神宮寺勇太の歌声の変遷|歌を届ける経験を重ね、自分に合う声と曲を作るまで

2021年の取材記事に掲載された神宮寺勇太/©日経BP シンガー
2021年の取材記事に掲載された神宮寺勇太/©日経BP

神宮寺勇太は、King & Princeでの活動を経て、Number_iでラップ、バラード、ロックを取り込んだ楽曲へと表現を広げてきました。
その変化をたどると、声をどう使うかに加えて、どんな曲で自分の声を生かすかという問いが見えてきます。
舞台やグループで歌ってきた経験は、新しい音楽の中で、どう形を変えていったのでしょうか。

デビュー当初から考えていた、一人の個性とグループの関係

2018年、「シンデレラガール」でKing & PrinceとしてCDデビュー。
その年の神宮寺は、先輩を目標にしてそこで止まるのではなく、自分たちならではのグループを作りたいと語っていました。
各人がやりたいことに取り組み、その経験をグループへ持ち帰ることにも期待を寄せています。
後のソロ曲やプロデュースを考えるうえで、この個人とグループの捉え方は、出発点の一つになります。

舞台で声を届け、英語とリズムにも向き合う

2019年の「DREAM BOYS」では、岸優太とともに舞台に立ち、チャンプ役を務めました。
翌年、本人はこの仕事を、デビューからの2年間で印象に残った経験に挙げています。
受け継がれてきた役への責任を感じ、初日までは不安もあったそうです。
同じ振り返りで、何年も心に残る歌やパフォーマンスを作りたいとも話しています。
曲を発表するだけでなく、舞台の上でどう届けるかを積み重ねていた時期です。

2020年のアルバム『L&』では、「Bounce」の英語とリズムに苦戦したと明かしました。
難しかったからこそ、思い入れのある曲になったのです。
音程を追うだけでなく、言葉をビートにどう乗せるかが課題になっていたことが分かります。
翌年の「Magic Touch」も全編英語詞でした。
神宮寺は、振り付けで伴奏の小さなスネアの音まで拾う考え方に触れ、これまでとの違いを語っています。

役の言葉を、自分の中に取り込む経験

2021年には「葵上」「弱法師」で、ストレートプレイの単独初主演も経験しました。
「弱法師」では、約5分の一人語りを担っています。
演出の宮田慶子から受け取ったのは、役を外からまとうのではなく、自分の中に取り込んで言葉を発するという考え方でした。
神宮寺は声に出して台詞を読み、戯曲に書かれていない背景まで話し合っています。
歌唱法との直接の因果関係までは断定できませんが、長い言葉を人物の感情として届ける訓練をしていたことは、押さえておきたい背景です。

この頃には、ライブの演出を担い、客席からメンバーの姿を見る役割も持っていました。
自分が歌う側であると同時に、全体がどう見えるかを考える側でもあったのです。
一人の声を磨くことと、グループをどう届けるかを考えること。
その両方に関わる姿勢は、後の活動を見るうえでも欠かせません。

「GOAT」で、3人の声を作り分ける

2024年1月、Number_iは「GOAT」を発表しました。
ここでは、3人が同じ方向へ声をそろえるだけでなく、それぞれのキャラクターを際立たせています。
神宮寺によれば、この曲は3回録り直したそうです。
互いに声の出し方を提案し、ブースでも助け合いながら作り込んだことを、3人は振り返っています。
歌う人の個性も、制作の中で試しながら形にする段階へ進んだのです。

神宮寺の持ち味は、その中でもメロディを感じさせる滑らかなラップに表れました。
言葉を流れるようにつなぐ部分があり、粘りのある声や、ざらついた響きへ移る部分もあります。
柔らかな声に、短いフレーズごとの表情が加わっています。

2024年「No.Ⅰ」ツアーのNumber_i/©TOBE Co., Ltd.
2024年「No.Ⅰ」ツアーのNumber_i/©TOBE Co., Ltd.。
画像出典:画像掲載元

「INZM」で、自分の好きな音楽を声の舞台にする

同年の「INZM」は、神宮寺がプロデュースを担当しました。
発想の背景にあったのは、1990年代から2000年代初頭のミクスチャーロックと、ラッパーが生バンドと共演する姿です。
ロックとヒップホップを組み合わせ、途中でテンポや曲調を変えていく構成になりました。
声に勢いを加えるだけでなく、声を置く音楽の側も、自分の好みから作るようになったのです。

制作に参加するPecoriは、2024年6月の取材時点で、神宮寺に合うキーが見つかったと話しています。
持ち味に合う音の高さを探す作業も、制作の一部だったのです。

同年9月の「INZM」には、生バンドで演奏する「Hyper Band Live」の映像も登場します。
テンポが落ちる部分では、重いギターの中で、神宮寺と岸のラップが言葉をしっかり届ける形として評されました。
同じ曲を別の伴奏に置き、歌い方を見せ直す機会にもなっています。

この変化は、制作側との関係にも表れていました。
SHUNは、最初のミニアルバムまでの神宮寺には、一歩引いている印象もあったと振り返っています。
しかし、付き合いが深まるにつれ、やりたいことを自分から伝えるようになったそうです。
周囲の考えを聞きながら、自分の好みもはっきり示す。
「INZM」のような曲を生んだ背景には、こうした対話の変化もありました。

ソロ曲で見せた、繊細な声と自分の言葉

2024年の『No.Ⅰ』には、ソロ曲「Bye 24/7」が収録されました。
KEENが手がけたバラードで、神宮寺が望んだのは、歌声が際立つ楽曲への挑戦です。
高い音域の繊細さが、失った相手を思う曲の世界と結びついています。
激しいグループ曲と同じアルバムの中に、声の透明感を中心に据えた曲を持ったことも、この時期の広がりでした。

2025年の『No.Ⅱ』では、tofubeatsとの「LOOP」へ進みます。
神宮寺が先に歌詞を書き、デモの仮タイトルからイメージを膨らませ、やり取りを重ねて仕上げました。
岸も、自分で作ることで、フロウまで本人に合うものになっていると受け止めています。
用意された曲で声を探るところから、自分の言葉と好きな音楽を組み合わせて、その声に合う曲を作るところへ。

「ATAMI」で、生バンドとの別の関係を探る

同じ『No.Ⅱ』で神宮寺が手がけた「ATAMI」は、ジャズやR&Bの色合いを持つバンド曲でした。
「INZM」で見せた激しいロックとは、体の揺れ方も変わる音楽です。
3人の歌声が伴奏と絡むことで、後悔や過ぎた時間を思う曲の空気を作っています。
生バンドを、強い音の迫力だけに使うのではなく、声とリズムの心地よい関係にも広げた一曲と捉えられます。

2025年12月のツアーファイナルでも、「ATAMI」から「FUJI」、そして「INZM」へと、異なるバンドの表情を見せました。
ソロの「LOOP」では、ダンサーとともに繊細さと動きを組み合わせています。
音源で増やした表現を、一つの公演の中でどう並べるか。
曲を作る変化と、ステージで届ける変化が、ここでもつながっています。

2026年6月、パリで撮影された神宮寺勇太/写真:ANDONI + ARANTXA
2026年6月、パリで撮影された神宮寺勇太/写真:ANDONI + ARANTXA。
画像出典:画像掲載元

「BUGS LIFE」へ広がった音と、残っている声の個性

2026年には、神宮寺が手がける「BUGS LIFE」で、暗く硬いビートを持つフォンクにも取り組みました。
低い声の響きや言葉の反復が、デジタルなサウンドと組み合わされています。
同年9月、平野はこの曲に神宮寺の新しい一面を感じたと話し、神宮寺自身も、一連の楽曲をデジタルというテーマで作ったと説明しました。

本人は2026年、音作りだけでなく、歌い方の細かなニュアンスも、仲間と3年かけて作ってきたものだと振り返っています。
神宮寺の変遷は、以前の声を消して別人になる道のりではありません。
通る声、繊細な高音、言葉を滑らかにつなぐ感覚を、異なる曲の中で生かし直す歩みとして見ると、そのつながりが分かりやすくなります。
曲ごとの声の使い方は、神宮寺勇太の歌い方で掘り下げています。

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