元ちとせの歌い方|あの「こぶし」を、最初は出さないようにしていた

2023年の20周年記念ライブで三味線を持って歌う元ちとせ シンガー
デビュー20周年記念ライブの元ちとせ(2023年2月4日、EX THEATER ROPPONGI)。撮影:福政良治(DRC)/出典:元ちとせ公式ライブレポート

元ちとせは、ポップスを歌い始めた頃、こぶしや裏声をなるべく使わないようにしていました。
「ワダツミの木」の、あの声を知っていると意外な話です。
むしろ、その独特な節回しこそが元ちとせの魅力ではないか、と思うからです。

本人が気にしていたのは、故郷・奄美大島のシマ唄を、自分の都合で変えてしまってよいのかということでした。
大切にしてきた歌だから、別の音楽へ簡単に持ち出せなかった。
そこから、自分の自然な歌い方として受け入れるまでに、ひとつの気づきがありました。

2002年に発表された「ワダツミの木」には、そうしてポップスの中でも生きることになった彼女の声があります。

裏声は、高い音を出すためだけのものではない

元ちとせの歌では、一つの言葉を伸ばしている間にも、声が細かく動きます。
この特徴を考えるときに大切なのが、奄美のシマ唄にあるこぶしと、ファルセット、つまり裏声です。

こぶしとは、言葉を歌う途中で音を細かく動かす節回しのこと。
奄美のシマ唄では、そこに裏声を使う表現も加わります。
同じ奄美出身の中孝介は、独特のこぶしを「グィン」と呼び、裏声とともに、人によって使い方に味が出るものだと説明しています。

裏声というと、高い音で地声が届かなくなったときに使うもの、と考えやすいかもしれません。
でも、シマ唄では、声の変わり目そのものが歌の表情になります。
高い音を出せたら終わりではなく、どこで裏声を使い、そこからどう言葉を続けるかまでが歌い方なのです。

そのため、音符の高さを覚えて「ワダツミの木」を歌えても、元ちとせの歌い回しとは違うものになる。
彼女の特徴は、メロディーに沿って言葉を並べるだけでは捉えにくいところにあります。

シマ唄を守ろうとして、自分の歌い方を封じた

では、なぜ、その特徴を最初は抑えようとしたのでしょうか。
元ちとせにとって、シマ唄は、自分一人の持ち物ではありませんでした。
島の人々が暮らしの中で歌い、受け継いできた歌です。
シマ唄の特徴をポップスに使うことまで、受け継がれた歌を変えてしまう行為のように感じていたのです。

ところが、こぶしを出さずに歌おうとすると、自分が歌う意味まで分からなくなってしまったといいます。
それほど深く、自分の声に根づいていた歌い方でした。

転機になったのは、ある曲を歌っているとき、思いがけずこぶしが出たことです。
その歌い方が、とてもしっくりきた。
そこで彼女は、シマ唄そのものを作り替えているのではなく、シマ唄を通じて身についた自分の声で、別の曲を歌っているのだと納得できました。

この違いが分かると、「民謡の技をポップスへ足した」という説明だけでは足りないことが見えてきます。
元ちとせは、目立つための装飾としてこぶしを選んだわけではありません。
それを使わずに歌おうとしたとき、かえって自分から遠ざかってしまったのです。

2022年公開のインタビューに登場した元ちとせ
2022年公開のインタビューより、元ちとせ。撮影:萩庭桂太/出典:Considermal

同じシマ唄を習っても、同じ声にはならない

彼女の歌い方が自然だということは、最初から何もしなくても歌えた、という意味ではありません。
子どもの頃は、年長の唄者たちの歌をかっこいいと感じ、自分もこぶしを使えるようになりたいと思っていました。
海へ行って歌うなど、歌うことを楽しんでいたそうです。

小学校5年生で始めた三味線も、歌と結びついていました。
彼女が学んだ三味線は、楽譜を見ながら曲を増やしていく教わり方ではありませんでした。
歌を覚えることが、弾ける曲を増やすことにもつながり、やがて弾きながら歌うようになったのです。
いろいろな人の歌を聴きながら、自分なりのこぶしを見つけていったと話しています。

シマ唄の「シマ」は、奄美大島全体というより、自分たちの集落を指す言葉です。
集落が変われば、言葉やなまりも変わる。
同じ歌でも、その土地の言葉で歌えば、音の出し方や聞こえ方に違いが生まれます。

そこへ、歌う人それぞれの声や経験が加わります。
元ちとせ自身も、中孝介と自分とでは同じ歌い方にならないと説明しています。
「シマ唄の歌唱法」という一つの名前でくくれても、全員が同じ見本を再現しているわけではないのです。

だから元ちとせのこぶしを知るには、声の動かし方だけでなく、誰の歌を聴き、どんな言葉の中で育ったのかも大切になる。
奄美の歌い手から覚えた節回しと、元ちとせ自身が選び取ってきた歌い方を、切り離すことはできないのでしょう。

「ワダツミの木」を、毎回同じように歌わなくていい

自分の声を大切にするなら、代表曲の歌い方もずっと変えないのでしょうか。
「ワダツミの木」についての本人の話は、むしろ反対でした。

デビュー20周年の頃、この曲を歌いたくなくなったことはないかと聞かれ、元ちとせは一度もないと答えています。
いろいろな編成やアレンジで歌ってきたので、次はどんな「ワダツミの木」になるのかが楽しみだというのです。
CDの再現を延々と続けている、という感覚ではありませんでした。

歌い続けたいと思えるもう一つの理由は、曲を書いた上田現との関係にありました。
彼女が島の暮らしや文化について話し、上田がそれを受け取って生まれた曲です。
元ちとせには、彼の話し方が絵本を読んでいるように感じられたそうで、出来上がった曲にも、その人らしさを感じていました。

代表曲だから歌わなければならない、という義務だけで続いてきた歌ではない。
大切な人とのやり取りから生まれた歌を、その日に集まった演奏者と、もう一度歌ってみる。
その違いを楽しめるところにも、暮らしの中で歌を交わしてきたシマ唄とのつながりが感じられます。

歌い上げる声に、「独り言」のような歌が加わる

自分の自然な歌い方を見つけたあとにも、元ちとせには新しい課題がありました。
2022年のアルバム『虹の麓』では、話しかけたり、自分に問いかけたりするような曲が増えたといいます。
歌い上げる表現を多く経験してきた彼女にとって、それは簡単な注文ではありませんでした。

独り言のように歌ってほしい、と言われても、自分はあまり独り言を言わない。
本人はそんな戸惑いも話しています。
ただ声を小さくすれば、会話のような歌になるわけではないのでしょう。

2022年の元ちとせとクリス・ペプラー
「OTOAJITO」出演時の元ちとせ(右)とクリス・ペプラー(左)、2022年。出典:J-WAVE NEWS

アルバムに参加した折坂悠太や長澤知之からは、それぞれ本人が歌ったデモも届きました。
すでに作り手の声で曲の世界が出来上がっているものを、どう自分の歌にするのか。
元ちとせは、そこで改めて曲と向き合うことになりました。

本人が挙げているのは、言葉の置き方やリズムの取り方です。
淡々とした声でも、それらによって、物語を語るように歌える。
声を大きく響かせること以外にも、言葉を伝える方法が増えていったのです。

折坂が作詞・作曲・編曲を手がけた「暁の鐘」も、この『虹の麓』に収められています。
自分の声を残しながら、新しい作り手の曲を歌う。その試みが続いている一曲です。

かつては、ポップスを歌うなら、身についたこぶしを抑えなければと考えていた。
そこから自分の声を受け入れ、さらに、その声で静かに言葉を伝える方法も探していく。
こぶしを使う自分の声を受け入れたことで、曲に合わせて歌い方を変えることも、自分らしさを失う行為ではなくなったのでしょう。

「ワダツミの木」の細かな声の動きも、昔からある技をそのまま借りてきたものではありません。
人の歌を聴いて覚え、自分のこぶしを見つけ、別の音楽の中でも歌えると気づいた声です。
あの節回しには、故郷の歌と、自分自身の歌い方の両方が息づいているのです。

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