あれほど歌える人に、「うまく歌わないで」と頼む。
2017年の「アライブ」を作るとき、さかいゆうが新妻聖子に求めたのは、意外な歌い方でした。
劇場を満たす声量も、正確な音程も、美しいビブラートもある。
それでも、その力を全部使って歌えばよい曲ばかりではありません。
「アライブ」では、普段の歌い出しとは違う声を探すことから、録音が進んでいきました。
新妻聖子の歌い方を知るには、どれだけ大きく歌えるかと一緒に、いつ、どこまで表現を抑えるかにも目を向けたいところです。
舞台とポップスを行き来する彼女の工夫が、この曲には詰まっています。
二千人へ届ける歌と、一人に聴いてもらう歌

「アライブ」を書いたさかいゆうは、大勢の客席に向ける歌と、一人で音楽を聴く人に向ける歌の違いを、新妻聖子に説明しました。
舞台では、せりふも感情も広い客席へ届けたい。
でも、その大きさをそのままマイクに入れると、身近なところで聴く人には表現が強すぎることがある。
この曲では、歌声が伝わる相手を変えて考える必要がありました。
言葉を一つずつ演じすぎないように、歌詞をカタカナにして歌う方法も試しています。
新妻は、歌詞を見ると台本のように受け止め、そこにある感情を考え込む癖があったのです。
カタカナの歌詞なら、普段の文章として読むときよりも、言葉の音に意識を向けやすくなります。
意味を強く説明しようとする前に、言葉を音楽の流れに乗せてみる。
声で全部を表そうとしなくても、メロディーや伴奏が伝えてくれるものを信じるという試みでした。
たとえば日常の何気ないひと言も、舞台の山場のように歌えば、ひと言ごとの重みが増します。
「アライブ」で求められたのは、聴く人が自分の暮らしを重ねられるような、淡々とした表現でした。
歌える人が表現を減らすのは、案外簡単ではない。慣れた得意技を使わずに成立させることも、彼女にとって新しい挑戦だったのです。
Aメロでは、いつもと違う声から始める
新妻自身も、この曲では、いつもの自分と違う声質でAメロを始めようとしていました。
一方で、これまでの歩みが消えてしまうような歌にはしたくなかった。
思いきって違う表現へ進み、また自分らしい歌へ戻ってくる。その往復を意識していたといいます。
違う声を探すのは、一曲の初めから終わりまでではなく、まずAメロです。
途中から自分らしい表現へ戻れるからこそ、歌い出しでは思いきったことを試せる。
「アライブ」の歌い出しを聴くときには、その声だけで新妻聖子だと分かるか、という見方もできます。
サビで発揮する力を知っているからこそ、初めの表情が違って感じられるでしょう。
同時に発表した「天地(あめつち)の声」では、また別の想像力を使っています。
伴奏のない冒頭の声に込めたかったのは、まだ生き物が目覚めきらない、早朝の森の雰囲気でした。
さまざまな役を演じてきた経験は、人間とは違う視点から歌うときにも役立つと話しています。
近くで語りかけるような歌も、自然の大きさを感じさせる歌もある。
ミュージカルで身につけた表現力は、毎回同じように歌い上げるためではなく、曲ごとに違う声を探すためにも使われているのです。
「NEVER ENOUGH」では、伸ばす声で盛り上がりを作る
2019年のカバーアルバム『Colors of Life』には、映画『グレイテスト・ショーマン』の「NEVER ENOUGH」が収録されています。
高い音へ向かい、伸ばす声で大きな盛り上がりを作る、歌唱力を存分に発揮できる曲です。
ここでは、声を長く伸ばす部分に注目すると、彼女の得意な表現が分かりやすくなります。
短く切って次の言葉へ進む代わりに、一つの音を保ち、その声の力を聴かせる時間がある。
「アライブ」の歌い出しとは、聴き手を引きつける方法が違います。
どちらもスタジオで録音された歌です。
一人で聴く音楽でも、大きく歌い上げる表現が生きる曲はある。
「アライブ」での注文は、新妻聖子の声そのものを変えるためではなく、あの曲に合う表現を選ぶためのものだったと捉えられます。
『ボディガード』では、名曲を登場人物のせりふにする

舞台で鍛えた声でポップスを歌うだけでなく、ポップスの名曲をミュージカルの中へ持ち込む仕事もあります。
新妻がレイチェル役を演じた『ボディガード』には、ホイットニー・ヒューストンのヒット曲が数多く登場します。
有名な歌なら、最初のひと節だけでも客席は盛り上がれる。
でも、それだけでは、登場人物の物語から離れて、名曲のカバーを楽しむ時間にもなってしまいます。
この舞台の主人公はホイットニー本人ではなく、レイチェルという歌手です。
新妻は、曲を聴きに来た人にも、レイチェルがなぜ今その歌を歌うのかを感じてほしいと考えていました。
稽古では、日本語の歌詞をせりふとして伝えながら、元の洋楽らしいリズムの魅力も残すことに取り組んでいます。
言葉の意味を優先しすぎて、歌の流れがぎこちなくなるのも避けたい。
誰もが知る歌を、物語の中で違和感なく生まれる言葉にするための作業でした。
最後の「I Will Always Love You」も、名歌手の見せ場だけで終わらせたくない。
新妻が目指したのは、客席がレイチェルのせりふとして受け取る結末です。
「アライブ」は、歌手が感情を説明しすぎず、聴き手が自分の生活に重ねられるようにする。
『ボディガード』は、歌の言葉をレイチェルの気持ちとして伝え、芝居の続きを感じられるようにする。
言葉にどれだけ感情を込めるかは、その歌をどんな場面で聴いてもらうかによって変わるのです。
歌っている感覚と、実際の声を照らし合わせる
こうした使い分けを支えているのが、自分の歌を録音して確かめる習慣です。
新妻は、憧れのセリーヌ・ディオンやホイットニーの曲を歌うときも、自分では歌えたつもりなのに、録音を聴くと違っていたという経験を重ねてきました。
足りないのは、音程を保つ力なのか。細かな表情なのか。声を自由に動かす柔軟さなのか。
ひとまとめに「まだ下手だ」と済ませず、違いを細かく見つけていく。
2026年のインタビューでも、今の自分の状態を把握することの大切さを語っています。
本人は、表現のためにあえて崩してよい部分と、正確に決めるべき音があると考えています。
音を正確に出せたかだけでなく、感情を込めすぎていないか、言葉が大げさになっていないかも、録音を聴けば確かめられる。
自分の感覚だけでは気づけない歌い方を、聴き手の側から見直しているのです。
新妻聖子の歌は、声の大きさや高音だけでも印象に残ります。
「アライブ」では、その力を初めからすべて出さず、言葉を演じすぎない声から歌い始めました。
歌唱力を見せる場所と、言葉をさりげなく聴かせる場所を選べることも、彼女の歌の魅力です。
高音の山場を待つだけでなく、そこへ向かう前にどんな声で話し始めるのか。その部分にも、曲に合わせて歌い方を変える面白さがあります。

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