荻野目洋子といえば、歌とダンスで会場を盛り上げる姿が思い浮かびます。
その歌の特徴を、共演者の稲垣潤一は、歯切れのよさとして評価していました。
強い声が出るだけでなく、言葉がはっきりとリズムに乗ってくる。踊れる曲によく合う魅力です。
ところが本人は、「ダンシング・ヒーロー」の原曲を聴いたとき、自分に歌えるのか不安だったと振り返っています。
ダンスにも苦手意識がありました。
歌って踊る姿がこれほど知られている人が、どちらにも自信満々だったわけではないのです。
荻野目のはじける歌声は、自分には難しそうな曲に取り組む中で、少しずつできあがってきました。
その後は、自分がうまく歌うことに加え、聴く人も楽しめる歌い方を大切にするようになっていきます。
原曲の太い声を聴いて、自分に歌えるのかと思った
1985年に発売された「ダンシング・ヒーロー」は、洋楽の「Eat You Up」を日本語で歌った曲です。
荻野目がそれまでに出していた6枚のシングルは、大きなヒットには届かず、スタッフも本人も次の一曲を模索していました。
そこへ持ち込まれたのが、この曲でした。
当時の荻野目は、自分の声をまだ細いと感じていました。
対して原曲は、太い声の大人の女性が、エネルギッシュに歌っています。
自分の得意な歌い方を、そのまま当てはめられそうな曲ではなかったのです。
それでも録音では、本人がそれまでできなかったと感じる歌い方にたどり着きました。
特に、大きく盛り上がる後半に、その実感があったといいます。
自分に合った曲を見つけただけでなく、挑戦した曲によって、自分の声の新しい使い方を知ったのです。
もちろん、一度歌ったら簡単にできたという話ではありません。
本人は後年、何度もやり直しを求められ、夜中の録音にエンジニアが付き合ってくれたことも明かしています。
あの勢いのある歌には、録音を重ねた時間も詰まっています。
振り付けを覚えるだけでは、踊れる歌にならなかった
歌と一緒に取り組んだダンスも、本人にとっては簡単ではありませんでした。
スタッフから求められたのは、もっと細かくリズムを感じさせること。
8ビートよりも16ビートを感じさせるように、と言われていたそうです。
16ビートは、4拍をさらに細かく16に分けた刻みを土台にするリズムです。
大きな拍だけを追うときとは、体を動かすタイミングや弾み方も変わってきます。
ただし、振り付けを覚えたばかりの本人には、そうした注文に応えること自体が難しかったのでしょう。
さらに、テレビに出る前には、歌いながら踊ることに慣れるため、スタッフがその様子をビデオに撮っていました。
録音で歌うことと、体を動かしながら同じ曲を届けること。その二つを、実際の動きの中でつなげていったわけです。
荻野目の歌とダンスを、別々の得意技が偶然そろったものと考えると、この過程が見えなくなります。
もともと得意だと思えなかったことを、歌番組で披露できる形にまでしていく。
歯切れよく歌い、体でもリズムを見せる姿の裏には、そうした練習がありました。

歯切れのよい声は、デュエットでも生きる
その歌い方の魅力は、激しく踊る曲の中だけにあるものではありません。
「恋はリズムにのせて」で共演した稲垣潤一は、テレビの歌番組で見ていた頃から、荻野目を歯切れのよい歌い手だと感じていました。
二人がこの曲を歌ったのは、2012年の『ある恋の物語 My Standard Collection』です。
海外のスタンダード曲を、日本語のポップスとして歌うアルバムでした。
稲垣は、荻野目の声がこの曲によく合うと考えて、共演を望んでいます。
面白いのは、荻野目自身も完成した音源を気に入っていたことです。
普段、自分の曲を家で何度も聴くほうではないのに、この曲はその日のうちに繰り返し聴いてしまったと話しています。
歌う本人まで、もう一度聴きたくなる組み合わせだったのです。
歯切れのよさというのは、いつも大声で短く歌うことではありません。
言葉のまとまりやリズムが分かりやすいことも、その印象につながります。
一人で会場を盛り上げる曲に加えて、相手の声と一緒に聴いて心地よい曲でも、その特徴を生かせるわけです。
「ダンシング・ヒーロー」で荻野目の声が好きになった人には、こうしたデュエットも聴きたくなる一曲でしょう。
共演者が聴いていた歯切れのよさを、ダンスの印象から少し離れて、歌そのもので楽しめます。
高い声を出したい、から、聴く人を笑顔にしたいへ
荻野目は若い頃、もっと歌がうまくなりたい、高い声を出したいと、自分の歌うことに気持ちが向いていたといいます。
その視点を変えたのが、子育て中に、子どもの学校などで歌った経験でした。
そこで大切になったのは、目の前の人が、どんな歌なら笑顔になってくれるかということ。
歌と楽器の演奏を、一緒に音楽を作るものとして考えるようにもなりました。
自分一人がうまく歌えたかだけでは、その場の楽しさは決まらないと感じる経験だったのでしょう。
歌う機会が再び増えたときには、体を一から鍛え直し、楽しんで歌うことを心に決めています。
緊張する場面でも、楽しむことを忘れないよう、自分に言い聞かせていたそうです。
この変化を知ると、力強い歌声も、本人の能力を見せるためだけのものではなくなります。
聴く人を誘い、一緒に盛り上がるために声を出す。
「ダンシング・ヒーロー」が、長くライブで歌われる曲になったこととも重なる姿勢です。

一生懸命歌った曲を、人が自由に楽しんでくれる
「ダンシング・ヒーロー」は、盆踊りやテレビのコント、登美丘高校ダンス部のパフォーマンスなど、さまざまな形で親しまれてきました。
本人が真剣に歌ってきた曲が、ときには笑いを生む材料にもなる。
それをどう感じているのかと聞かれ、荻野目は、抵抗はないと答えています。
自分は真面目に取り組む。でも、見ている人に楽しんでもらえることはうれしい。
自分の曲だからこう受け止めてほしい、と楽しみ方を狭めないところにも、この歌手らしさが表れています。
最初は、自分に歌えるのかと思った一曲でした。
その曲で声の出し方を広げ、踊りながら歌うことを練習し、今では聴く人それぞれの楽しみ方を受け止めている。
荻野目洋子の歌の勢いは、声の強さだけから生まれるものではありません。
自分もはじけながら、目の前の人にも楽しんでほしい。そうして歌う姿まで含めて、あの歯切れのよい声が印象に残るのです。







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