2022年、B’zの稲葉浩志と録音した「Scratch」について、TKは普段より自分の歌が低く聞こえるかもしれない、と話しました。凛として時雨であれほど高い声を歌ってきた人が、低く聞こえる声を試す。しかも、単に曲のキーを下げたのではなく、一度下げて試したあとメロディーを作り直し、元のキーに戻したというのです。
TKの変化は「昔は高く、今は低い」という直線では追えません。3人で鳴らすバンド、別の歌手を迎えたソロ、一発撮りの舞台。隣にいる人と音が変わるたび、自分の声をどこへ置くかを選び直してきました。高音を手に入れた歌手が、それだけを正解にしなかった理由を、本人たちの話と作品からたどります。
2000年代|迷いながら、歌う高さを一度上げる
凛として時雨は、TKがギターと歌、345がベースと歌、ピエール中野がドラムを担う3人組です。初めから完成した「ハイトーンのバンド」だったわけではありません。TKは自著『ゆれる』で、あるとき自分のメロディーを1オクターブ上げたことが、切り裂くような高音の歌唱スタイルにつながったと振り返っています。しばらくは声が裏返ることも多く、それが音楽として成り立っているかさえ分からなかったそうです。
練習を録音し、思い描いた音にどこまで近づいたかを確かめる。ギターを弾きながら歌うことにも長く苦労したといいます。高音は、得意な音を見せるために突然使い始めた技ではなく、3人の音の中で探し、録音を聴き返しながら身につけた選択でした。この声が生まれた練習室の事情は、TKの歌い方でも触れています。ここから先は、得た声をどんな作品と相手に使ったかを見ていきます。
2009年のバンド曲「JPOP Xfile」は、ソロで歌う前のTKを確かめられる作品です。後にソロでも聴ける高い声が、ここでは345の歌と3人の演奏の中にあります。二人の声の細かな受け渡しは歌い方記事に譲りますが、この時期に覚えておきたいのは、声の置き場所を決める単位がまだ「凛として時雨の3人」だったことです。
2011~13年|ソロで出会った声が、曲を作り直させた
2011年の初ソロ作品『film A moment』では、その単位が変わります。TKは当時の取材で、バンドの3人で演奏できるかを考えず、楽器にも制限を置かずに作ったと話しました。声について、もっとはっきりした出来事が「white silence」にあります。湯川潮音と歌うことになり、3~4分ほどだったデモを彼女の歌が入る前提で作り直したのです。
TKは、小さな声が思いがけないほど伸びる湯川の歌に驚き、自分にはできないものが曲へ加わったと語っています。実際にその声を聴いたあと、曲だけでなく歌詞まで変えました。自分の声をバンドの音に届かせようとした初期から、他人の声を聴いて、自分の曲の形を変えるところへ進んだ。その変化は、単にソロで楽器が増えたことより大きいでしょう。
2012年のソロアルバム『flowering』でも、TKは演奏者から予想外の「余白」を受け取りました。ドラムのBOBOとベースの日向秀和がデモをそのままなぞらず、別の案を出してくれたと振り返っています。一方、同年の凛として時雨「abnormalize」では、バンドへ戻ります。TKは、広がった自分の構想を3人の音に凝縮することが、時雨の鋭さにつながると説明しました。ソロで何でも足せるようになったから、バンドでも音を増やした、という話ではありません。
2014~15年|「unravel」を、別の編成へ渡す
2014年の「unravel」は、アニメ『東京喰種トーキョーグール』のために書かれたソロ曲です。高音だけでなく、歌だけから曲を始める構成が印象に残ります。その冒頭で声と伴奏がどう切り替わるかは歌い方記事で扱いました。ここで見たいのは、その一曲をTKが一度きりの形に閉じ込めなかったことです。
同年のアルバム『Fantastic Magic』には、ソロの豊かな編成で作る別の曲も並びます。バンドとソロは、声の高低によって分けられていません。TKは後年、激しいギターの曲をソロで作ると区別を問われることもあったが、出来上がった音がバンドでしか生まれなかったか、ソロだから生まれたかで考えるようになったと話しています。
翌2015年には「unravel」のアコースティック版が発表されました。『東京喰種√A』最終話のための曲です。アニメ監督の森田修平は、主人公が歩く場面で1期のオープニング曲を使いたいと終盤になって依頼した、と説明しています。原作者の石田スイも、原曲とは異なる版がその場面に流れたと記しています。同じ歌が、激しく展開するオープニングから、言葉にしにくい心情を託す最終場面へ移ったのです。これはTKの声質が別物になった証拠ではなく、一つの歌を置く場面と音の編成を変えた事例です。
2019~20年|相手の声、打ち込み、そして一発撮り
2019年の「melt」では、ヨルシカのsuisを迎えます。湯川との「white silence」は相手の歌声を聴いて既存のデモを作り直しました。「melt」でTKが試したのは、相手だけでなく伴奏の作り方も未知にすることです。本人は、ツアーのために曲を作り始め、suisが自分の曲へ入ったらどうなるかを録音当日まで予測できなかったと話しています。
さらに、生ドラムを録らず、打ち込み主体で最後まで作ることを選びました。無機質な音に対し、言葉で温度を出そうとしたと説明しています。suisの歌については、ヨルシカの曲とは異なる声の質感が、自分の曲の言葉と音に自然に合った、と語りました。2000年代には3人の生演奏で歌を成立させようとしていたTKが、この時期には機械的なリズムと初めて共演する歌手を同じ曲へ迎えています。
翌2020年、TKは「THE FIRST TAKE」で「unravel」を披露しました。公式発表によると、ピアノ、ヴァイオリン、チェロを加えた特別な編成です。2014年の録音をそのまま再現した映像ではありません。2021年のソロ10周年ライブについても、TKは、録音で流していた音を生演奏へ置き換えることで、歌とバンドの温度に合わせて編曲できたと話しています。古い曲の同じ旋律でも、隣で鳴る音が変われば、その場の歌の仕事も変わるのです。
2022年|「Scratch」で、自分の低い響きを選ぶ
稲葉浩志との共作「Scratch」は、ここまでの流れをもう一段進めます。TKはまず自分でデモを作り、稲葉へ送って曲のキーを相談しました。稲葉は複数の案を返し、別曲「As long as I love」ではギターと歌を重ねる入り方や構成にも意見を出しています。TKにとって、ゲストが単に歌を加えるのではなく、曲の骨組みを一緒に決める制作になりました。

「Scratch」では、デモのキーを下げる試みを経て、メロディーを変えたうえで元のキーに落ち着きました。それでもTKは、自分の歌が普段より低く聞こえるかもしれないと認めています。課題にしたのは、稲葉に合わせながらTK自身の声の質感を残し、まだ見せていない魅力を出せるかどうかでした。「高く歌えなくなったから低くした」とは本人は語っていません。
TKは他の歌手の録音に立ち会うたび、自分に足りないものを感じるとも話しています。稲葉の歌を間近で聴いたことも、まだ自分は変われるという刺激になりました。初期に一人で練習を録音していた人が、今度は別の歌手との往復の中で、自分の声を測っているのです。
2025年|二人の歌を、もう一度作る
2025年のアルバム『Whose Blue』には、suisとの新曲「Synchrome」が入りました。suisは公式サイトへのコメントで、2019年の「melt」より二人で歌っている感覚が増したと述べています。「melt」が、録音するまで相手の声の入り方を予測できない試みだったとすれば、二度目の共演では、互いの声を一緒に鳴らすことが曲の前提になりました。
もちろん、作品の並びだけからTKの喉や声域がどう変わったかは分かりません。確かめられるのは、2000年代に苦労して確立した高音を唯一の答えにせず、湯川、suis、稲葉との仕事では相手の声を受けて曲や歌い方を選び直してきたことです。TKの変遷は、最高音がどこまで上がったかより、自分の声を、誰の声とどんな音の中で鳴らすかを広げてきた歩みです。







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