研ナオコの歌い方|「夏をあきらめて」で、かすれた声と間を生かす理由

2025年4月掲載の取材写真、研ナオコ シンガー
2025年4月掲載の取材写真、研ナオコ

研ナオコは「夏をあきらめて」の録音で、声のざらつきを大切にしたと話しています。
普段なら録り直すような声にも、その曲に必要な表情があったのです。

歌詞にいる人物に合わせ、声や響きを変える。
自分を前へ出しすぎない歌い方です。

「夏をあきらめて」は、滑らかに整えすぎない

桑田佳祐の歌う原曲にもかすれた声があり、研はその世界を壊したくなかったと振り返っています。
そこで、がさつく声を、この曲の表現として残しました。

もう一つの工夫が、音を切って間を作ること。
その隙間に、聴く人自身の状況や記憶が入ってほしいと考えていました。
かすれた声と、言い切るまでの間。
どちらも、聴き手に歌を受け取る場所を残すための選択でした。

「夏をあきらめて」の歌い回しは、途切れ途切れに言葉が続くことによる、けだるさや切なさでも評価されています。
声のかすれに加えて、言葉をどこまで続け、どこでいったん離すか。
その間まで含めた声の流れに、研の個性が表れる曲です。

「夏をあきらめて」の歌い方を語った2017年掲載の研ナオコ
「夏をあきらめて」の歌い方を語った2017年掲載の研ナオコ。
画像出典:画像掲載元

「窓ガラス」では、声を抑えたまま思いが届く

「窓ガラス」は、低くかすれた声が、独り言のように感じられる曲として語られてきました。
文筆家の田中稲は、その声に、思いを吐き出しきれずにいるような切なさを感じています。
大声で思いをぶつけない歌唱が、かえって抱え込んだ感情を想像させるのです。

歌の中では、相手の気持ちを第三者から知らされます。
目の前の本人へ直接言い返す場面とは違い、行き場のない思いが残る。
その背景を知ると、低い声や小さなつぶやきとして受け取られる歌い方に、理由が見えてきます。
声を大きくすることだけが、切実さを伝える方法ではないと感じさせる一曲です。

中島みゆきの曲でも、同じ声にそろえない

研は「かもめはかもめ」「窓ガラス」「みにくいあひるの子」を、全部同じ歌い方にはしないと話しています。
曲によって抑えるところと張るところを考え、伝えたい内容に合わせて表情を変えてきました。

「あばよ」では、8分の6拍子のリズムと言葉がメロディーへ収まる感覚を心地よく感じたといいます。
悲しい内容を一様に重く歌うのでなく、曲の動きに声を乗せる。
作家が同じでも、言葉の運びと声の強さは作品ごとに選び直しているのです。

「かもめはかもめ」の諦めには、割り切れなさもある

同じ曲を歌った別の歌手からも、研の表現の特徴が見えてきます。
T字路sの伊東妙子は、「かもめはかもめ」をカバーする際、研の歌には悲しい恋を引きずる未練を感じたと話しています。
そのうえで自分は、気持ちを捨てて前へ進む歌として解釈しようとしました。

同じ諦めの言葉でも、まだ心が残っているのか、決心を固めたのかで、聴こえ方は変わる。
研の歌に残る割り切れなさは、歌詞の内容だけで決まるものではありません。
言葉を発する人の気持ちを、声の表情が伝えているのです。

自分を2割に抑え、残りを物語へ渡す

研が示した目安は、自分が2割、歌詞の物語を伝える存在が8割というものです。
自分の思いばかり強く出すと、どの曲も同じ人の物語になってしまう。
かわいい人、憎らしい人、少し怖さを持つ人。
歌の主人公に応じて声と響きを変え、聴く人が自分の物語として受け取れる余地を残します。

そのため、旋律を飾るフェイクや、リズムを崩す歌い方は使わないと話しています。
声には表情を付けても、歌の形はむやみに動かさないのです。

ジャズでは、日本語のまま軽やかに動く

抑えた声だけが研の持ち味ではありません。
1983年の『Naoko Mistone』では、三木敏悟の楽団と共演し、スウィング感の豊かな歌唱が評価されています。
日本語で歌う「堕天使メロディ」は「ドミノ」をもとにした曲。
さらに「金色夜叉」では粋な節回し、「のんき節」ではコメディエンヌの表情も生かしました。
声を沈めるだけでなく、言葉の面白さや軽やかさも出せる歌い手なのです。

「恋しくて」は、ほかの声が入る場所まで大切にする

2015年の「恋しくて」では、編曲をTHE ALFEEへ任せ、コーラスにも参加してもらいました。
研が仕上がりを喜んだのは、自分がほしいと思うところに、きちんとコーラスが入っていたからです。
歌声をよく知る相手だからこそ通じる、声の置き場所がありました。

録音はスケジュールの都合で別々に行っています。
同じ部屋で一度に歌った結果ではなく、重ねる声を編曲の中で考えた共演です。
一人の歌声の魅力を、周囲の声との関係でも捉えられる例といえるでしょう。

「ホームレス」で、歌えると思えるまで録り直す

玉置浩二が書いた「ホームレス」は、歌い手としての判断がすぐには定まらなかった曲です。
研はデモを聴くと情景が次々に浮かび、涙が止まらなくなりました。
しばらく動けないほど心を揺さぶられたあと、自分にこの歌が歌えるだろうかという不安が出てきたのです。

録音では、何度も歌い直しました。
作品の強さに感動することと、その強さを自分の声で届けることは、別の作業だったのでしょう。
長年歌っていても、最初に出た声をそのまま完成形にはしない。
歌の情景が届く形を、録りながら探していたことが分かります。

2025年4月掲載、歌の中の人物を演じることを語った研ナオコ(撮影:鮫島亜希子)
2025年4月掲載、歌の中の人物を演じることを語った研ナオコ(撮影:鮫島亜希子)。
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声を出したあと、言葉が届いたかを聴き直す

研は、音程が正確で、高い声や低い声が出ることだけでは、歌が上手いとは言い切れないと考えています。
歌詞が自分の中に入ってこなければ歌えないし、聴く人にも言葉が届かなければならない。
音に乗せて言葉を届けることが、歌い手の仕事だという考えです。

そのために繰り返すのが、歌詞を理解し、歌い、聴き直し、録り直す作業です。
回数をこなすだけで上達するとは考えていません。
同じ曲でも、今回の声で何が伝わったかを確かめる。
表現を少しずつ直す耳も、研の歌を支えているのです。

研ナオコの歌を聴くときは、どんな言葉が残ったかにも目を向けたいところです。
一つの言葉を受け取り、どの声で渡すか。
その判断を何度もやり直す姿勢が、よく知る曲にも新しい表情を生んでいます。

代表曲との出会いから、近年のセルフカバーへ至る歩みは、研ナオコの歌声の変遷にまとめています。

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