城南海の声を特徴づけるものとして、奄美のシマ唄に由来するグインが挙げられます。
ただ、どの歌にも同じようにこぶしを付けているわけではありません。
力強く色を加える歌もあれば、言葉の強さを受け止めるため、話すように歌う曲もあります。
声をどう飾るかだけでなく、どこで飾りを引き、どんな距離へ届けるか。
具体的な録音や曲の選択から、その使い分けを見ていきます。
グインは、すべての歌へ同じように付くものではない
城南海自身、シマ唄とポップスでは発声の感覚が違うと説明しています。
標準語のオリジナル曲にグインを使う時は、意識して加える感覚がある。
一方、シマ唄では、受け継いだ歌を伝え、人とつながる気持ちも歌い方に関わります。
たとえばゲーム『シェルノサージュ』の「天地咆吼」では、グインを織り交ぜ、力強い歌を選びました。
作品の中の言葉で歌い、声を何層も重ねる録音も経験しています。
演じるキャラクターが大切にする自然への思いを、自分が知る奄美の暮らしと重ねて歌ったといいます。
ここでは、声の特徴をはっきり出すことが、作品の世界へ入る手掛かりになっています。
対して「リフレクション」では、多くの人が歌いやすいよう、あえてグインを抑えました。
そのうえで、大切な人へ届けるような伸びのある歌に、自分らしさを残しています。
こぶしが目立たないからといって、持ち味までなくなるわけではないのです。
細かな声の動きを加えることと、一つの言葉を伸ばして届けること。
どちらを中心に置くかで、同じ歌手の声にも違う表情が生まれます。
強い言葉ほど、歌い上げずに届けることがある
「柔らかな檻」では、話すように歌い、こぶしをあまり入れていません。
本人が挙げた理由は、歌詞の言葉そのものが強いからです。
そこへ声の強さまで重ねると、受け取る人が身構えてしまうかもしれない。
だから、日常の自分に近い声を選びました。
また同じ言葉でも、相手を突き放すように歌うことはできるけれど、この曲では慰め、抱きしめるような気持ちで歌ったと話しています。
歌詞の意味を理解するだけでなく、その言葉をどんな態度で相手へ渡すかを決めているのです。
「もらいもの」でも、人生を見渡すような歌詞に対し、声は自然に、聴く人と同じ目線に置くことを意識しました。
大切な内容だから大きく歌う、という一つの方法に頼っていません。
言葉にすでに重みがあれば、声は相手との距離を縮める役割を担える。
城南海の柔らかな歌唱は、強さを出し切らない歌というより、言葉と声の役割を分けた歌として捉えると分かりやすくなります。

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母音を整えることが、翻訳された歌の響きを支える
「チョネジア」の日本語詞を歌った時、城南海が注目したのは、松井五郎が原曲の母音を生かしていたことでした。
言葉が変わっても旋律に自然に乗り、美しい物語として入ってくる。
訳詞を歌う際には、意味と音の両方を受け取っています。
「リフレクション」の訳詞でも、伸ばす音の母音をどう合わせるかを考えました。
一方、『Reflections』の「Never Enough」では、英語の言葉の乗せ方に苦労し、先生と練習を重ねています。
この曲を通じて、自分の低音の響きにも新しく気づきました。
編曲した松浦晃久もその低音を生かし、金原千恵子ストリングスの演奏を見ながら仮歌を入れた経験が、歌を後押ししたといいます。
長く伸びる音では、母音の響きがフレーズの印象を支えます。
一方、言葉が続くところでは、発音できるだけでなく、旋律の流れへ収める工夫が要る。
「Never Enough」の話は、高い音を出す練習だけでは曲全体をつかめないことも教えてくれます。
高音へ向かう前の低い声が、歌のもう一つの魅力として見つかったのです。
伴奏に合わせるだけでなく、声から呼吸を渡す
「兆し」は、一定の拍を刻むクリックに合わせず、バンドと一緒に録音しました。
盛り上がるところで共に動き、落ち着くところでは引く。
チェロは後で重ねていますが、歌とバンドが同時に作った揺れを、本人は曲の魅力として挙げています。
「ヒカリあれ」でも、目指したのは囁くような語りでした。
ゆったりした曲を、すべて同じように歌い上げているわけではありません。
「産声」では、ごく身近な家族だけへ届くような声を思い描いて歌っています。
録音でも、冒頭のアカペラは一定のテンポに収めず、その後はピアノとヴィオラが歌の呼吸に沿って動きました。
歌と二つの楽器を一緒に録り、ギターは後から加えています。
歌手が伴奏へ合わせるだけでなく、声の間合いを演奏側へ渡す作り方です。
声を張る量を決める前に、どれくらい近い相手へ話すのかを思い浮かべる。
その距離感によって、言葉の置き方や歌の勢いも考え直せます。
伴奏と一緒に動く歌も、静かに語る歌も、強弱を機械的にそろえるだけでは形になりません。
一節の気持ちを、次の音へどう渡すかが大切になります。
自分の声を重ねる歌と、人の音に応える歌
『爛漫』の「私だけの海」では、自分の声を重ねたいという希望が形になりました。
一方、「またこいよ」では、三味線を弾きながら歌う録音に初めて取り組んでいます。
声を重ねて作る表情と、一人で弾いて歌う表情を、同じ作品の中に置いています。
ユセフ・デイズらとの共演では、相手の音を受け取り、その場で歌を返す経験が加わります。
「豊年節」を土台にした「Amami」も、そのやり取りから生まれたものです。
Glastonburyでは、合図や呼びかけに応じながら、自分の歌を共演者の音へ重ねました。

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2025年6月、梅若能楽学院会館の公演でも、異なる歌の形が一つの舞台に並びました。
冒頭の「朝花節」は、三味線を弾き、マイクを使わずに歌う形。
その後は鍵盤やギターが加わり、終盤の「産声」ではピアノとチェロを伴奏に歌っています。
「永良部百合の花」では観客と歌い、声が客席とのやり取りにもなりました。
同じ公演の中でも、一人の声を響かせる場面と、ほかの声を迎える場面を持っているのです。
城南海の歌い方は、グインという一つの特徴だけで完結しません。
言葉が強ければ声を近づけ、訳詞では母音を選び、低音の響きも作品に生かす。
伴奏や人とのやり取りによって、歌の進め方を変えることもできる。
その選択を追うと、力強いシマ唄と、そっと話すようなポップスが、一人の歌い手の中でつながっていることが分かります。
シマ唄とポップスの接点を探した初期から、自然な声を大切にする近年までの過程は、城南海の歌声の変遷でたどっています。







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