普段は歌って踊っているのに、ディズニーの歌を実際に歌ってみると、テンポの感覚から難しい。
2024年、映画『ライオン・キング:ムファサ』に参加した松田元太は、そんな戸惑いを語りました。
いつものJ-POPとは違い、芝居や台詞の先に歌がある。
得意な歌を披露することと、登場人物として歌うことの違いが、そこにはありました。
Travis Japanで踊る歌、声そのものを加工して作る曲、物語の中で感情を運ぶ歌。
松田の歩みには、歌う場が変わるたびに、声の使い道を増やしてきた面白さがあります。
その広がりは、2026年、演歌に正面から向き合う舞台へもつながっていきます。
新しい環境で、成長の実感を探していた2022年
松田は2011年に入所し、2017年にTravis Japanへ加入しました。
グループでアメリカへ渡った2022年には、目の前の経験を吸収しながらも、自分がどこまで伸びたのかを測れないもどかしさを感じています。
学んでいる最中の本人には、日々の変化が必ずしもはっきり見えていたわけではありませんでした。
ロサンゼルスでの日々には、ダンスとボーカル、英語のレッスンがありました。
渡米して間もない時期の松田は、初めてのことばかりで楽しいと話し、多くの経験を吸収することに前向きでした。
歌だけを切り離して磨くのではなく、言葉や身体の動きも一緒に学ぶ生活だったのです。
同年10月28日、Travis Japanは「JUST DANCE!」で世界配信デビューを果たします。
ダンスと歌を組み合わせたグループの表現が、活動の中心になっていきました。
この時期を、ひとつの技術を身につけて完成した瞬間として捉える必要はありません。
新しい環境で経験を積み、どこが変わったのかを自分でも探している。
その途中にいた人が、後には曲の仕上がりや役の声について、具体的な選択を語るようになっていきます。

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「Rush」で、声を曲の質感として考える
2024年12月発売のアルバム『VIIsual』では、メンバーがそれぞれ楽曲の制作に関わりました。
松田がプロデュースを担当したのは「Rush」。
ハウスの要素を取り入れ、電子的な音と加工されたボーカルを組み合わせた曲です。
松田自身も、この曲ではオートチューンに挑戦したと説明しています。
歌った声を、そのまま前に出すだけでなく、音響処理を含めてどんな曲にするかを考える仕事が加わりました。
役を演じる歌では、声から人物の気持ちを伝えることが求められます。
一方、ダンスポップでは、声を電子音と近い質感に整えることも曲の表現になります。
「Rush」での試みは、松田が一種類の声の見せ方にとどまらず、作品全体の中でボーカルを捉えるようになった例といえるでしょう。
『ムファサ』で出会った、台詞とつながる歌
『ライオン・キング』は、松田にとって以前から縁のある作品でした。
高校時代、アメリカの学生たちと一緒に、この作品を題材にしたミュージカルに取り組んだ経験があります。
言葉が十分に通じない中でも、ひとつの舞台を作った記憶が残っていました。
2024年の映画で演じたのは、後にスカーとなる若いライオン、タカです。
かつて学生同士で取り組んだ作品に、今度はその前日譚の登場人物として向き合いました。
声の演技では、オリジナル版の声のかすれ方や、悲しみ、あきれといった細かなニュアンスにも目を向けました。
収録の中で声の高低について助言を受け、慣れてきた段階で、先に録った場面を改めて録り直すこともありました。
作品の途中で役への理解が深まれば、最初に出した声も選び直す。
一つひとつの場面で声を探し、その声が、タカという同じ人物のものとしてつながるようにする。
台詞から歌へ進む作品で、声による演技を学ぶ時間にもなっていました。
劇中歌「ブラザー/君みたいな兄弟」では、ムファサを演じる尾上右近との関係も大切でした。
松田は、ムファサの声が土台を作ってくれることで、タカが自由に歌えると捉えています。
二人の声が重なることを、兄弟の関係として理解していたのです。
一方、タカは明るく無邪気なままでは終わりません。
松田は、スカーへ向かう過程の細かな気持ちをどう表すかにも向き合いました。
ひとつの声色を保つ仕事ではなく、物語とともに声の表情を変える役でした。
ライブでは、毎回少しずつ歌を変える
映画の仕事を経た2025年、松田は、ライブでも小さな変化を試していることを明かしています。
公演ごとにこっそり歌い方を変え、ブレスを入れる位置にもアレンジを加える。
一度作った歌い方を、毎回まったく同じ形で再現することだけを目指してはいませんでした。
録音では作品に合う声を選び抜き、ステージでは完成した曲にもう一度手を入れる。
息を継ぐ場所のような小さな判断にも、実演する人の工夫が残ります。
グループの中で歌うことと、自分なりに歌を動かすことが、松田の中で並んでいたのです。

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2026年の『俺節』で、演歌の節回しに向き合う
2026年6月には、舞台『俺節』で単独初主演を務めました。
演じるコージは、青森から上京し、演歌歌手を目指す青年。
福原充則の脚本・演出による舞台で、流しのギター弾きオキナワを演じた稲葉友とともに、歌に生きる人物を描きます。
祖父が演歌好きだったため、松田にも演歌へのなじみはありました。
ただ、自分が歌う側になると、こぶしや演歌特有の歌い方には苦労したといいます。
知っている音楽を実際に自分の声で表す難しさに、改めて向き合う現場でした。
舞台では、コージの若く不器用な歌が、物語の進行とともに厚みを増していく姿も描かれました。
ギターとともに歌う「北へ」、終盤のオリジナル曲「俺節」など、歌そのものが主人公の歩みを運びます。
ここで描かれた青年の成長は、そのまま松田本人の経歴ではありません。
松田にとっての新しさは、人物の変化を、演歌の節回しを使って客席へ届ける仕事を担ったことです。
映画では声でライオンを演じ、舞台では身体ごと、歌を生業にしようとする青年になる。
物語を担う歌の経験が、別の音楽へ広がりました。
同じCMソングにも、別の歌い方がある
2025年の関電不動産開発のCM「街を舞台にショータイム」篇では、歌と力強いダンスを見せています。
本人も、Travis Japanの時以上と思うほどしっかり踊ったと話していました。
翌2026年の「未来へ歌う」篇では、同じ会社の歌を、落ち着いたバラードの形で歌いました。
松田は前年の力強いCMと比べ、今回は日常の温かさや柔らかさのある場面だったと説明しています。
バス停で赤ちゃんへ笑顔を向けながら口ずさむ設定。
街を大きなステージにする歌から、近くにいる人へ届く歌へ、曲の役割も変わっています。
この違いは、年を重ねて声が一方向に変わったという話ではありません。
同じ歌でも、踊る場面と静かな日常では、似合う届け方が違う。
その違いを引き受けられることが、松田の表現の広がりを示しています。
経験を積む中で増えてきたのは、どんな場面でも使うひとつの完成形より、その場に合う声を選ぶための引き出しなのです。
曲の中での息や声色の選び方は、松田元太の歌い方で詳しく見ていきます。

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