瑛人の歌声の変遷|「香水」の素朴な声から、自分の歌い方を選び直すまで

瑛人(2020年掲載/撮影:吉場正和) シンガー
瑛人(2020年掲載/撮影:吉場正和)

瑛人には、録音を終えてからライブで歌ううちに、ようやく曲に合う歌い方が見えてくるという悔しさがありました。
2023年には、その順序を変えたいと語っています。

最初の録音では、自分の声を子供っぽいと感じていた人が、曲ごとの声を考え、やがて代表曲を別の言語で歌い直す。
「香水」から始まった歩みには、歌う本人が自分の声をつかみ直していく過程があります。

19歳――好きだった歌を、自分の言葉で歌い始める

幼い頃から歌うことは好きでも、瑛人は、歌うとすぐ声が枯れるため歌手にはなれないと思っていました。
転機は、友人のダンサーが自分を表現する姿に心を動かされたこと。
19歳で音楽を始め、音楽学校でルンヒャンから曲作りを学びます。

そこでの出発点は、難しいことを知ってから歌うというものではありませんでした。
日記のように思いを書き、それを歌詞にして、歌ってみる。
自分にも曲が作れると実感した経験が、歌を仕事にしていく入口になります。

初期のアコースティックギターと声だけの形も、最初から固い方針があったわけではありません。
まだ制作仲間が少なかった時期に、小野寺淳之介と知り合い、二人なら気持ちを込められると考えました。
瑛人が作曲時のギターでイメージを伝え、小野寺が演奏する。
声を受け止めてくれる相手との関係から、あの簡素な編成が生まれています。

2019~2020年――不安のあった声が、「香水」として届く

2019年4月、最初のEPに収めたのは「香水」「またね」「君の愛と僕の愛」の三曲でした。
「またね」では、音楽学校で知り合った松本千夏とも一緒に歌っています。
一人の声だけで出発したのではなく、ギタリストや同級生とのやり取りが、初めから作品の中にありました。

それでも、初めて録音された自分の声を聴いた本人には、もっと上手になってから発表したほうがよいのでは、という迷いがありました。
同級生に背中を押されて配信した時も、最後まで確信は持てなかったそうです。

「香水」は、仲間が弾くギターに合わせ、失恋後の気持ちを自由に歌ったセッションから生まれた曲です。
そこで出た言葉と旋律を、ルンヒャンと一緒に作品へまとめていきました。

翌2020年に大きく広がったこの歌について、音楽ライターの酒井優考は、覚えやすい旋律とともに、飾り気のない声が人の心に届いたことを挙げています。
本人が未熟さを感じた声の中に、聴き手は口ずさみたくなる親しみやすさを見つけました。

2020年の「氣志團万博」では、森山直太朗と綾小路翔に笑わせてもらい、緊張がほどけました。
いつもと違う伸びやかさで「香水」を歌えた、と本人が振り返っています。

瑛人(2020年掲載/撮影:吉場正和)
瑛人(2020年掲載/撮影:吉場正和)。
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2020~2021年――同じ声が、違う伴奏の中で表情を変える

初アルバム『すっからかん』の録音は、2020年9月から11月にかけて行われました。
以前からの曲も、新しく生まれた曲も、出し惜しみせず収めた作品です。
この頃にはパソコンで音を作り、その音に合わせてセッションすることにも取り組んでいました。

2021年にCDとして出たアルバムでは、伴奏の選択肢が増えます。
「僕はバカ」や松本千夏との「またね」は、関口シンゴが音数を抑えながら歌を生かした曲。
むらたかもめは、もともとギター一本だった「またね」の温かさを残し、さらに彩りを与えたアレンジを評価しました。
編成を広げても、声の近さが曲の中心にあります。

アルバム『すっからかん』収録版。

「カルマ」では、Shingo.Sが音を作る横でメロディーを入れる方法から、本人にも新しく感じられる旋律が生まれました。
いつもの仲間との歌に、別の作り手のリズムや音が加わることで、歌う時の気分も変わっていきます。

一方、「HIPHOPは歌えない」には韻シストがアレンジと演奏で参加。
一枚の中にはレゲエ調の「ハッピーになれよ」もあり、声を置く音楽の幅がはっきり広がりました。
素朴な歌声は、一つの編成にだけ似合うものではなかったのです。

2021~2022年――仲間との歌を、ステージ全体へ広げる

2021年2月の初ツアー最終公演では、「HIPHOPは歌えない」を静かに歌い始め、その後にバンドが加わる構成を見せました。
一声から全員の演奏へ広げる始まり方です。
「リットン」の後には、ツアーの思い出を自由に歌い、メンバーのソロを促して「ハッピーになれよ」へつなぐ場面もありました。
仲間とのセッションが、客席を前にした一続きの演奏へ育っています。

この時期、声の出し方も学んでいました。
初ツアーでは、ボイストレーニングで習った発声練習を披露する一方、最後の「掃除」で感極まって声が詰まり、小野寺に支えられた場面もあります。
声を整えることと、感情を伴う歌を仲間と届けることが、ステージには同居していました。

翌2022年の『ALL IN』東京公演は、二作目『1 OR 8』の「HEADS UP!!」から始まりました。
軽快な曲で進む序盤に対し、「香水」「掃除」「もう3時」などが並ぶ中盤では、気持ちを込めた歌声で落ち着いた空気を作っています。
自由に歌うコーナーを挟み、最後の「風旅」は客席の手拍子とともに歌う。
一曲の声だけでなく、公演の中でその声をどう届けるかという幅も増していました。

2021年のミュージックビデオ。

2023年――歌い方が見えてから、録音するために

『らんちゅう』では、曲の世界を理解してから歌う意識が強くなります。
「ジカン」は、自分の声の特徴を引き出すことまで考えて録音した曲でした。
「あっちゅうま」では、自らギターを弾くことにも挑戦し、ライブで歌ってきた感覚を一回の歌唱に収めています。

この時期の歌を、ラジオで本人を迎えた桜井雅斗は、曲ごとに違う表情として受け止めました。
「ジカン」では、力みの少ない歌声とギターが失恋の切なさを深める。
KAIとのヒップホップ曲「音波陽」では、朗らかさが前に出る。
伴奏を変えても、気取らない声は残りながら、伝わる感情が違ってきます。

本人が望んでいたのも、単に上手いと呼ばれることだけではありませんでした。
2023年には、いろいろな声を出せるようになりたいと話す一方、派手な掛け声をする人物像は自分に合わないとも語っています。
求めていたのは、自分の持ち味を広げることでした。

『らんちゅう』の取材記事に掲載された瑛人(2023年掲載)
『らんちゅう』の取材記事に掲載された瑛人(2023年掲載)。
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2024年――「香水」を、違う言葉と感覚で歌い直す

2022年に発表したタイ語版「香水」には、大きな課題が残りました。
現地で歌って盛り上がっても、言葉の意味が伝わっていなかったのです。
本人はその反応を受け止め、タイ語の練習を続けました。

ただ発音を直して同じ伴奏で録るだけでは面白くない。
そう考えた瑛人は、タイ北部のバンドSANIMYOKに声をかけました。
言葉を学び直すことと、新しい演奏者と組むことを、同じ曲の中で進めたのです。

自らアレンジを頼み、チェンマイへ出向いて録音した新しい版が、2024年8月の「น้ำหอม -香水- feat.SANIMYOK」です。
2019年の原版、2022年のタイ語版、その後の作り直しという、別々の録音を持つ曲になりました。

本人は、タイ語の抑揚と旋律が組み合わさることに陽気さを感じ、以前の「香水」とはまったく違う感覚で歌っていると説明しています。
過去のヒット曲を再び出すだけでなく、同じ旋律を違う言葉の動きから歌い直したのでした。

瑛人の歌は、身近な人と音を交わすところから始まり、その輪を広げてきました。
ギターと二人で歌った声がバンドの中に入り、曲に合う歌い方を考え、別の言語にも向かう。
その過程で磨かれてきたのは、素朴な持ち味を生かし、今の声で何を伝えるかを選ぶ力です。

曲ごとの発音や声のトーンについては、瑛人の歌い方で詳しく取り上げています。

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