矢井田瞳の歩みは、昔の声を守ることだけを目標にしてきた歴史ではありません。
代表曲を弾き語りでも歌えるよう練習し、過去の歌詞を今の気持ちで受け止め、別の編成でも歌う。
その過程で変わってきたのは、声の出し方に加えて、一曲をどう届けるかという考え方でした。
「My Sweet Darlin’」について、本人は2023年にも、何度歌っても気持ちが明るくなる曲だと語っています。
長く歌ってきた曲が、今も自分を動かしてくれる。
この代表曲との関係をたどると、矢井田の歌が広がってきた理由が見えてきます。
2000年、自分の声とメロディーが一緒に届いた
19歳でギターを手にして曲を作り始めた矢井田は、2000年に「B’coz I Love You」でメジャーデビューしました。
続く「My Sweet Darlin’」のヒットによって、歌声が一気に広く知られるようになります。
この時期の曲作りでは、先に浮かんだ旋律へ仮の英語を乗せ、その音の感触を生かしながら歌詞を作ることもありました。
声に出した時に気持ちよく収まるか。
言葉の意味とともに、口から出る音そのものが曲の形を決めていたのです。
シンガーとしての個性と、メロディーを作る人としての個性が、最初から結び付いていたことが分かります。
一方で、デビューから走り続けた2005年頃には、もう出し切ってしまったのではないかと悩んだ時期もありました。
それまでは、自分の足りないところを知られるのが怖く、共演にも消極的だったといいます。
山口洋に相談し、一人で抱えず誰かと音楽を作る楽しさを教わったことが、その先へ進む力になりました。
のちに多くの演奏家と組んで歌う矢井田にも、人に任せることへの怖さがあった。
その経験を知ると、新しい相手の前で声を出すことが、単に活動の幅を広げる以上の意味を持っていたと分かります。
代表曲を、一人でも歌い切れるようにする
その後、長く歌い続けるための方法として、矢井田は弾き語りを鍛えていきます。
本人によれば、「My Sweet Darlin’」は2006〜2007年頃まではハンドマイクで歌っていた曲でした。
この曲も一人で届けられるようにしておきたい。
そう考え、ギターを弾きながら歌う練習へ向かいました。
代表曲であれば、歌い慣れた方法を続けることもできます。
それでも伴奏を自分で受け持つ形を選ぶと、声だけに集中できた時とは、演奏の組み立て方が変わります。
歌が入るまでの時間も、フレーズを終えたあとの間も、自分の手と声で作らなければなりません。
2015年には初の全国弾き語りツアーを行い、翌年に『TIME CLIP』を発表します。
当時の本人は、かつて歌手と呼ばれることに違和感があったものの、最初にメッセージを届ける歌を、もっと豊かなものにしたいと考えるようになったと話しています。
ギターも作曲もする自分の中心へ、歌を置き直した時期でした。
技術を増やすことと、何を中心に聴いてほしいかを決めること。
この二つが重なって、弾き語りは矢井田にとって、バンドの人数を減らしただけの演奏ではなくなっていきます。

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2019年、昔の歌詞を変えずに、歌の表情を変える
2019年の『Beginning』では、高高-takataka-とともに過去の曲を録り直しました。
「My Sweet Darlin’」の若い頃の言葉を、今の自分なら同じようには書かない。
それでも歌詞を直すのではなく、歌い方の柔らかさで受け止め方を変えたと、本人は説明しています。
若い時にしかなかった感情を、そのまま曲の中へ残したのです。
これは、声が昔と違うから仕方なく歌を変える、という話ではありません。
言葉は同じでも、それを歌う人の気持ちは変わる。
だからこそ、どのような表情で相手へ渡すかを考える余地が生まれます。
初期の自分になり切ること以外にも、代表曲を歌い続ける方法が見つかったのです。
同じ年、矢井田は、長年歌う中で声や発声の難しさが変わることも認めています。
ただし、別の方法を探すこと自体にも楽しさがあると話していました。
過去と同じ状態へ戻すことより、今の自分で何ができるかに関心が向いていたことが分かります。
声の変化と、歌の解釈の変化は別のことです。
この時期の矢井田は、その両方と付き合いながら、新しく歌う理由を見つけていました。
2019年『Beginning』の再録版MV。
2020年、演奏する相手が変われば、声も変わる
『Beginning』に続く2020年の『Keep Going』でも、過去の作品を新たな形で取り上げました。
「Over The Distance」では、ピアノ弾き語りに初めて挑戦しました。
テンポの基準になるクリックを使わず、揺れも含め、その時にしかできなかった演奏として残しています。
初期から歌ってきた曲でも、楽器と歌を自分で支える方法を変えれば、新しい緊張が生まれる。
再録は、慣れた曲を安全に歌い直すためだけの機会ではありませんでした。
2020年『Keep Going』に収録された再録版。
当時の矢井田は、一緒に演奏する人や音の強さによって、自分の声量も発音も変わると説明しています。
その一方で、聴き手がCDの印象を求める部分は守り、変えられる部分とは分けて考えていました。
新しい編成に合わせることと、曲が記憶されている理由を残すこと。
どちらか一方だけを選ぶのではなく、両方を成立させようとしているのです。
昔の作品を歌う時にも、伴奏だけを取り替えて同じ歌を乗せる、という発想ではありません。
同年の『Sharing』に入った「きっとJust fine」では、GAKUから提供された曲も歌っています。
録音を重ねてきた相手が、自分の声に合う旋律を考えてくれたため、自然に歌えたと振り返っていました。
自分の声を自分で生かす段階から、その声をよく知る人の提案も受け入れる段階へ。
歌の個性がはっきりしていることは、新しい曲や編成へ踏み出す足場にもなっています。

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2022年以降、歌う場と声の役割をさらに広げる
2022年の『Guitar to Uta』では、弾き語りで各地のライブハウスを回りました。
本人が大切にしたのは、バンドと弾き語りの両方を続けることです。
一人で演奏する時には、その日の客席に合わせて曲順やテンポを変え、同じ空間を作る喜びがありました。
弾き語りを選ぶ理由が、長く続けるための備えから、その日にしかできない歌を作る楽しみへも広がっています。
かつて練習して身に付けた方法が、聴き手との関わり方を増やしたのです。
2023年の「アイノロイ」では、Yaffleと制作をともにしました。
矢井田は、コーラスでも声を楽器として扱ってもらい、自分では思いつかない発想が加わったと話しています。
この曲は、2025年のアルバム『DOORS』にも収録されました。
前に立って言葉を届ける声が、伴奏の中で別の役割も持つ。
ここでも、本人らしさを消すために新しい音へ近づいたのではありません。
よく知られた声に、まだ試せる使い方があったのです。
『DOORS』の制作では、ライブで自然に耳へ届くことも考え、キーを低めに設定する選択をしています。
高い声を出せることと、その高さが曲に合うことを、別々に考えたのです。
若い頃の曲を今の表情で歌うだけでなく、新しい曲も、これから人前で歌う声に合わせて作る。
過去を振り返る25周年は、次の歌をどう続けるかを考える時期にもなっていました。
25周年を迎えた矢井田は、「My Sweet Darlin’」の発声も含めた前向きな力を、あらためて大切にしています。
何度歌っても新しい発見があり、飽きたことがないと語っていました。
一人で歌えるようにすること、過去の言葉を今の表情で届けること、共演者に声の新しい役割を見つけてもらうこと。
矢井田瞳の歌唱は、代表曲から離れることで広がったのではありません。
同じ曲へ何度も戻りながら、そのつど歌う自分のあり方を更新してきました。
声の切り替わりや発音、編成に応じた声の選択については、矢井田瞳の歌い方で掘り下げています。

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