瑛人の歌い方|素朴な声にある、言葉の切り方と曲ごとの選択

初ツアー東京公演での瑛人(2021年2月26日/撮影:勝永裕介) シンガー
初ツアー東京公演での瑛人(2021年2月26日/撮影:勝永裕介)

「香水」の歌い出しは、ギターと一人の声だけです。
装飾の少ない声だからこそ、言葉の頭や音を切るタイミングが、そのまま歌の表情になります。

ただし、瑛人はどの曲でも同じように歌っているわけではありません。
リズムに合わせて発音を変える曲もあれば、低いトーンでつぶやく曲、テンポを自由にして歌う曲もある。
その違いをたどると、親しみやすい歌声の中の細かな選択が見えてきます。

「香水」――言葉の頭を立て、音をまっすぐ置く

伊丹谷良介の解説では、「香水」の冒頭について、音を下からしゃくり上げず、子音を明確にしている点が挙げられています。
音の終わりも、音程を下へ滑らせず、ギターのアクセントに合わせて切る。
入り口と終わりを整えることで、淡々とした言葉にもリズムが生まれます。

ビブラートを多く加えずに保つ音と、サビで少し崩して感情を出す歌い方も対照的です。
最初からすべての音を揺らすより、普段の語り口との違いが届きやすい。
素直に聞こえる歌を、声を出すだけの歌と取り違えないことが大切です。

一方、同じ「香水」でも、ライブでは声の入り方を変えています。
2023年8月の神宮外苑花火大会では、伴奏のない歌い出しに会場から歓声が上がりました。
曲の中盤では、言葉にならない間奏の歌を観客と一緒に歌っています。
声だけで始めることと、聴き手にも歌ってもらうこと。
録音の形をそのまま再現する以外にも、声と客席の関係を作れる曲なのです。
一人で歌う親密さが、多くの人と声を交わす親しみやすさにもつながっています。

優しい声と、伴奏の余白

「僕はバカ」の歌声には、関口シンゴが音数を抑えた伴奏を合わせています。
同じく関口が手がけた「またね」や「ハピネス」も、声の持つ温かさを生かしたアレンジとして評されました。
歌を大きな音で囲むより、言葉が前に出る場所を残す作り方です。

瑛人の優しさを、息の多い声や小さな声という一つの特徴だけで説明するのは難しいでしょう。
親しみやすい旋律をまっすぐ歌うことと、その声を邪魔しない伴奏が合わさって、近くで話しているような印象を作っています。

瑛人(2021年掲載/撮影:Yuma Totsuka)
瑛人(2021年掲載/撮影:Yuma Totsuka)。
画像出典:画像掲載元

「ハッピーになれよ」――リズムに合わせ、発音を少し崩す

「ハッピーになれよ」には、小さな「っ」を省くように聞こえる箇所があります。
本人は、レゲエのバンドと録音する時、その良いリズムを自分が壊してしまわないか心配し、言葉の置き方を変えたと説明しました。
文字を一つずつ明瞭に読むことより、演奏の流れに乗ることを選んだ場面です。

「香水」の子音の扱いとは対照的です。
発音を少し崩すことも、演奏の流れを大切にする選択になっています。

この歌のもとには、小学四年生の頃、別れて暮らす父親に新しい恋人ができたと、母親に伝えるため歌った経験がありました。
大人になってから、その頃の自分と一緒に作るような気持ちで完成させた曲です。
相手を傷つけかねない話を、幸せを願う歌にして届ける。
明るい曲調の中にある複雑な気持ちを知ると、演奏に言葉をなじませながら歌うという選択も、単なる軽さとは違って見えてきます。

低くつぶやく声と、自由なテンポの一発録り

「好きにすればいいさ」の低いトーンについて、瑛人は、母親や親友と話す時に出る声に近いと説明しています。
普段よりぼそぼそと話す感じを、だるそうな歌い方に残した曲でした。
相手との距離の近さが、明るく張る声とは別の表情になっています。

「リットン」では、いつものように立つ代わりに、座って目を閉じました。
ルンヒャンの提案でテンポを自由にし、ギターに合わせて一回で歌っています。
集中を要した録音でした。

題名の音は、祖母の足音を思い浮かべ、そばで歌ったことから生まれました。
言葉の意味だけでなく、繰り返す音そのものが、身近な人の動きを伝えています。

こうした歌では、均等に拍を刻むことだけが目的ではありません。
ギターと一緒に進みながら、思い出に結び付いた音をどの速さで置くか。
自由なテンポだからこそ、歌い手がその場の流れを引き受けています。

「チェスト」――歌い終わった後の気持ちまで選ぶ

「チェスト」には、本人が二つの終わり方を録りたかった理由があります。
最後をアカペラで終える形を、聴き手としては強く気に入っていました。
けれど、自分が歌う時には、最後に言葉のない歌を続け、気持ちを立て直せる余地も欲しかったのです。

作品としてよいと感じる終わり方と、自分の感情で歌い切れる終わり方は、必ずしも同じではありません。
瑛人はその違いを曖昧にせず、二種類を録ることで残しました。
歌唱の選択は、どの高さの音を出すかだけでなく、その感情からどう抜けていくかにも及んでいます。

アルバム『すっからかん』収録版。

初ツアー東京公演で歌う瑛人(2021年2月26日/撮影:勝永裕介)
初ツアー東京公演で歌う瑛人(2021年2月26日/撮影:勝永裕介)。
画像出典:画像掲載元

カバーでも、自分の中にいる相手へ歌う

AIの「ハピネス」をカバーした時、瑛人は、さまざまな人の顔と、その人につながる仲間の顔を思い浮かべました。
笑顔が次々につながる景色を想像しながら歌ったといいます。
途中の掛け声も聴いてほしいと話しており、メロディーの外にある短い声にも気持ちを託しています。

「ハッピーになれよ」では幼い自分、「ハピネス」では周りの人たちの笑顔。
瑛人は、明るく歌うという指示だけで声を作るのではなく、歌の中で誰を思うかを手掛かりにしています。
その具体的な相手が、飾らない言葉を、自分が歌える言葉にしています。

自分の声に合う歌と、新しい言葉の動き

2023年の「ジカン」では、自分の声の特徴を考えて録音しました。
ギターでもイメージを伝え、アレンジャーと曲を整えていく。
音にする前から、歌い方を考えようとする姿勢です。

桜井雅斗がこの曲に見いだしたのは、力を入れすぎない声が、ギターとともに切なさを深める良さでした。
悲しい曲だからと大きく泣き上げる以外にも、感情を届ける道があります。

2024年のタイ語による「香水」では、本人が、言語の抑揚とメロディーが混ざる楽しさを語っています。
同じ旋律でも、言葉の動きが変われば、歌う感覚まで変わるのです。

瑛人は、いろいろな声を出したいと思いながら、自分には似合わない派手な掛け声もあると考えていました。
技を増やすことと、自分の歌に合う声を選ぶことは、別々に大切なのです。

言葉の頭を立てる、演奏に合わせて発音を崩す、低くつぶやく、ギターと自由なテンポで歌う。
瑛人の素朴な声の中には、こうした違いがあります。
大げさな変化を加えなくても、言葉と伴奏への向き合い方が変わると、歌の表情は変わっていきます。

録音やライブを通じて歌い方をつかんできた歩みは、瑛人の歌唱変遷でたどっています。

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