若い頃の「愚図」を聴くと、勢いで歌っていたと感じる。
研ナオコは、代表曲を歌い直した時期に、そんな実感を語っています。
当時は曲をまっすぐ受け入れ、そのまま表現していた。
長く歌い続けるうちに、同じ言葉の捉え方が変わってきたのです。
経験を重ねた今は、落ち着いて腹を据えた歌い方もできる。
本人が見ているのは、若い声を保てたかどうかだけではありません。
同じ代表曲へ戻ったとき、そこに何を込められるか。
その変化を、出発点の「愚図」から近年の録音までたどってみます。
1970年代前半、明るい役柄の向こうにあった歌手の顔
1971年、「大都会のやさぐれ女」で歌手デビューした研ナオコ。
初期には「京都の女の子」「うわさの男」など、ユーモアや軽快さを感じさせる曲も歌っていました。
ドラマや映画でコメディエンヌとして知られるようになる一方、歌手としての評価が定まる大きな節目は、1975年のレコード会社移籍後に訪れます。
阿木燿子が作詞し、宇崎竜童が作曲した「愚図」です。
研は、この曲を初めて公演で歌ったとき、客席から押し寄せる拍手に鳥肌が立ったことを覚えています。
それまでにない反応を受け、歌手として立つ場所が変わったと感じたのでした。
ただ、最初から余裕を持って歌えたわけではありません。
宇崎が歌うデモを聴いた研は、自分には歌えないほどの曲だと圧倒されたといいます。
それでも作品の世界を壊さずに届けようとした。
後年、自分との闘いだったと振り返るその挑戦が、最初の大きなヒットにつながります。
1976〜78年、中島みゆきの歌が持ち歌の中心へ
続く「あばよ」は1976年、「かもめはかもめ」は1978年のシングル。
どちらも中島みゆきが書いた、今も研の歌手活動を代表する作品です。
陽気に人を笑わせる姿から、別れや切なさを伝える歌手へ。
「あばよ」のヒットには、その落差も強く働きました。
普段の明るさをそのまま曲へ持ち込むのでなく、歌の中にいる女性のやるせなさを表へ出す。
研の声が担う役柄は、ここでぐっと広がったと見ることができます。
1982年「夏をあきらめて」で、声の質感を選ぶ
「夏をあきらめて」では、自分の声が合うという直感が先にありました。
サザンオールスターズの曲を聴いた研が、自ら歌いたいと希望したのです。
声のざらつきを生かすことも、自分で選んだ表現でした。
1982年7月のサザンのアルバム『NUDE MAN』に続き、研のシングルは同年9月に発売されました。
言葉を途切れさせるような歌い回しは、原曲の面影を残しながら研の歌として成立させた点でも評価されています。
1983年には、ジャズのリズムへ声を乗せた
翌1983年の『Naoko Mistone』では、三木敏悟率いるビッグバンドと共演しました。
海外のスタンダードにも日本語の詞を付け、歌はスウィング感をたっぷり含んだものと評されています。
失恋を静かに語る姿に加え、大きな楽団の中でリズムに乗る歌手としての顔も示した作品です。
40代からの不安を、舞台の外では抱えていた
多くの持ち歌を得たあとも、舞台へ出ることが楽になったわけではありません。
研は2020年の取材で、40歳の頃に喉の手術を受けたあと、声が思うように出ない不安を長く抱えたと明かしています。
開演前、幕の裏で逃げ出したくなるほど追い詰められた時期もありました。
娘から力を抜くように言われ、美輪明宏からは自信を持つように励まされた。
そうした言葉で気持ちが楽になったと振り返っています。
客席に届く落ち着いた歌と、歌う前の本人の心の中は、いつも同じではなかったのです。
長く歌い続けた代表曲の裏には、声が出るかを案じ、周囲に支えられながら舞台へ向かった日々もありました。
2015年、他の歌手の名曲を自分の声へ引き寄せる
2015年の『雨のち晴れ、ときどき涙』は、7年ぶりのアルバムでした。
「舟唄」「夢芝居」「糸」などのカバーに、玉置浩二と中村中による新曲を加えた作品です。
自分のヒット曲を集める記念盤から一歩進み、よく知られた歌を現在の自分で届ける機会になりました。
研がカバーを怖いと感じるのは、元の歌の世界を守りながら、自分が歌う意味も作らなければならないからです。
芝居で言葉を伝える経験も、歌に生きていると話しています。
同作の「恋しくて」では、かつて一緒に舞台へ立ったTHE ALFEEに編曲とコーラスを任せています。
1970年代の共演を思い出しながら、今の自分の歌に彼らの声を迎える。
以前の仲間と仕事をやり直すことも、長い経験を新しい録音へつなぐ方法になりました。
2023年「愚図」は、作曲者が認める研の歌になっていた
2023年10月19日の公演には、宇崎竜童がゲストで登場しました。
コロナ禍で見送られていた節目の公演が、ようやく開かれた日です。
二人は「愚図」を一緒に歌い、その曲を初めて受け取った頃を振り返っています。
研にとっては、売れなければ歌手をやめようとまで考えた作品でした。
あれから長い時間を経て、宇崎は、もう研の声だからこそ表現できる曲になったと話します。
最初は作曲者のデモに圧倒され、自分には歌えないと感じた曲。
それが今は、作曲者にも簡単には代われない、その人の歌になっていたのです。

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2024年、キーを下げても、歌い回しの約束は守る
2024年11月の『今日からあなたと… Starting today, with you』では、「愚図」「夏をあきらめて」「あばよ」「かもめはかもめ」を新たに録音しました。
古い音源を集めたベスト盤ではなく、そのときの声で歌うセルフカバーです。
研はこの再録で、キーを下げ、編曲も少し変えたと説明しています。
その一方で、大切にしたのが、昔の歌い方に近い形を残すことでした。
歌い慣れたからといって崩したり、後ろへ引っ張ったりせず、その中に今の落ち着きが表れることを望んだのです。
音を支えたのは、長年コンサートで共演し、バンドマスターも務める古池孝浩。
歌をよく知る奏者の編曲が、今の声で一つずつ言葉を伝える形に寄り添っています。
「愚図」の新録は、独り言や一人芝居のような面が以前より強まったと評されています。
同じ物語を、経験を重ねた声で語り直す録音になったのです。
「糸」も、2015年以来の録り直しです。
編曲者は同じ古池ですが、2024年版ではバイオリンに加えてパーカッションも用いられました。
声の変化だけを取り出すのではなく、声を受け止める響きも一緒に作り直す。
その考え方は、長く共演してきた奏者との録音ならではのものといえるでしょう。
2026年も「窓ガラス」を、あの仲間と歌う
2026年1月28日、東京国際フォーラムでの55周年記念公演には、THE ALFEEが登場しました。
4人で披露したのは、1978年に一緒に送り出した「窓ガラス」です。
バラードの余韻から、会場を笑わせるトークへ切り替える姿も健在でした。
歌う人と笑わせる人、その両方が同じステージにいる。
初期には意外性として受け止められた二つの顔が、今は公演全体を支えています。

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研は、年を重ねると別の表現が生まれ、まだ上手くなれるはずだと考えています。
若い日の勢いを大切にしながら、今はもっと腹を据えて歌える。
曲を古びさせずに、自分が生きた時間を通す。
代表曲を繰り返し歌うことが、そのまま研ナオコの変化を確かめる場になっているのです。
声のざらつきや言葉の間をどう生かすかは、研ナオコの歌い方で掘り下げています。







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