴奏が少ないと、歌声の占める場所は相対的に大きくなります。
そのとき、声を弱めることだけが親密さの作り方ではありません。
ゆっくり進む曲の中に、存在感のある声を置くことで、近くでしっかり受け止めてもらうような歌にもなります。
MARCYの弾き語りは、バンドで使う強さを失くすというより、別の距離で届ける歌として考えると捉えやすいでしょう。

高音で広げる曲と、言葉を噛みしめる曲

2019年の渋谷公演では、「PRIDE AND DESTINY」の重い演奏に、高音の歌が響きました。
一方、「旅人のララバイ」では、言葉を噛みしめるように歌っています。
同じ日の声でも、会場の熱を引き上げる曲と、歌の中へ気持ちを向ける曲では、前に出すものが違っていました。

高音を長く保つことばかりに注意を向けると、その手前にある言葉の重さを見落としがちです。
逆に、歌詞の意味だけを追っても、声が上へ広がることで生まれる高揚は捉えきれません。
MARCYの歌では、旋律の高さと、言葉へ留まる感覚を、曲ごとに合わせて考えることが大切です。
高音を出す場面だけが見せ場なのではなく、そこへ至る歌の運びも、聴き手の気持ちを動かしています。

自分の声を保ちながら、相手の声を受け入れる

2013年のソロ公演では、gi-naとの二人のボーカルが大きな魅力になっていました。
深くパンチのある彼女の声と、MARCYの熱唱が組み合わさるステージです。
強い声同士でも、片方を薄くするだけが答えではありません。
互いの存在感を残して歌うことで、一人では出せない迫力が生まれます。

MARCYは、異なる相手との共演に積極的な理由として、どんな曲でも自分の色になるという自信を挙げています。
自分らしさを守るために曲を狭めるのでなく、自分らしさがあるから、違う曲にも進めるという考え方です。

「Say Goodbye」では、MARCYとベースのKAIによる二人の歌が曲を支えます。
EARTHSHAKERの声の厚みには、MARCY一人の発声だけでは説明できない、声が重なる力もあります。

2020年、Crazy Monsters無観客配信ライブで歌う西田昌史
2020年、Crazy Monsters無観客配信ライブで歌う西田昌史。
画像出典:画像掲載元

『40』でも、初期の感触へ近づけるため、KAIのコーラスが多く入れられました。
主役の声を強める方法は、本人がさらに力を入れることだけではありません。
違う声を重ねることで、バンド全体として歌を広げることもできるのです。

客席が歌える場所を作る

2023年10月の大阪公演での「RADIO MAGIC」では、MARCYが曲の途中でマイクを客席へ向け、観客の合唱を受け取りました。
「MORE」も、歌い出しのAメロから客席の声が重なっています。
サビだけを一緒に歌うという範囲を超え、曲全体が聴き手に共有されていたのです。

MARCYは、バンドの演奏と聴き手の歌が合わさってライブになるとも話しています。
自分の声だけで会場を埋めるのでなく、返ってくる声を含めて歌を完成させる考え方です。

歌い手が声を張る場面と、客席へ歌を渡す場面があると、同じ旋律でも会場での役割が変わります。
MARCYの力強さには、聴き手を圧倒するだけでなく、一緒に声を出したくさせる働きもあるのです。

言葉を、完成した音楽の中へ置く

MARCYは、アレンジが完成してから、そこに刺激されて歌詞を書きます。
『40』の「儚き夢よ」でも、先に言葉の説明を作るのではなく、曲から受け取る切なさが歌になるという順序があります。

自分以外の人が書いた「夕星の芒野と消ゆ」でも、歌う段階で言葉を解釈し直しています。
作詞したあさきが、自分の発想とは違うものをMARCYの歌から受け取ったことは、その分かりやすい例です。

同じ言葉でも、どんな勢いで始め、どれくらいの時間をかけて運ぶかで、相手に届く印象は変わります。
歌詞の意味と歌声を切り離さず、演奏の中で言葉をどう生かすかを考える。
それが、MARCYの力強さを、単なる大きな声で終わらせない理由の一つでしょう。
こうした歌の選び方が広がった歩みは、西田昌史(EARTHSHAKER)の歌唱変遷でたどれます。

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