「Time to Say Goodbye」を、まるで自分に語りかけるように歌い直す。
大きな舞台と華やかな歌声で知られるサラ・ブライトマンが、2018年の再録で求めたのは、そんな近さでした。
代表曲でさえ、そのまま守り続けるだけではない。
彼女の歩みをたどると、持っている声をどこへ置くか、その選び方が変わってきたことが分かります。
舞台へ向かう前にも、ポップの声があった
サラは幼い頃から歌い、ピアノも弾いていました。
本人の記憶では、子供時代の声は大きくはなかったものの、明るく音楽的だったといいます。
母親は、成長途中の声だけに進路を託すのでなく、まずバレエやダンスを通じて芸術に触れる道を選びました。
体を使って舞台に立つ経験と、歌う楽しさが、一緒に育っていったのです。
1970年代後半のディスコ時代を振り返るとき、サラは当時の歌に求められた、高く少女らしいポップの声に触れています。
後のクラシカルな響きだけを、出発点から変わらない唯一の声と考えることはできません。
1981年の『キャッツ』を経て、1986年には『オペラ座の怪人』のクリスティーヌをロンドンで初演します。
1988年のブロードウェイ公演でも同じ役を演じました。
アンドリュー・ロイド=ウェバーは、彼女を念頭にこの役をつくっています。
既にある役へ声を合わせるだけでなく、彼女の声から役の音楽が生まれる関係でした。

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その関係は、録り直した同じ曲にも表れています。
1992年の『Sarah Brightman Sings the Music of Andrew Lloyd Webber』では、「Wishing You Were Somehow Here Again」を再録しました。
ロイド=ウェバーは、その歌に数年間の成長が表れていると記しています。
同じアルバムには1985年の「Pie Jesu」などの旧録音も入り、すべてが1992年の歌ではありません。
昔の舞台曲を集めただけでなく、以前の声と、経験を重ねて歌い直した声が並ぶ作品なのです。
1990年代、学ぶ暮らしと新しい録音が並行する
ソロの道へ進んだ時期、サラはイタリアでベルカントの歌唱を学んでいました。
小さなコンサートを開き、週末にはフランク・ピーターソンとスタジオで録音する。
後に本人が懐かしんだのは、そのような学生に近い暮らしです。
「Time to Say Goodbye」が成功したときも、うれしさと同時に、その生活を大きく変えたくない気持ちがあったといいます。
世界的なヒットの前には、学び続ける時間がありました。
1998年のロイド=ウェバー50歳記念コンサートを振り返っても、サラはイタリアでの学びに触れています。
声の状態がよく、リハーサルから本番まで落ち着いて臨めたという回想です。
ピーターソンとの最初のアルバム『Dive』は、1993年の作品です。
海を主題にしたこの録音では、舞台での成功から離れ、ポップという自分の原点へ戻りました。
「Captain Nemo」の情景、「La Mer」の静けさ、「Once in a Lifetime」の官能的な方向へ、曲ごとに景色を変えていきます。
サラは歌うだけでなく、共同プロデュースや歌詞づくりにも参加しました。
物語の登場人物を演じる仕事から、アルバム全体の世界を選ぶ仕事へ、担う範囲が広がっています。
1995年の『Fly』では、ロックや電子音との組み合わせが前に出ます。
「A Question of Honour」は、カタラーニのオペラ『ラ・ワリー』の一節と、ロックや打ち込みの音を交える曲でした。
古典的な声を捨ててポップへ戻るのではなく、その両方を一つの曲に置いていく。
後に広く知られるサラの歌の形は、こうした実験の中で育っていきました。
代表曲の成功後も、声を一つに決めない
1997年の『Timeless』に収められた、アンドレア・ボチェッリとの「Time to Say Goodbye」は、彼女の代表曲になります。
続く1998年の『Eden』では、映画『ミッション』の器楽曲「Gabriel’s Oboe」に歌詞を付ける許可を、作曲したエンニオ・モリコーネから得ました。
それが「Nella Fantasia」です。
楽器の旋律にも、新しい歌の居場所をつくっていきます。
2000年の『La Luna』では、ポップとクラシカルな歌の行き来が、曲の内部にまで入り込みます。
表題曲には地域によって歌い方の異なる版まであり、一つの声へ固定する方向には進みませんでした。
2003年の『Harem』は、さらにダンスのリズムや異なる文化の楽器を取り入れます。
「It’s a Beautiful Day」ではプッチーニの旋律とシンセサイザーのビートを重ねる一方、「Free」では親密で傷つきやすい表情を見せました。
大きな響きを持つ声と、近くへ届く声を、作品の中で隣り合わせにする。
華やかな外観が増すほど歌も一様に派手になった、という歩みではありません。
2013年、声を包む空間まで組み直す
『Dreamchaser』では、マイク・ヘッジスと新たに制作しました。
宇宙の広がりを主題に、エルボーの「One Day Like This」、シガー・ロスの「Glosoli」、シーアの「Breathe Me」などを選んでいます。
オペラや舞台の曲を中心にした選曲から、遠い場所へ来たようにも見える組み合わせです。
サラにとって難しかったのは、曲を探すこと以上に、出自の違う曲を同じ世界の音にすることでした。
自分は作曲家というより、音楽を解釈する人だと語っています。
宇宙の大きさと、人が抱く感情を結びつけたい。
その狙いを、ヘッジスとともに音へまとめていったのです。
この時期の歌には、声そのものと録音の響きを分けて考える面白さがあります。
「Breathe Me」の声へ加えた残響や音の反復を評価する批評がある一方、別の曲では残響が歌を覆いすぎるという指摘もありました。
響きの広さは、そのまま歌手の声量の大きさではありません。
声を包む空間を広げる試みが、歌の見え方も変えた作品です。
2018年、大きな歌を自分に語る歌へ
『Hymn』へ向かう頃、サラは宇宙飛行の訓練を中断した後の生活を立て直していました。
歌唱指導者と声を整える一方、ピーターソンは、複雑な映像演出を伴った前作から、声の美しさや感情へ立ち戻る方向を提案します。
そこから、人の声や合唱に囲まれる、希望を感じられる作品へ進みました。

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サラ自身は、歌のスタイルを根本から変えてきたというより、心に描く景色が、そのときの選択を変えるのだと説明しています。
『Hymn』で集めたのも、特定のジャンルの曲だけではなく、安心や光を感じさせる音楽でした。
その終曲には、「Time to Say Goodbye」の英語による新しい録音を置いています。
大ヒットしたデュエットを、独唱として受け止め直した一曲です。
代表曲に戻ったこと以上に、同じ旋律へ向ける距離を変えたことが、この時期の選択をよく表しています。
ノーマ・デズモンドに、自分の声の弱さも渡す
その後、『サンセット大通り』で、かつての大女優ノーマ・デズモンドを演じるため、ミュージカルへ戻りました。
2025年のサラが語ったのは、以前の名演をなぞるのでなく、自分の人生経験を役へ持ち込む考え方です。
彼女はノーマを傷つきやすい人物と捉え、自分の声にも、銀色を思わせる質感と危うさがあると説明しました。
力を持つ人でありながら、脆さもある。
その両方を自分の声で表せることが、役を引き受ける理由になっています。
クリスティーヌから長い時間を経て、声に求める役割も変わったのです。
ポップ、舞台、クラシカルな作品を行き来しながら、サラはその都度、歌を置く景色を選び直してきました。
変わらない個性を持つことと、同じ歌い方を守ることは、彼女の中で同じ意味ではなかったのでしょう。
曲の中での声の切り替えや、高音を滑らかにつなぐ考え方は、サラ・ブライトマンの歌い方で掘り下げています。

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