橋本絵莉子(チャットモンチー)の歌い方|強く歌いすぎる声を、座って録った理由

橋本絵莉子(2017年のインタビューより) シンガー
橋本絵莉子(2017年のインタビューより)/撮影:西槇太一、出典:CINRA

チャットモンチーの橋本絵莉子には、声が強すぎて、ほぼ座って歌を録音したアルバムがあります。
2017年に、People In The Boxの波多野裕文と作った『橋本絵莉子波多野裕文』です。

それまでどおりに歌うと、アコースティックギターの細やかな伴奏に対して、声が強すぎる。
自分の持ち味を出せば、その曲がよくなるとは限らなかったのです。
この録音で橋本は、声を思いきり出す楽しさとは違う、他人の作った旋律を歌う難しさと喜びを知っていきます。

この作品の「トークトーク」は、作詞も作曲も波多野が担当した曲です。
「シャングリラ」などで知るチャットモンチーの声を、別の作り手の歌の中で聴けます。

いつも全力で歌わなくても、気持ちは伝わる

チャットモンチーでは、橋本はギターを弾きながら歌い、多くの曲の作曲も担ってきました。
自分で作った旋律を、自分の声で押し出す。
バンドの演奏とともに勢いよく歌う姿は、聴く側が期待する橋本らしさの一つでもありました。

ところが本人は、チャットモンチーで活動していた2016年の時点で、声の出し方を考え直しています。
以前はどんな曲でも、がむしゃらに歌っていた。
けれど、そこまで力を使わなくてもよい場合があると、少しずつ分かってきたというのです。

当時の「majority blues」の制作では、サビの感情を強めるためにキーを上げたり、転調を加えたりしていました。
声をさらに張り上げることだけで盛り上げようとせず、どの高さで歌うかも含めて、歌の力加減を探っていたわけです。
その経験は、新曲だけでなく、昔の曲を歌う際の判断にもつながっていました。

ただし、本人が加減を覚えたからといって、すぐにすべてを変えられるわけでもありません。
聴き手には、力いっぱい歌う橋本のイメージがある。
急にその勢いがなくなったら、物足りなく感じる人もいるかもしれない。
橋本自身も、そうした期待とのバランスを気にしていました。

ここには、持ち味がはっきりしている歌手ならではの難しさがあります。
得意な歌い方があることと、毎回それを求められることは、本人にとって同じではないのです。

指で弾くギターに、いつもの声が強すぎた

橋本絵莉子(2017年)
橋本絵莉子(2017年)/撮影:西槇太一、出典:CINRA

橋本が波多野に声をかけたとき、望んでいたのは、自分以外の誰かが作った曲を歌うことでした。
自分から生まれるものに自信が持てなくなっていた時期で、以前から好きだったPeople In The Boxの波多野に、曲作りを頼んだのです。

自分で旋律を作る場合には、次に声をどこへ運ぶかを自分で決められます。
しかし、波多野の曲では、予想していなかった音へ旋律が進む。
橋本は、歌詞を音符に当てはめる感覚の違いも含め、歌うのが難しかったと振り返っています。
同じ自分の声でも、慣れた曲のようには扱えませんでした。

もう一つ違ったのが、伴奏です。
この作品には、アコースティックギターを指で弾く曲が多くあります。
指弾きでは、弦を一度に大きく鳴らすだけでなく、一音ずつの動きや余韻が伴奏を作ります。
そこへいつもの力強い歌を乗せると、歌声の勢いが勝ちすぎたのでした。

これは、アコースティックの曲では大声で歌えない、という一般論ではありません。
今回の曲と伴奏に合わせたときに、橋本自身が声を強すぎると感じた、という具体的な話です。
そこで録音では、ほぼ座って歌うことにしました。
声を加減するために、歌う姿勢から変えてみたのです。

大きな声を出せる人が、小さく歌うのは簡単そうに見えます。
けれど橋本にとっては、音量を下げていつもの歌を再現するだけでは済みませんでした。
旋律の進み方も、言葉を置く位置も、隣で鳴る楽器も違う。
それらに合わせて歌を組み立てることが、この作品での新しい経験になりました。

自分の思い出なのに、一人では歌にできなかった

このデュオでは、橋本が多くの歌詞を、波多野が曲を担当しています。
橋本が渡したのは、自分ではうまく旋律を付けられなかった歌詞でした。
他人の歌を歌いたいと始めた活動が、自分に近すぎて扱いにくかった言葉を歌う機会にもなったのです。

例えば「飛翔」には、橋本の地元の記憶が書かれています。
もともと歌詞の一部はあったものの、個人的な思い出ばかりで、曲として人に伝わるのか自信が持てない。
自分で旋律を付けることもできず、しばらくそのままにしていました。
それでも歌いたい気持ちが残り、サビを書き足して波多野に渡しました。

思い出の当事者である橋本には、言葉の後ろに、その場面や感情がいくつも付いています。
波多野は、その歌詞を初めて受け取る作り手です。
波多野が橋本の思いつかなかった旋律を付けることで、彼女も、その言葉を一つの歌として歌えるようになりました。

橋本は、この作品の自分の歌詞を、柔らかなものとして捉えていました。
いつもの強さを抑えた歌い方には、伴奏とともに、そうした言葉の性格も関係していたと本人は考えています。
座って録音したという話は、声量を抑える工夫であると同時に、これまで出せなかった歌をどう歌うか、という試行錯誤の一部だったのでしょう。

ソロになっても、バンドで声を出す楽しさは残った

2022年1月14日、ソロ初のワンマンライブ
2022年1月14日、ソロ初のワンマンライブ/撮影:川島悠輝、出典:Vocal Magazine Web

こうした経験を経たからといって、橋本が力強く歌うことをやめたわけではありません。
2018年にチャットモンチーが活動を完結した後、2021年にはソロのアルバム『日記を燃やして』を発表します。
その制作中に生まれた「今日がインフィニティ」は、サポートの演奏者たちと音を合わせる楽しさが、曲になったものでした。

きっかけは、録音していたスタジオの名前にあった「INFINITY」という言葉です。
橋本はそこから歌詞を書き、翌日には曲を付けました。
その場で誰かと演奏することが楽しくて、新しい歌ができてしまったのです。

「今日がインフィニティ」の歌詞には、すぐに書いたからこそ、後から誤解されるかもしれないと気になる部分もあったそうです。
それでも直すと不自然になるため、作った日の自分を信じ、そのまま歌うことにしました。
言葉をいつでも整えればよいわけではないし、声をいつでも抑えればよいわけでもない。
この曲では、音楽を作っているときの楽しさを、後から手直ししすぎずに残したかったのでしょう。

2022年1月のソロ初ワンマンライブでも、橋本はギターを弾き、バンドとともにこの曲を力強く歌いました。
一方、同じ公演の「脱走」では、ウクレレ、アコースティックギター、タンバリンという編成に変わり、橋本は手拍子と歌を担当しています。
一つのライブの中にも、演奏の厚みも、本人が担う役割も違う歌が並んでいたのです。

橋本絵莉子の歌い方を、かつての勢いが残っているかどうかだけで見てしまうと、座って録音したときの発見を見落としてしまいます。
伴奏に対して強すぎる声は加減し、自分だけでは歌にできなかった思い出には、他人の旋律を借りる。
そして、バンドで演奏する楽しさから新しい曲ができれば、また思いきり歌う。

橋本には、力強さを生かす歌も、力を抑えることで歌いやすくなる曲もありました。
座って歌った録音と、バンドで歌う喜びから生まれた曲を並べると、彼女が自分の声の使い道を広げてきたことが分かります。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました