タケカワユキヒデ(Godiego)の歌い方|英語で育った声が、日本語の歌で悩んだこと

神宮外苑のイチョウ並木に立つタケカワユキヒデ シンガー
2022年掲載のインタビューより。撮影:宮地工/サライ

英語と日本語の両方で、ゴダイゴの名曲を歌ってきたタケカワユキヒデ。
ところが、ゴダイゴの代表曲「ガンダーラ」を日本語で歌ったとき、本人はどう歌えばよいのか悩んでいました。
その歌を支えたものを振り返ると、ビートルズとはずいぶん離れたところに、橋幸夫の名前が出てきます。

英語の発音が上手なら、日本語も同じように歌えるわけではなかった。
タケカワの歌い方の面白さは、慣れ親しんだ英語の響きと、日本語で覚えた節回しの両方にあります。
1979年の「銀河鉄道999」へ至るまでに、その二つはどう出会ったのでしょうか。

英語は、歌うために覚えた言葉だった

タケカワは幼い頃から音楽に囲まれて育ち、5歳でバイオリンを習い始めました。
楽器の稽古をする一方で、歌ではアメリカのポップスに夢中になります。
ニール・セダカやポール・アンカの曲を、まだ言葉の意味もよく分からないうちから、英語で覚えて歌っていたのです。
小学5年生になると、そこへビートルズが加わります。

10歳頃にバイオリンを弾くタケカワユキヒデ
10歳頃、バイオリンを弾くタケカワユキヒデ。出典:サライ

会話のために単語を覚え、その英語を歌に使ったという順番とは違います。
好きな歌を口にしているうちに、英語の音や言葉のつながりも覚えていった。
1975年のソロデビュー作『走り去るロマン』が全曲英語だったことも、その育ち方を知ると不思議ではありません。

ただし、本人にとって自然な発音が、そのまま録音で求められる発音だったとは限りません。
ビートルズから覚えた英語にはイギリスの響きがあり、後に作詞家の奈良橋陽子から、アメリカ風の発音に直すよう勧められています。
得意な英語にも、歌手として覚え直す部分がありました。

子どもの頃には、憧れの歌手と同じように歌うために発音を覚えた。
自分の作品を作るようになると、歌詞を書く人と一緒に発音を見直した。
英語で歌う経験を、そうして積み重ねてきました。
その一方、日本語を同じメロディーに合わせるとなると、別の難しさが待っていました。

「ガンダーラ」は、日本語を読めるだけでは歌えなかった

「ガンダーラ」は、まずアルバム用に英語で録音されました。
タケカワが悩んだのは、そのメロディーを日本語で歌うシングル版です。
英語で表現できたものを、うまく伝え切れなかったのではないか。
広く親しまれた日本語版に対して、歌っていた本人にはそんな思いが残っていました。

ここで難しかったのは、日本語の意味を理解することではありません。
言葉をどこで区切り、どの音を伸ばし、ひと続きの歌としてどう聞かせるかということです。
普段話している言葉でも、メロディーに合う歌い方がすぐに見つかるとは限らない。
英語の歌を体で覚えてきたタケカワには、日本語でも同じように迷わず歌える手がかりが必要でした。

その手がかりを、本人は後年、子どもの頃に歌っていた「潮来笠」と結びつけています。
祖母が橋幸夫のファンだったこともあり、幼いタケカワはこの曲を自分で歌うために覚えていました。
テレビから何となく耳に入った曲とは違い、自分の口で歌った記憶があったのです。

日本語の節回しを探していた「ガンダーラ」で、どこかに橋幸夫から受け取ったものがあったのではないか。
そう気づいたタケカワは、橋本人にもその思いを伝えています。
録音の現場で「橋幸夫をまねよう」と決めたという話ではなく、後から自分の歌の中に幼い頃の影響を見つけたのでした。

ビートルズが好きな歌手の中に、橋幸夫の歌も残っていた。
「ガンダーラ」の日本語は、その意外な組み合わせを考えながら聴くと、英語版とは違う楽しみ方ができます。

本人の迷いを、仲間は個性として聴いていた

タケカワが日本語版に迷いを感じていた一方で、ゴダイゴのミッキー吉野は、ほかの歌手にはなかった日本語の表現をそこに認めています。
本人が英語のときほど思いどおりにできなかった部分にも、仲間にはその人らしい歌い方が聞こえていたのです。

この二人の受け止め方を知ると、「ガンダーラ」の英語版と日本語版を比べる意味も変わります。
英語で歌うときと同じ調子にそろえることだけが、日本語版の良さではないのでしょう。
タケカワが慣れた言葉で歌う気持ちよさと、違う言葉で歌おうとして生まれた節回し。
どちらを好きになるかによって、同じ曲の印象も変わってきます。

空へ駆け上がる「999」には、日本語もはまった

その後の「銀河鉄道999」も、英語の詞から作った曲です。
作曲を頼まれたタケカワに渡されたのは、英語の歌詞と、大きな車輪が動いていく絵。
汽車が空へ駆け上がるというイメージを、各部分で低い音から高い音へ向かうメロディーに結びつけました。

この曲の伸びやかさを、歌手が強く声を出しているから、という説明だけで捉えると、作曲の工夫が見えなくなります。
歌う音そのものが上へ向かうように考えられていて、そこにタケカワの声が加わる。
声の明るさと旋律の動きが一緒になって、空へ向かう汽車のイメージを作っているのです。

この旋律に日本語を合わせた録音では、タケカワ自身にも手応えがありました。
スタジオで初めて山川啓介の日本語詞を受け取り、2回ほど歌ったところで、うまく合うと感じたといいます。
「ガンダーラ」での迷いを知っていると、日本語がすんなり歌えたこと自体が、大きな出来事だったと分かります。

「銀河鉄道999」を聴くときには、声が高くなるところと、そこに重なる言葉に耳を向けてみたくなります。
空へ向かうように作った旋律を、日本語でも気持ちよく歌えた。
この曲では、作曲家としての工夫と、歌手としての手応えが結びついていたのです。

南青山MANDALAでピアノを弾きながら歌うタケカワユキヒデ
南青山MANDALAでの弾き語り公演。2022年掲載。撮影:宮地工/サライ

ヒット曲を歌った後にも、日本語との格闘は続く

「銀河鉄道999」で手応えをつかんだからといって、その後の日本語曲が全部楽になったわけではありません。
タケカワは、1984年に録音した自宅デモを振り返り、同じ日に歌った二曲の出来を比べています。

一曲は、CM用の「HELPLESSLY IN LOVE WITH YOU」の日本語版。
こちらは言葉をメロディーに合わせることへ気を取られ、音程が不安定になったと自己評価しています。
もう一曲の「SEALS THE MOMENT」の日本語版は、声の伸びや張りも気に入った出来でした。
難しい日本語詞をよく練習した成果ではないか、と本人は考えています。

同じ日の録音でも、言葉が気になる歌と、声を伸ばせる歌がある。
昔の自分をひとまとめに「若い頃はよく歌えた」と褒めるのではなく、一曲ごとに出来と理由を見ているところが興味深いのです。
よく知っている代表曲の声も、そうした細かな試行錯誤の中で生まれていました。

タケカワの歌い方を知るには、英語が上手な歌手という印象から、もう一歩先へ進むと面白くなります。
子どもの頃に覚えた英語の歌があり、日本語に迷ったときには、同じ頃に歌った橋幸夫の記憶も役に立った。
そして「銀河鉄道999」では、自分で作った旋律に日本語が合う喜びを味わっています。
流れる英語と、言葉の伸ばし方を探した日本語。
その両方が、私たちの知るタケカワユキヒデの歌声なのです。

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