中川晃教にぴったりの役だ、と周囲は思っていました。
ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』で演じるのは、独特の高い声で知られる歌手、フランキー・ヴァリ。
中川にも、人を振り向かせる高音があります。ところが本人にとって、この役は得意な歌をそのまま歌えば済む仕事ではありませんでした。
必要だったのは、自分の高音を聴かせることから、フランキーという人物の歌を聴かせることへの変化です。
声の出し方を学び直し、歌の前後にある出来事まで表現する。その過程を見ると、中川の歌唱力を「高い声が出る」の一言で片付けられなくなります。
2016年の日本初演に向けた『ジャージー・ボーイズ』のプロモーション映像には、その挑戦で生まれた歌声があります。
「自分に合う役」のはずなのに、歌い方を練習し直した
『ジャージー・ボーイズ』は、アメリカのボーカルグループ、ザ・フォー・シーズンズの成功と挫折を描くミュージカルです。
フランキーはそのリードボーカル。劇中では「Sherry」や「君の瞳に恋してる」など、実際に人々を魅了した曲を歌います。
観客の中には、フランキー本人の歌を知っている人もいます。実在のスターを演じる以上、どんな声でもよいわけではありませんでした。
日本の制作側が中川を望んでも、すぐに出演が決まったわけではありません。
フォー・シーズンズのメンバーで作曲家でもあるボブ・ゴーディオの審査があり、そのための歌唱音源を作る必要がありました。
自分の声に合うと勧められていた役で、本人は自分にない歌い方と向き合うことになったのです。
中川は歌唱指導を受け、トワングと呼ぶ発声を練習しました。
本人の説明では、音を硬く当てるように響かせる声です。高い音が出るかどうかに加え、どんな響きで出すかが問われていたわけです。
フランキーの歌には、裏声のファルセットだけでなく、地声による高音もあり、一曲の中で声を使い分ける必要があります。
「男性なのに高い音が出る」という共通点だけでは、同じ歌い方にはならないのです。
本人にとって、役の性格に合わせて話し声を変えることは、それまでにもありました。
一方、歌声については、そこまで意識して変えてこなかったといいます。
新しい発声で声の方向を決め、狙ったとおりに出せるよう精度を上げる。フランキーを演じる準備は、そんな具体的な練習でした。

声を似せた先に、歌う理由がある
声を作れたら完成、というわけでもありませんでした。
中川は2018年の再演で、初演では求められた歌唱法で歌うことに力を注いでいた、と振り返っています。
そのうえで、再び向き合った曲には、芝居の流れの中で歌われるからこそ生まれる感情があることを語りました。
たとえば「君の瞳に恋してる」。単独で聴けば、おなじみの華やかなラブソングです。
しかし舞台では、曲を世に出そうとする仲間の努力や、歌手が歩んできた時間を観客も見ています。
そこで曲が受け入れられ、拍手が起こる。その拍手には、歌への喜びと、ここまで来た人物への思いが重なります。
中川は、そうした客席の反応も受けながらフランキーとして歌っているのです。
では、歌唱法を覚えた後は、芝居の感情に任せて歌えばよいのでしょうか。
2025年に同じ役を演じる小林唯と話した際、中川は、一度歌えることと、毎日の舞台で芝居の感情が込み上げる中でも歌えることを分けて考えていました。
役の感情を表すことと、必要な声を狙いどおりに出すこと。その二つが、毎回求められるのです。
気持ちが高ぶる場面でも、練習した声を使えるようにしておく。その備えがあるから、歌いながら相手の芝居や客席の反応も受け止められるのでしょう。
中川の説明からは、練習で歌えた一回を、日々の舞台で歌える状態へ育てる難しさが見えてきます。
高音が楽そうに聞こえるのは、何もしていないからではない
同じフランキー役に挑む小林唯は、中川の歌について、地声からファルセットへのつながりの滑らかさを挙げています。
高い音を力みなく出しているように見え、歌っている本人の楽しさまで伝わってくる。その姿に驚いたというのです。
客席からは、恵まれた声の持ち主が自然に歌っているように見えるのかもしれません。
でも中川の側には、どこでどの声を使うかを細かく練習した時間があります。
本人も、初めは声をコントロールするところから出発し、次第に力が抜け、フランキーを演じるときの声が見つかってきたと話しています。
苦労が聞こえないことと、苦労せずに歌っていることは違う。
周りにぴったりだと言われた役へ、本人は新しい歌い方を身につけて近づいていきました。
その経緯を知ると、伸びやかな高音への驚きに、必要な声を自在に使えることへの驚きも加わります。
このように役のために声を作ってきた中川ですが、自分自身の曲では何を手がかりに歌うのでしょうか。

ソロでは、自分が今どう歌いたいかに戻る
中川の出発点は、2001年に自ら作詞・作曲した「I WILL GET YOUR KISS」です。
ミュージカルで彼を知った人には、まず役を背負わずに歌う、このデビュー曲が新鮮かもしれません。
フランキーの声を作るよりずっと前から、彼は自分の曲を自分の声で届けるシンガーソングライターでした。
2013年から続けるコンサート『I Sing』について、中川は、作品に求められる役割を果たすミュージカルとの違いを説明しています。
ソロの場で決めるのは、自分がその瞬間にどう歌いたいか、バンドとどんな音楽を作るか。
ソロでは、役としての歌い方を再現することより、その日の自分や共演する音楽家から生まれる表現を大切にしているのです。
伴奏の編成も、その歌を変える材料です。
2019年には、ピアノ、クラリネット、チェロと歌うコンサートを経験したうえで、『I Sing』ではドラム、ベース、キーボード、ギターによる音楽を考えていました。
本人が注目していたのは、リズムが変わることで、言葉の聞こえ方や響き方も変わること。
高音をどこまで伸ばすかだけでなく、言葉をどんなリズムに乗せるかにも、自分の歌を更新する余地があるのです。
舞台とソロを続ける中で、中川は、それぞれの経験を互いに生かしていると話しています。
役を演じるときは、現場で何を求められているかを探る。音楽を作るときは、自分が何を表現したいかを見つめる。
どちらかへ無理に統一せず、歌う場面に応じて選べることが、彼の強さなのでしょう。
『ジャージー・ボーイズ』では、あの高音をフランキーという人物の声にするために、発声から取り組んだ。
ソロへ戻れば、伴奏のリズムや言葉の響きから、自分の歌い方を考える。
同じ高音の持ち主が、作品の求める歌へ近づくために練習し、自分のコンサートでは別の歌い方を探す。中川晃教の声には、その両方の経験があるのです。






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