フィル・コリンズの声には、言葉を強く打ち出す輪郭と、聴き手を包む柔らかさがあります。
大きく歌う場面だけを取り出すと、あの力強さを喉の力で作っているように思えるかもしれません。
しかし、本人と制作陣の説明をたどると、声の質感、リズム、録音での聴こえ方を組み合わせて歌を作っていたことが分かります。
柔らかな声を土台に、強い曲へも声を広げる
ジェネシスで主唱者になった頃、トニー・バンクスは、コリンズの声を柔らかいものとして捉えていました。
「Ripples」のような曲と、「Squonk」のような重い曲。
両方を歌うことが、声の使い方の幅を示しています。
強い声を出せることと、いつも強く歌うことは別です。
穏やかな旋律を保つところにも、持ち味があります。
「In the Air Tonight」|硬い輪郭は、発声と録音の組み合わせで生まれる
ヒュー・パジャムは、コリンズの声にある硬く荒い輪郭を、録音でも生かしていました。
声の音量を整えるコンプレッサーをすぐには反応させず、硬い子音の立ち上がりを通した後で強く抑える。
「In the Air Tonight」の制作を説明した際に挙げた方法です。
これによって、声の頭の鋭さが残ります。
声を押し出す歌い方に、録音側も反応しているのです。
完成した音源の迫力を、喉だけで作られた音と考えると、歌い方を見誤ります。
曲の緊張感には、言葉の生まれ方も関わっています。
コリンズは歌詞を即興で歌ったと説明しており、流布した事件の物語も否定しています。
細かな筋書きを朗読する歌というより、感情が言葉になる瞬間を捉えた曲です。

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「Mama」|笑い声も、曲の表情になる
「Mama」の不穏な笑いについて、コリンズは、その箇所だけは気分を切り替えて演じると説明しています。
曲全体を一色にするのでなく、短い声の表情で場面を変える。
音程を持つ旋律の外にも、歌手が担う表現があります。
本人によれば、この曲の言葉にも、作っている最中に自然と歌ったものが残っています。
後から演技を付け足すだけでなく、声を出して試すことが曲作りにつながっていました。
声で拍を感じさせる、ドラマーとしての歌い方
コリンズ自身は1985年、歌い始めた頃の自分を、リズミカルで打楽器的な歌手だったと振り返っています。
その性質はまだ残っている一方、声を使いすぎる部分もあり、歌手として学んでいる途中だと話していました。
声の強さを、最初から完成した技として語っていたわけではありません。
「打楽器的」とは、どの音も短く切るという意味で読むべきではないでしょう。
声を出す瞬間を、リズムの一部として扱う感覚です。
旋律の高さだけでなく、言葉が入る位置や、その始まりが持つ勢いにも歌の性格が表れます。
「One More Night」の出発点にも、ドラムマシンのリズムがありました。
コリンズは、伴奏に合う言葉が出てきて、そこから曲がまとまったと説明しています。
リズムを土台に歌を生む方法は、速い曲だけのものではありません。
「One More Night」|バラードでは、声の周りに余白を作る
『No Jacket Required』の制作では、音を詰め込みすぎないことが大切にされました。
パジャムは、とりわけ「One More Night」のような少ない音の曲では、一つひとつが目立つため、互いの関係を丁寧に整える必要があったと説明しています。
声を柔らかく聴かせるには、ただ音量を小さくすればよいわけではありません。
伴奏の中で声をどこへ置くかによっても、近さは変わります。
強い曲で使う荒い質感を抑え、言葉が届く余地を残す。
同じアルバムの歌唱を比べる際にも、この違いが手掛かりになります。
自分に聴こえる声が、次の声の出し方を変える
パジャムは1996年の制作で、コリンズがマイクの音に合わせて歌い方を変えることを指摘しています。
使い慣れたマイクが選ばれたのも、本人が知っている音のほうが、よい歌唱を引き出せるからでした。
録った後に音を加工するだけの話ではありません。
歌っている本人がどう聴き、その音にどう応じるか。
声の出し方を決める環境まで含めて、作品の歌が作られていたのです。
『Both Sides』で自宅録音の声を選んだことにも、似た姿勢が見えます。
本人が大事にしたのは、スタジオで整え直した声より、デモに残る心の動きでした。
正確に歌い直せたかだけで、テイクを決めていたわけではありません。

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『ターザン』|強く訴える声を、安心感のある歌にも使う
『ターザン』で一緒に仕事をしたマーク・マンシーナは、コリンズの声に誠実さを感じ、聴き手を包んで作品の世界へ招く力があると話しています。
「You’ll Be in My Heart」を含む作品で求められたのは、強烈な印象だけでなく、物語を受け止めてもらう声でした。
別れや孤独を歌うときの切実さと、誰かを支えるときの温かさ。
声が持つ近さを、異なる感情に向けられるところに、コリンズの歌の幅があります。
『ターザン』サウンドトラックのフィル・コリンズ単独歌唱版。
また、同じ曲を複数の言語で歌う際には、発音そのものに取り組んでいます。
当時の本人は、スペイン語に比べて、ドイツ語やフランス語には別の難しさがあったと話しました。
旋律を知っていれば同じように歌えるわけではなく、言葉の音を作り直す仕事でもあったのです。
一方、「Trashin’ the Camp」には、打楽器的なスキャットを使う場面もあります。
サウンドトラックには、ロージー・オドネルとの版と、*NSYNCを迎えた別バージョンが用意されました。
長い旋律で気持ちを伝える歌と、声そのものをリズムとして遊ばせる歌が、同じ作品に収まっています。
『Going Back』|憧れの歌を、自分の声で成立させる
コリンズは、ソウルのカバーを作るとき、原曲と競い合ったり、すべてを自分流に変えたりすることを目的にしませんでした。
若い頃に好きだった歌を、その頃の雰囲気の中で歌いたかったのです。
例えば「Heatwave」については、明るさや、日が差してくるような感覚に魅力を感じていました。
アレンジや楽器の響きを保とうとしたのも、初めて聴いたときの気分へ近づくためでした。
何を表す歌なのかが、歌う場所を決めています。
その一方で、制作時には各曲を歌うキーを検討しています。
声も、別のスタジオで全面的に録り直すのではなく、自宅で録ったものを生かしました。
必要な修正まで同じ場所へ戻って行ったのは、声の音をそろえるためです。
原曲への敬意は、声の条件まで無理に同じにすることではありません。
歌いやすい高さを探し、その環境で出た声を保つ。
好きな曲を自分のものとして歌うための、具体的な準備がありました。
フィル・コリンズの歌を一つの発声の型にまとめるのは難しいでしょう。
柔らかな声を残しながら、必要なところで輪郭を強くし、リズムに言葉を置く。
さらに、自分に聴こえる音を頼りに、曲が求める表情へ近づける。
大きな声そのものより、その声を曲の中でどう働かせるかに、彼の歌唱の面白さがあります。
初期から後年までの変化は、フィル・コリンズの歌唱変遷をご覧ください。
アイキャッチ:2017年6月7日、ロイヤル・アルバート・ホールで歌うフィル・コリンズ(写真:Raph_PH)/画像掲載元/CC BY 2.0
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