「Time to Say Goodbye」を、親密な独唱として歌い直す。
サラ・ブライトマンの歌を考える鍵は、高音の美しさだけでなく、曲の中で声の距離を変えることにあります。
高音と低音の境目を、滑らかにつなぐ
サラは声域について尋ねられると、高いか低いかという区分をあまり意識せず歌っていると話しています。
ただし、それは準備がいらないという意味ではありません。
声の高さによって使い方が変わる部分を、本人は声のレジスター、つまり声区として説明しています。
その間に大きな違いを感じさせないためには、非常に多くの練習が必要だというのです。
高音だけを別の声で飛び出させるのでなく、そこへ至る動きをつなげる。
サラの発声を考えるときは、最高音の数字より、この連続性に注目したいところです。
高い音への不安についても、サラの答えは準備に戻ります。
よく準備できていれば、高い音もほかの音と大きく違わない感覚になる。
そう感じられるまでには、長い練習と経験が必要だったといいます。
これは本人が歌うときの感覚の話で、聴き手が響きだけから喉の動きを判定できるということではありません。
軽く届く声の後ろに、毎回の準備があるのです。
声の切り替えは、曲と相手で変わる
『La Luna』の表題曲は、ドヴォルザークの音楽をもとにした曲です。
米国盤でのポップの声とクラシカルな声の行き来に対し、欧州盤は一つの方向を保ちます。
どちらかを未完成版と考える必要はありません。
声を切り替えて曲の表情を動かす方法と、同じ響きで全体をまとめる方法があるからです。
別の選び方がよく表れるのが、『Fly』の「How Can Heaven Love Me」です。
クリス・トンプソンのざらついた声に対し、サラの声は柔らかさや繊細さを受け持ちます。
ただし、ずっとおとなしく寄り添うわけではなく、澄んだ声から、鋭く通るような声まで表情を広げる曲です。
同じサラの声でも、共演者との距離や曲の展開によって、前に出る強さが変わります。
さらにサラは、主旋律だけでなく背景のコーラスも担当しています。
この曲の高いコーラスまで含めると、一人の声が違う役割で重なった録音だと分かります。
前に立つ歌と、周囲を満たす声。
音の高さや質感に加えて、曲の中で何を担当する声なのかという聴き方もできます。
デュエットについて、サラは二人とも優れた声であっても、組み合わせが合わなければ成立しないと話しています。
自分だけで最も大きく響く声を探すのではなく、相手と並んだときの響きを選ぶ。
声の個性を保ちながら共演できる理由を、その考え方から捉えられます。

画像出典:画像掲載元
歌い上げる前に、近くへ語りかける
2018年の『Hymn』に入った「Time to Say Goodbye」は、声の大きさと歌の意味が結びつく例です。
サラは、ボチェッリと歌った版の壮大さに対し、歌詞の内容にはもっと親密なものを感じていました。
そこで英語で歌い、ピアノを伴奏の中心に置く形を選びます。
終盤にはオーケストラとともに声を大きく開き、クラシカルな歌い上げへ進む。
最初から最後まで同じ強さで押すのではなく、距離の近い言葉から始める構成なのです。
最後の大きな声だけをまねても、そこへ来るまでの静かな部分がなければ、同じ伝わり方にはなりません。
もともとのボチェッリとの録音も、最初から決まっていた組み合わせではありませんでした。
サラが彼のアルバムで曲を知り、制作者へ相談し、自分の歌ったデモを届けたところから始まります。
作品に惹かれ、自分の声を置いてみて、相手との歌にする。
有名な二人が並んだことだけでは見えない、声を試す過程がありました。
大きな響きの隣に、傷つきやすい声を置く
『Harem』では、「It’s a Beautiful Day」にオペラ的な声を置きながら、「What You Never Know」や「Free」では親密な表現へ向かいます。
楽器やリズムの華やかさに、いつも同じ大きな歌声で応えるわけではありません。
近づくように歌う場面があることで、歌い上げる場面にも別の役割が生まれます。
シーアの「Breathe Me」を歌ったときにも、サラは傷つきやすさを持つ曲へ踏み込みました。
この録音には、言葉が届く明瞭さによって、歌詞を新鮮に受け止めたという批評があります。
少ない音を伴う部分から、やがて大きな響きへ広がっても、曲が抱える内向きの感情を残す。
ただ美しい母音を伸ばすだけでなく、何を歌っているのかが届くことも、表現の中心にあります。
一方、その声の広がりには録音上の処理も関わっています。
「Breathe Me」には、声の反復や残響を加えた音づくりがあり、それを効果的だとする評価がありました。
透明感や奥行きを、すべて生の発声だけで説明すると、作品の姿を取り違えます。
歌い手の表現と、それをどの距離から届けるかという制作の選択が重なっているのです。

画像出典:画像掲載元
声を押すより、言葉が届く瞬間を選ぶ
サラが指導者から学んだことには、声を無理に押さず、自分の自然な質を保つという考え方があります。
動かせる声、柔軟な声であることを大切にしてきました。
それと同じように強調するのが、タイミングです。
伝えたいことを、聴き手が受け取れる瞬間に届ける。
声の響きを整えることと、言葉をいつ出すかを考えることが、彼女の中ではつながっています。
2024年の取材でも、直前まで歌唱指導者と練習していたことや、海外ではオンラインのレッスンを続けていることを話しています。
声は変わるので、その変化についていかなければならないという認識でした。
昔できたことを覚えているだけでなく、今の声を確かめ続ける。
透明な高音や柔らかな歌い出しも、そうした日々の調整の先にあります。
代表的な舞台曲であっても、準備が省けるわけではありません。
『オペラ座の怪人』25周年の公演に参加するとき、サラは約一か月かけて気持ちと歌を整えたと振り返っています。
当時のクリスティーヌをそのまま演じ直すのではなく、その時点の自分として歌うための時間でした。
高音まで滑らかにつながることと、曲のために表情を変えること。
サラの歌には、その二つを両立させようとする仕事があります。
大きく響く瞬間の前に、どんな声を置いているか。
そこへ耳を向けると、一曲の景色も違って見えてきます。
舞台からソロ作品へ進み、代表曲を歌い直すまでの選択は、サラ・ブライトマンの歌声の変遷でたどれます。

こちらの記事もおすすめ

時期ごとの声の選択と、その背景をたどります。

1995年のフランス語アルバム『D’eux』で、ジャン=ジャッ…

2004年のアルバム『Once』に収めら…



コメント