山中さわおは、曲ごとに声を選び直してきました。
録音で試す声と、ステージで歌う声。
その違いから、ソロとバンドを行き来してきた歩みをたどります。
バンドの歌が育った、1990年代の転換
山中は、1990年代後半に、音楽の好みがイギリス中心からアメリカのオルタナティブ・ロックへ移っていったと振り返っています。
ピクシーズやブリーダーズなどの影響を受けながら、以前とは違う曲の作り方を身につけていきました。
『RUNNERS HIGH』『HAPPY BIVOUAC』を全曲演奏した2018年のツアーでは、「カーニバル」を、当時の影響が最後には自分たちらしい曲へ変わった、自慢の一曲として紹介しています。
借りてきた音楽の形を、そのままなぞって終わらせない。
後にソロで別の声を試せるのも、まずthe pillowsとして歌う場所を作ってきたからでしょう。
2010〜2013年――録音で試す声から、ステージで歌う声へ
ソロは『DISCHARGE』(2010年)、『退屈な男』(2011年)から始まります。
後者は全曲英語詞で、バンドとは別の表情を見せる作品でした。
『退屈な男』では、冒頭の「Vacant House」と最後の「Absurd Song」の印象が大きく違います。
けれど山中は、暗さから明るさへ進む物語として曲順を決めたわけではないと説明しています。
重視したのは、テンポやキーを含む音楽の流れでした。
曲の気分が変わることと、本人の気持ちが順番に変わることは同じではありません。
その声も、一人の告白としてだけでなく、曲ごとに選ばれた表現として受け取りたいところです。
初期の二作では、ライブで再現しにくいボーカルやギターのアイデアを、あえて楽しんでいました。
ところが、初のソロツアーを行う2013年には、低いキーの旧曲をどう組み込むかが課題になります。
音を出せても、歌う自分の気分が上がらず、ステージでの達成感に結びつかない曲があったのです。
『破壊的イノベーション』では、the pillowsの曲を書く時と同じ感覚へ戻りました。
「Answer」は、日本語を用いたこの時期の代表曲です。
制作の出発点には、noodlesの「Beautiful Dreamer」に刺激を受け、6拍子の曲を書きたいと思ったことがありました。
当時は、the pillowsが一年以上にわたる活動休止を経た時期でもあります。
山中は、ソロ作品を出すことも、バンドに刺激を与える意味があったと振り返っています。
2013年のthe pillows再始動後には、久しぶりの曲を歌うことが、気持ちを立て直す助けにもなっています。
山中は、10年、15年ぶりに歌う曲から、昔のリハーサルやツアーの記憶が戻ってきたと話しました。
休止を経たバンドで、もう一度歌う意味を確かめる。
旧曲は、過去を再現するだけのものではなく、次へ進む実感をくれる歌にもなっていたのです。

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2014〜2018年――昔の曲へ戻り、今の歌との距離を知る
2014年、the pillowsの初期の曲を再び演奏した時には、別の難しさに出会います。
山中が挙げたのは、キーの高さだけではなく、旋律とギターの難しさでした。
以前の演奏の感覚が、今の自分の中にそのまま残っているわけでもない。
昔歌えた曲へ戻ることは、単純な懐かしさでは済まなかったのです。
一方、その頃の新作では、真鍋吉明のギターが歌いやすい音になってきたとも話しています。
歌いやすさは、歌手一人の声の状態だけで決まらず、一緒に鳴らす音との関係でも変わっていきます。
2018年の『フリクリ』関連作では、過去曲の再録と新曲を、同じ時期に進めました。
山中は「Thank you, my twilight」について、以前よりも、頭にある音を形にできるようになった手応えを語っています。
ここで変わったと確かめられるのは、録音全体の仕上げ方です。
再録を聴いて印象が違っても、それをすべて声質の変化に置き換えることはできません。
歌を置く伴奏、録音、ミックスまで含めて、望む形へ近づける力が育っていました。
2022年――ギターを任せ、声でバンドに加わる
『Muddy comedy』の表題曲では、自分のギターを入れず、木村祐介にギターを任せる発想を選びます。
関根史織のベースと楠部真也のドラムが作るリズムの中で、ハンドマイクで歌おうと考えた曲でした。
自分で弾きながら歌うだけが、バンドへの参加の仕方ではなくなっていたのです。
2022年7月5日のSpotify O-EAST公演でも、「Muddy comedy」はギターを持たずに歌われています。
録音時の案が、そのまま舞台での身の置き方につながりました。
ギターを弾く役割を仲間へ渡し、自分は歌でリズムに加わる。
声を変えるために一人で工夫するだけでなく、誰と何を分担するかが、歌の表現を広げています。

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2025〜2026年――歌の感情を、一人で決めきらない
『あの花はどこに咲いている』(2025年)では、奥村大を制作に迎えました。
作品の準備は前年の夏から始まっており、the pillowsの解散後にすべてを作り直した作品ではありません。
自分が聴き慣れたデモへ、新しい耳が入る。
ギターの音作りから始まった関わりは、作品全体を一緒に考える関係へ進みました。
翌年の『Daydream again』では、歌唱の選択にも、その関係が表れます。
普段は歌のテイクであまり迷わない山中が、違う感情で二通り歌い、どちらがよいか意見を求めました。
久しぶりに人の意見を聞けた背景には、奥村の音楽への尊敬があります。
自分の判断をなくしたのではなく、信頼する相手と比べることで、歌の可能性を広げたのです。
本人はこの時期、違う歌い方を求められても、すぐに対応できると話しています。
長い経験は、最初に決めた歌い方を守るためだけのものではない。
別の案をその場で歌い、比べられることにも生きています。
声を変えることと、声の生かし方を変えること。
その両方へ目を向けると、山中さわおが歌い続けてきた歩みに、いくつもの転機が見えてきます。
声の使い分けと言葉の乗せ方は、山中さわおの歌い方で詳しく取り上げています。







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