麻倉未稀の歌い方|全力の「ヒーロー」を支える、力まない声の出し方

2026年の45周年取材に掲載された麻倉未稀 シンガー
2026年の45周年取材に掲載された麻倉未稀

「ヒーロー」は、約5分間、手を抜けない曲。
麻倉未稀自身がそう話すほど、歌い続ける力を必要とする代表曲です。

ところが、声を出す感覚については、余分な力みが減ったことで以前より歌いやすくなったとも話しています。
全力で歌へ向かうことと、体中を力ませて声を出すことは、同じではない。
麻倉の歌い方は、その違いから考えると分かりやすくなります。

「ヒーロー」の迫力は、他人の声をまねて作ったものではない

原曲を初めて聴いたとき、麻倉はボニー・タイラーの声に圧倒され、自分には向かないのではないかと思いました。
葛城ユキのような歌手のほうが合うと感じていたのです。
周囲から、違う人が自分なりに歌ってもよいと促されたことが、挑戦の後押しになりました。

麻倉自身も、ボニーと自分では声が違うのだから、同じ声へ寄せることは考えないと説明しています。
原曲の強烈さを引き受けることと、声のざらつきまで再現することを、分けていたのです。

2022年には、「ヒーロー」を一発録音する形でも残しました。
40周年アルバムの「40th FIRST TAKE version」です。
一曲を通して歌うときに問われるのは、一つの高音を出す力だけではありません。
次の言葉へつなぎ、最後まで曲の勢いを運ぶことも必要です。
冒頭で感じた迫力を、歌全体の流れの中でどう保つか。
この録音には、その視点から触れる面白さがあります。

歌いたい人に麻倉が伝えていたのは、両足を開いて踏ん張るという、とても具体的な立ち方でした。
上半身だけで勢いを作ろうとするより、立つ場所を安定させて歌う。
本人の言葉から見えるのは、喉へ力を集中させる発想とは違う、体全体で歌を支える感覚です。

息を吸う場所を探し、肩の力をほどく

2017年の復帰に際しては、胸へ力を入れる呼吸がつらくなり、どこで息を取れば楽に歌えるかを探したといいます。
本人がつかんだのは、背中側で呼吸するような感覚でした。
これは麻倉が自分の体で見つけた感覚の説明です。
声が出るかどうかも、ボイストレーナーと高・中・低の音域の曲を歌って確かめました。
一曲の高音だけで、声全体を判断していたわけではありません。

その後に本人が振り返ったのは、以前は無駄に力んでいた部分があった、という発見です。
「ヒーロー」を力強く歌うためにも、余計な緊張を加える必要はなかった。
声を前へ出そうとする意欲と、体の自由さを保つことが、両立するようになったのです。

ただし、楽に声が出ることと、長く歌う体力が要らないことは別です。
麻倉は、歌うための体づくりを改めて行い、筋力を維持する取り組みも続けています。
一瞬の声量だけでなく、ステージを続けられる状態まで含めて、歌を支えていました。

麻倉が2016年に教えていた発声も、まず緊張をほぐしながら声を出すものでした。
力を抜くことへの関心は、復帰後に突然生まれたものではありません。
それまで人へ伝えていたことを、自分の体が変わる中で、改めて実感することもある。
長く歌っている人であっても、知っているつもりの発声を確かめ直す余地があるのです。

2024年の取材で、復帰後の呼吸や体づくりを振り返った麻倉未稀(撮影:舛元清香)
2024年の取材で、復帰後の呼吸や体づくりを振り返った麻倉未稀(撮影:舛元清香)。
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「ミスティ・トワイライト」では、声を強く押し出さない

デビュー曲「ミスティ・トワイライト」の録音では、大野雄二が緊張する麻倉の肩をもみ、力を抜くように声をかけていました。
求められたのは、ふわりと歌う感触です。
大人びた曲だからといって、声を必要以上に重くするわけではありません。
作り手が引き出そうとしたのは、肩の力を抜いた声でした。

また、1986年の「TEARS」では、いくつものマイクを試し、歌を近くで拾うものに加えて、スタジオの後方にもマイクを置いて録音しています。
声の広がりや奥行きには、こうした録音上の工夫も関わります。
録音された声の豊かさを、歌手が強く息を押した結果だけで説明することはできません。

声の大きさがあっても、柔らかい歌は歌える

2023年3月のコンサートで、麻倉は最後に「アメイジング・グレイス」を伴奏なしで歌いました。
途中からマイクを口元から離し、そのまま歌い続けたと記録されています。
その場の歌は、優しさや晴れやかさとともに、会場へ届く声量も印象づけました。
柔らかい表現は、単に声を小さくすることだけで作られるのではありません。

新曲「The breath of life」が描くのも、勇ましいヒーロー像から離れた、等身大の女性としての姿です。
松井五郎の詞と庄野真代の曲に、庄野、石井明美、澤田知可子の声が加わりました。
いつも人を奮い立たせる側にいる歌手の声を、仲間が包む。
「ヒーロー」とこの新曲を並べると、同じ声へ託せる気持ちの幅が見えてきます。

声に曲を合わせる、筒美京平とのやり取り

曲へ声を合わせるだけでなく、声に合わせて曲の側が変わることもありました。
筒美京平とアルバムの曲を作ったとき、麻倉は事務所へ呼ばれ、ピアノに合わせて歌っています。
筒美は、その歌を聴いては、旋律をその場で直していきました。
どうすれば麻倉の声が生きるかを考え、一度歌ってもらって、もう一度変える。
完成済みの音符へ無理に声を当てはめるだけでなく、声の持ち味を確かめながら旋律を作る時間があったのです。
本人の歌いやすさや声の魅力は、こうした作り手との往復によっても引き出されていました。

「星影の小径」は、歌い出しから他の声を動かす

2026年の「星影の小径」では、ザ・ハモーレ・エ・カンターレと声を合わせました。
共演した四人は、最初のテスト同時録音で、麻倉が歌い出した瞬間に心が動いたと振り返っています。
軽快なジャズの合唱を重ねる側が、主役の第一声を聴き、その場で喜びを感じる。
歌の力は、一人で大きく歌い切る場面だけでなく、周りの声が入ってくる瞬間にも表れます。

40周年ライブでも、庄野真代、石井明美、澤田知可子は、新曲「The breath of life」に加えて「ヒーロー」のコーラスに参加しました。
麻倉は、三人が代表曲にも声を重ねてくれたことを喜んでいます。
一人の強い声として知られる歌が、仲間の声を迎える場にもなる。
同じ旋律でも、誰と歌うかによって楽しみ方が広がるのです。

2022年8月、40周年ライブで仲間と共演する麻倉未稀
2022年8月、40周年ライブで仲間と共演する麻倉未稀。
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歌い慣れた音の、その間も探している

麻倉は2022年、比叡山延暦寺で触れた声明にも関心を持ち、学び始めました。
惹かれたのは、普段の歌では区切って考えている音と音の間にも、表現できる場所があるという感覚です。
それをいつかスキャットへ生かせないかと考えていました。
すでに習得した技法としてではなく、歌の可能性を広げるための探究でした。

「ヒーロー」の熱量を保ちながら、柔らかい歌や人と重ねる歌へも向かう。
麻倉の力強さを支えるのは、余分な力みを減らし、声を自由にしていく姿勢でもあります。

代表曲への迷い、震災後の経験、復帰後の変化をつなぐ歩みは、麻倉未稀の歌声の変遷にまとめています。

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